第8話 不死身の魔女

 諜報部隊の方々は優秀だ。彼女らの言った通りにグランは動いた。

 俺たちがユーマニを発ってから2日後、グランはスフィアに宣戦布告したのだ。

 俺たちのスフィアへの移動手段はリリーによる転移魔法。この世界で転移魔法は非常に難易度の高い魔法で、使える者は世界に10人いるかいないかなんだとか。リリーは1人ずつそれぞれに1分くらいかけて魔法をかけていたから、本当に難しい魔法なのだと知った。漫画やアニメみたいにそうポンポンと使えない魔法らしい。


 俺たちはスフィア王国の中心都市近くの森に潜伏していた。グランはいきなり王都を狙うと考えられているからだ。

 そしてこの予測は見事に的中した。空から龍が姿を現したのだ。体長100mを超える巨大な翼竜。黄土色の身体から察するに、この龍は“暴れ龍”の二つ名で知られる黄龍おうりゅうだろう。龍のなかでは知性に欠けるが、その力量は最強クラスだという。


「やはり黄龍か。奴なら都合がいい。奴の性質上、グランの騎士たちは近くにいないはずだからな」


 ダリアさんは言った。

 たしか、黄龍は敵味方見境なく見たもの全てを襲う習性を持っている。龍使い(注: 龍を使役する魔法を専門に扱う魔法使い)でもこの習性だけは制御できないらしい。したがって、黄龍を戦場に投入する際は普通、味方を近くには配置できない。


「君たち。覚悟はできているな」


 ダリアさんの言葉に俺たちは皆静かに頷き、ミアたち特殊部隊と分かれて黄龍が向かっていった方角へと足を進めた。



 そこでは黄龍と1人の少女が戦っていた。戦っていたというよりむしろ、黄龍は一方的にその少女に弄ばれているように見えた。

 その小さな身体からは信じられないくらい大規模な魔法が何度も繰り出され、黄龍はなす術なく圧倒されていた。あの規模の魔法は上級魔法使いが10人以上協力してようやく出せるだろう大技だ。


「これは我々の出る幕はなさそうですね…」


 俺はダリアさんに言った。


「それはどうだろう。リタが圧倒しているように見えるが、あれだけ彼女にやられていながらも未だに元気に動いている黄龍だ。楽観視はできない」


 たしかに。あんなに大規模な魔法を連発しても龍は倒せないのだろうか。俺の魔法ならあるいはどうだ?

 そんなことを考えていると、横にいたはずのダリアさんが急にいなくなっていた。


「団長?」


 次の瞬間、高温の爆風が俺たちを襲った。俺は飛ばされないように、後ろにいたリリーを庇う形で風が収まるのを待った。


「リリー! 大丈夫か!?」

「なんとか!」


 振り返ると、ダリアさんが30mくらい先で少女──リタと対峙していた。


「いきなり随分と乱暴な挨拶ではありませんか。リタさん」

「知ったことか! 何故ユーマニの騎士──それも団長がここにおる? 我が国に何の用だ!」


 そうか。俺たちの存在に気づいたリタがこちらに火炎系の魔法でも放ったのか。それにいち早く気づいたダリアさんは俺たちを守ってくれたんだ。なんて反応速度だよ…


「私のことをご存知だったとは光栄です。私はユーマニ王国騎士団長のダリア。スフィア王国の助太刀に参りました」


 リタは怪訝な顔で少し間を置いてから口を開いた。


「つい先月にもお前たちとは同盟を結ばないと伝えてあるはずだが? 一体これは何の真似だ」

「それは承知しています。しかし、とても申し上げにくいのですが、我々はあなた方スフィア王国はグランに敗北すると読んでいます。あなた方がやられてしまえば、我が国は非常に危険な状態に陥ります。ですから我々は、スフィアの勝利のためにここにいるのです。どうか、我々に刃を向けないではくれませんか」


 こうしてダリアさんとリタが話している間、黄龍はといえばリタが作り出したであろう黒い結界に閉じ込められ、大きな雄叫びを上げ続けていた。とても苦しんでいるように見えたので少し同情してしまう。


「お前たちの言い分は理解した。だが我々も嘗められたものだ。お前たちが気にしていた龍なら、もう時期おねんねの時間だ」


 リタがそう言ってから少し経つと、黄龍はぐったりした様子で動かなくなった。


「お前たちの力は必要ない。今日のことはこの慈悲深い私が見なかったことにしてやるからとっとと帰りな」

「リタさん。まだ終わっていませんよ」

「何を言うか! いま──」


 黄龍はムクリと起き上がって再び雄叫びを上げた。

 そして身体が不自然にモゾモゾ動き出したかと思うと、身体中にひびがたくさん生じて、中から龍が現れた。……脱皮?

