第9話 弱いね、君

 黄龍は俺に気付いたようだ。俺に向かって突進してきた。

 俺はすぐさま亜空操作を使って身体を黄龍の背後に転移させた。

 こいつに俺の魔法が効くかどうか試したい。そこで俺は、黄龍の尻尾を亜空操作で試し斬りしてみた。

 するとなんの障害もなく黄龍の尻尾を斬ることができた。これはイージーウィンの匂いがする。こんなに黄龍は弱いのか?

 俺は再び黄龍の前に姿を見せ、黄龍に突進してくるよう仕向けた。

 突進してくる芸のない黄龍。

 黄龍が俺の魔法の適用圏内に入るや否や、亜空を何度も何度も操作して、黄龍を木っ端微塵に粉砕してやった。イメージとしては超高速で回転する鋭利なミキサーに落とされた鶏肉だ。もはや黄龍の原型はない。

 なんの苦労もなく黄龍を倒せた。なんて弱い龍だったんだろう。この程度の龍であれば何体いようが俺の敵ではない。

 少し経つとあたりに飛び散った龍の肉片がうっすらと光りだして、一箇所に集まった。そしてそこには手のひらサイズの細長い8面体の黄色い結晶ができていた。


 龍は瀕死の重傷を負うとこのように結晶化する。龍は結晶化して仮死状態になるのだ。龍を殺す方法はこの結晶を“龍滅剣”と呼ばれる特殊な剣で叩き割るしかないと言われているが、その剣は世界に1本しかないとされており、またその剣はグランが厳重に管理しているという。

 結晶化した龍は千年かけて元の姿に戻る。あるいは龍使いと呼ばれるごく稀少な魔法使いが長い時間をかけて使役魔法をかけることで、再び龍は目を覚ます。

 グランは数人の龍使いを抱えているため5体もの龍を使役できていたのだが、今日こうして俺たちによって1体の龍を奪われた。我が国に龍使いはいないが、この結晶を奪えたことは大きい。グランの軍事力を大きく低下させることができたのだから。


 俺はダリアさんたちの元へと戻った。


「よくやった」

「ありがとうございます」


 ダリアさんは優しく微笑みながら俺の頭を撫でてくれた。

 こんな歳になって他人に頭を撫でられるとは思っていなかった。ダリアさんに撫でられて、今までの努力が報われたような気がして、身体が急に熱を帯び始めた。目元も熱い。まずい、涙が出てきそうだ。

 涙を堪えようと必死になっていると、リリーが近づいてきて治癒魔法をかけてくれた。


「お疲れ様です。お見事でした」

「ありがとう」


 リリーの治癒魔法はいつだって心地良い。とても癒される。


「そうだ… これを」


 俺はダリアさんに黄龍の結晶を渡した。


「これが龍の結晶か… 私も実際に目にするのは初めてだ」


 ダリアさんは感心しながらしげしげと結晶を見つめていた。


「ついに我々は手に入れたのだな。一体目の──」


 ダリアさんが言いかけたその時、ダリアさんは俺に結晶を投げ渡してから剣を引き抜き、臨戦態勢で飛び出していった。



 △△△



(遡ること30分──)


「アンドレアが帰ってこないわね」


 アンドレア、ジェナ、オリビア、ジェフ、私の5人は周囲の警戒および索敵を任されてる。黄龍が来てるってことはグランの軍は来てない可能性が高いけど、数人程度なら近くに潜伏してる可能性はある。私たちはそんな輩を炙り出して始末する役目を任された。

 手分けして探り始めてから15分。一度みんなで集まる予定だったのにアンドレアだけが帰ってきてない。敵に遭遇したのかもしれない。


「今からアンドレアが担当する場所を私たちも調べに行くわよ」


 敵を見つけたとしても音沙汰なく帰らないのはおかしい。嫌な予感がするわ。アンドレアお願い。無事でいて…


 アンドレアに任せてた場所を探ってみると、1人の男を発見した。明るい紫色をした髪の男だった。

 アンドレアの姿は…

 言葉を失った。その男が無造作に左手に持ってたものは、アンドレアの頭だった。

 アンドレアは、この男に殺されてしまった… 身体から湧いてきた熱い怒りを爆発させないように、ゆっくりと呼吸を整える。

 隊長たる私が取り乱しちゃダメ。考えろ。今はどうするのが正解か。アンドレアは私よりも弱いけど俊敏に動ける上級剣士。そう簡単にやられる騎士ではなかったはず。あの男はそんなに強いの? これは撤退するのが正しいの?


「隊長。やりましょう。俺たちの手で」


 そう言いながら剣に力を強く込めるジェフ。


「駄目です… アンドレアさんを簡単に倒した相手です… ここは一旦団長の元まで撤退しましょう」


 オリビアは目を赤く染めながら杖を強く握りしめ、感情を噛み殺すようにして私に逃げる提案をした。オリビアもつらいだろうに、必死に理性を保とうとしているのがよくわかる。


「私もオリビアに賛成です」


 オリビアにならうジェナ。

 ここで私は逃げていいの? 部下を殺されておいて、その報復もせずに団長に頼るつもりなの? 本当にそれが正しい選択?

