外伝: ミア・シェリンガム

 私は王都近くの農村に住むただの農家の娘だった。幼い頃からずっと騎士に憧れてた。でも私はシェリンガム家に生まれた長女としてこの家を継がなければならない。だから私は騎士にはなれないのだ。ずっとそう思ってた。

 でも騎士になるという夢を諦めることはできなかった。ウチは貧乏だから習い事はさせてもらえなかったけど、見様見真似でひとり木の棒を振るうようになった。王都の市場に野菜を卸しに行く時、よくパパと見た騎士たちのエキシビジョンマッチ。アレを思い出しながら時間さえあればずっと木の棒を振ってた。

 近所の男の子たちともよくチャンバラで遊んでた。ある日、私が泣かせた男の子が別の友だちを4人引き連れて私に仕返ししようとした。多勢に無勢。あの時はとても怖かったけど、簡単に5人とも叩きのめすことができた。結局そのあと、私が泣かせた男の子の母親がウチに来て文句を言ってきた。パパにはこっぴどく叱られたけど、それでも一人稽古をやめはしなかった。

 私が8歳の頃、弟ができた。農家の後継はふつうなら男だ。でも今まで両親は私を産んでからずっと子に恵まれなかったから、後継は私にしようと思ってたらしい。だけど男の子が産まれたとなれば話は変わってくる。私は後を継がなくてもいいのかもしれない。そう考えた私は、その日から読み書きの練習も始めた。騎士になるためには剣術と魔法、それと読み書きができないといけないから。魔法の練習はもうちょっと先でいい。

 それから4年が経った頃、私は夢を諦めることにした。12歳になっても私は魔法が使えなかったから。ふつう、12歳の誕生日までには魔法を使えるようになる。魔法が使えない人はごく少数。男でも女でも、その強さに違いはあれどたいてい誰でも魔法は使える。でも私には全く使えなかった。使える気がしなかった。最低限の魔法が使えなければ騎士にはなれない。私は12歳の時、もう騎士にはなれないのだと悟った。

 でもやっぱり諦めきれない。剣術だけでも極めれば、もしかしたら騎士になれるかもしれない。入団条件にそんな特別事項がないことくらいわかってた。でも、それでも私はそう信じずにはいれなかった。

 私はずっと貯め続けてきたお小遣いを全て使って両親には内緒で模造剣を買った。初めて握った剣の感触は今でも鮮明に思い出せる。とても嬉しくて体から熱を感じたくらいだったから。

 15歳になった。騎士団への入団試験が受験可能な年齢だ。だけどやっぱり魔法が使えない私には、受験資格すらなかった。でもあと5年だけ我慢しようと思った。20歳まで魔法が使えなかった人が、ある日突然魔法が使えるようになった話を聞いたことがあったから。私が魔法を使える可能性はまだある。そう信じて残り5年を過ごすことに決めた。

 そして20歳まであと半年を切った頃、突如として私の運命の歯車は動き出した──



 △△△



 我が家が大切に育てた作物を狙って賊がウチにやってきた。

 私はその賊3人を捕らえ、身動きひとつ取れないようにタコ殴りにしてやった。我が子同然の作物を奪おうとしたのだから当然の報いだわ。


 翌日、私たちの村に巡回で来た王都の騎士2人に私は賊3人を引き渡した。


「こいつらねぇ。この辺で有名な窃盗団だよ。でもねぇ…」


 騎士は不満そうな顔をした。


「やりすぎだよ。こいつら本当に生きてるの? 死にそうじゃないか。これじゃあどっちが罪人かわからないよ」


 怪訝な顔で騎士は私を睨みつけてきた。


「コイツらは私たちの大切な野菜を盗ろうとしたのよ!?」

「それはわかるんだけどねぇ… たかが野菜を盗まれそうになったからって、ここまで殴っちゃいかんでしょ」


 はあ!!!!!????? 怒りで気がおかしくなりそう!

 賊を捕らえた私に感謝の言葉を述べるでもなく、「たかが野菜」だぁ? 冗談じゃないわ! あったまきた!