 そして出てきた龍は次第に大きくなっていき、最終的には先の1.5倍くらいの大きさになった。 

 その様子を見たリタはすぐさま龍の元へと駆けつけ、交戦を再開した。


「団長! さきほどは申し訳ございませんでした! 全く反応できずに俺は…」

「いい。それよりも次だ。君は彼女が奴に勝てると思うか?」

「…難しいと思います」

「私も同意見だ。だが彼女は差し違えてでも勝とうとするだろう。彼女が負けそうになったら…」

「俺の出番ですね」

「あぁ。奴の動きはそう複雑ではないし魔法耐性もあまりないように見える。君の魔法ならば倒せるだろう。だが──」

「承知しています。無理そうだと判断したらすぐに撤退。自分の命を最優先。肝に銘じています」

「よし。なら行ってきたまえ。健闘を祈る」


 ダリアさんが無類の強さを発揮するのは相手が人か、あるいは人程度の大きさのときだ。龍のような馬鹿でかい図体をした敵に対してはあまり有利ではない。だが俺の魔法──亜空操作──は広範囲にわたる強力な攻撃が可能だ。魔法耐性が大して高くない相手であればたちまち両断できる。だから、俺がやる。俺が龍を倒すのだ。

 今の俺は死んだ“俺”よりも強い。ずっと強い。この世界に来てから今日までひたすら、休みなく鍛え続けたんだ。俺に剣技の才はあまりないようだが並の騎士より腕は立つし、筋力や瞬発力、動体視力も以前よりずっと向上している。今の俺なら龍だって倒せる。いや、こんなところで負けてなんかいられない。

 俺は精神を集中させながらゆっくりとリタと黄龍が戦っているところへ向かった。



 △△△



 参ったなぁ… 悉くウチの魔法が通用せん。“不死身の魔女”と恐れられたウチでも龍には勝てないんか? ならばどうする? あそこにいるダリアに協力を申し出るか? さっきあんなことを言ってしまった手前、どのツラさげてお願いできよう? 仕方ない、使いたくはなかったが、ウチの渾身の一撃をぶつけてみようかね。

 もしこれが通用しなかったら多分ウチは死ぬ。ここで死んでも悔いはない。ウチを救ってくれたスフィアに命を捧げることは、とても光栄なことだ。誠意をもって、一世一代の大勝負といこう!


 祈るように手を合わせてから、心を落ち着かせる。

 ゆっくりと呼吸を整える。

 ゆっくり、ゆっくりと。


 ──屍者ノ國ニ届ケ。此ノ想ヒ。


 あたりを一瞬にして凍てつかせ、屍者の怨念を、生命いのちへの渇望を一面に満たす。ここにいる全ての生きる者の魂は、ここで喰われ息絶えるのだ。

 さぁ、黄龍よ、喰われてしまえ!


 この魔法は一度使ったら最後、体力がほとんど尽きてしまう。マーテルに私の思念を届けられなくなる。だからウチはもう、一歩も動けん。立っているのがやっとだ…

 だのになぜ! なぜ此奴はピンピンしとるんじゃ! ウチの奥義だぞ! こんなに力を振り絞っても龍には勝てないんか! いやそもそも、グランはウチの存在を知ってて此奴を送ってきたんだ。となればウチの対策はしているはず… おのれグランめ。ウチの力量を上回るか!

 あぁ、すまないスフィア。ウチを救ってくれた恩を、返せんかった…

 さよなら──



 △△△



 リタの周囲に急に不穏な空気が流れたかと思えば、一瞬にしてここら一帯は薄暗く、赤紫色の世界になった。そして各方面から黄龍に向かって何やら黒い影が押し寄せていった。

 青白い光に包まれながら手を握り祈りを捧げるリタに対して、黒い影が次々に身体に入っていき苦しそうに暴れる黄龍。リタがこれまでの魔法とは違う、とても強力な何かを発動させているということはすぐにわかった。

 だが、あたり一帯が普通の状態に戻ると、リタはその場で直立するだけで動こうとはしなかった。一方、黄龍のほうはまだ元気そうだ。もしかして、リタは魔力を使い切って攻撃したのかもしれない。だとしたら命が危ない。

 俺は急いでリタの元へと向かい、彼女を抱き抱えて一旦その場から離れた。


「大丈夫ですか! 動けますか!?」


 黄龍の攻撃が迫るなか間一髪のところで避けることができた。


「お前は…」

「俺はダリア団長の部下です。ニシキと申します」


 黄龍は怒り狂った様子で暴れ回っている。大地がぐちゃぐちゃに抉られていた。

 ピクリとも身体が動かないリタを抱えたままでは流石に戦えないしその辺に置いておくわけにもいかない。ここは一旦ダリアさんのところまで退避して彼女を預けるとしよう。


「無様な格好を見せた… すまない… だがウチはまだ戦える… おろしてくれ」

「喋るのがやっとなのではないですか? そんな身体じゃ立つこともできませんよ。ここは一旦退きます。俺の部下が治癒魔法を使えるので彼女に手当てしてもらってください」

「いい… ウチは──」


 頑固なリタを無視して俺はダリアさんのところまで戻った。


「団長。リタさんはもう動けないようですので連れて参りました」

「あぁ。リタさんは私が引き受けよう。君は君の仕事をしてきなさい」

「はいっ!」


 俺は再び、暴れ狂う黄龍に向かって行った──

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