 ……そんなわけないわ! 私は強い。私は負けない。

 そもそも、今はただ様子を見てるだけみたいだけど、あの男を黄龍のところに向かわせるのは危険だわ。戦況が大きく変わってしまうかもしれないから。私はそうならないようにこうして命令を受けた。それなら私は、私の仕事をする。


「あの男は今ここで始末するわ。私が前に出る。アンタたちは自分たちの安全をいちばんに心配しなさい」

「俺も戦います!」

「命令が聞こえなかったの? アンタにアイツは無理だわ。私に任せなさい」

「ミア隊長… それは危険です。ここは一度撤退を」

「隊長、ここはオリビアの言う通りだと私も思います」


 私を止めようとするオリビアとジェナ。でも、ダメ。


「ダメ。あいつを野放しにできないわ。わかるでしょ? …じゃあ行ってくる」


 私は男の背後にそっと忍び寄り、首の両断を試みた──


 消えた!?

 首を斬った感触はない。この速さの不意打ちを躱したっていうの?!

 背中がゾワっとした。

 振り返ると、ジェフとオリビア、ジェナのみんながドサっと膝から崩れ落ちるのが見えた。……嘘、よね?


「いきなり背後からとは無粋だとは思いませんか」


 男は私の前に姿を現した。やっぱり速すぎて目で追えなかった。

 身体から震えが止まらない。私は今ここで死ぬのかもしれない。


「あなたはどちら様ですか。スフィアの軍人ですか。僕の名前はグレン。わかっているとは思いますが、僕はグランの軍人です」


 そう言うや否や、あたりが急に暗くなって赤紫色の世界になった。


「あれ? 何でしょうこれは」


 グレンと名乗ったその男はこの現状を不思議そうに見てる。この奇妙な景色を作り出したのはコイツの仕業じゃないらしい。

 震える手に力を込める。集中しろ私。今は、この場を切り抜けることだけを考えろ。部下たちの死を嘆くのは今じゃない。恐怖に慄くのは後回しよ。とにかく今は、コイツの存在を、早く団長たちに伝えなければ!


「で、あなたは?」

「名乗るわけ、ないでしょ…」

「僕は名乗ったというのに、それは不公平ではないですか」

「アンタが勝手に名乗っただけでしょ! 知らないわよそんなこと」


 いつくる? いつくる? いつくる? コイツの一挙手一投足に注意しろ! コイツの動きは目では追えなかったけど、身体は反応できてた。ならコイツと全く戦えないわけじゃない。身体中の感覚を研ぎ澄ませ!


「フフフ。そんなに緊張しちゃって身構えちゃって。可愛いお顔が台無しです。いやまぁ、そんな表情もそそりますけどねぇ」


 男はニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。

 どうする? 私から仕掛けてみるか?


「でもそうですね。なんの情報も引き出せそうにありませんから、さくっとやっちゃいますか」


 来る──!!!


 あれからどれくらい経った? 防戦一方だけど、ギリギリ戦えてるわ! コイツは異常な速さで動くけど、手数は大したことない。

 戦っててわかった。コイツはたぶん、時間の流れをいじってる。動く速さが尋常じゃなく感じるのはきっと、コイツの周りの時間が遅くなってるから。コイツの剣の腕前は中級くらいってところだけど、この異常な速さがコイツをここまで強くしてるんだわ。まったく、ニシキといいコイツといい、なんて反則な能力なの!

 男は戦う手を止めてしゃべり始めた。


「あなたは可愛い顔して可愛くないですね… 早く死んでくれませんか。ちょこまかちょこまかと、とてもイライラします。ほら、あなたは死んだお友達のところへ早く行きたくはないですか」


 身体の細胞ひとつ一つが怒りの声を上げてる… 私の大切な仲間を殺したこの男への怒り。人を殺しておきながらなんの罪悪も感じていないこの男への怒り。何もできなかった私への怒り。

 でも落ち着くのよ私。コイツは挑発してるだけ。挑発に乗ったら私の負けよ。落ち着いて。


「あれ? そういえば元に戻っていますね… さっきのはあの魔法使いが何かやったのでしょうか」


 確かに景色はいつも通りに戻ってる。でも今はたぶん関係ないわ。今度は私から攻めてみよう。

 私から攻撃を仕掛けるも、刃は届かなかった。


「おほっ! 速いですねぇあなた! いきなり驚きました!」


 そう言うなり男は私から距離をとった。


「ようやく身体があったまってきたところですから、君ともうちょっと遊んでいてもいいのですが、僕にはやるべきことがあります。ですから、今日はあなたのしぶとさと、その可愛いお顔に免じて見逃してあげましょう」


 男はそう言うと目の前から姿を消した。そして、


「またどこかでお会いしましょう」


 男はそうつぶやいた。

 あまりの速さに身体は全く反応できなかった。身体から冷や汗が噴き出てきた。私は見逃されたらしい。

 完全に男の気配が近くからなくなったのを感じると、力が抜けて地面にペタリと座り込んでしまった。

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