 考えるよりも先に手が出た。目の前にいる畜生に私は平手打ちをお見舞いしてやった。


「ふざけんじゃないわよ! 私たちは『たかが野菜』に、命かけてんのよ!」

「…っ! 貴様! 王に仕える騎士に、暴力を振るうか! 叛逆罪として今この場で貴様を打首にしたっていいんだぞ!」


 その男は激昂した。

 殴った私は確かに悪いけど、舐めた態度をとったコイツらも悪い。どうせ騎士にはなれない人生なんだ。もうどうとでもなれ。


「やれるもんならやってみなさいよ!」

「こんのメスガキがぁ!」


 顔を真っ赤にさせながら騎士はついに剣を引き抜いた。

 大きな剣で大きく振りかぶっちゃって、遅すぎてあくびが出るわ。初めて剣士と対峙するけど、みんながみんなこうじゃないでしょうね。あんまりノロマだからビックリよ。

 相手の一振りをひょいと躱してから突き飛ばしてやったら、その男は大きな音を立てながら無様にも尻餅ついて背中から転がった。

 隣でただ見ていた男も剣を引き抜いてから言った。


「私の権限で貴様をここで処刑する! 貴様を殺したら次は貴様の家族だ! 異論はないな!」

「私の家族はカンケーないでしょ!」


 私の家族にまで手を出そうとした男を放って置けるわけがない。私は近くに立ててあった鍬を手に取り、男と対峙した。さっき突き飛ばした男もようやく起きて剣を構えた。

 この戦いは絶対に負けられない。私が負けたら家族が危ない。


 すごく緊張したけど、杞憂だった。相手があまりに弱すぎた。私はこの畜生2人も賊たちにしたようにタコ殴りにしてやった。


 ボロボロの騎士たちが退散した後、ことの顛末をママに話したらママは私に怒るより前に、急いで夜逃げの準備をしなさいと言った。私のせいでとんでもないことになった。


 夜逃げの準備ができた夕刻。私たちの夜逃げは間に合わなかった。私たちが村を出ようとしたちょうどその時、30人ほどの騎士がやってきた。たかが農家の娘1人に大袈裟な。

 パパとママは必死になって騎士たちに頭を下げたけど、彼らは聞く耳を持とうとしなかった。そして偉そうにした男が私たちの前に出て来て言った。


「俺の部下たちが随分と世話になったそうじゃねぇか。なぁ小娘」

「本当に申し訳ござ──」


 ママが懸命に訴えかけるのを遮って男は怒鳴った。


「ええい黙れ! どれだけ謝罪し命乞いをしようとも貴様らの死罪は免れない! そこの小娘! 死にたくはないだろう? だが貴様らは死罪だ。嫌なら俺と戦え! 俺に勝って阻止してみろ!」


 めちゃくちゃな理屈。仮に今アンタたちを倒せても、どうせ私たちは殺されるだろうに。でももし倒せれば、夜逃げの時間ができるかもしれない。自分の尻は自分で拭う。これ以上、家族に迷惑はかけられない。

 「謝りなさい!」と私にしがみつくママを振り切り、私は前に出た。


「武器はないのか」

「ないわよ」

「ならくれてやる」


 そう言って男は一本の剣を私に向かって投げた。

 これは真剣だろうか? 初めて握った真剣はいつもの模造剣とほとんど変わらなかった。


「行くぞ」


 男の掛け声で戦いが始まった。

 男の動きはさっきタコ殴りにしてやった騎士2人よりもマシだったけど、私にはとても遅く感じた。これで本当に騎士なの?

 でも困った。真剣で戦ったらいよいよ相手を殺してしまうかもしれない。流石に人殺しにはなりたくない。

 そう思ったけど、ふと違和感に気づいた。男からもらったこの剣は模造剣かもしれない。いえ、絶対に模造剣だわ! 対する相手の剣は間違いなく真剣。ホント卑怯な男。騎士を名乗らないでもらいたいわ!

 でも今はむしろ真剣じゃなくて良かった。これなら心置きなく戦える。

 私は男の手から剣を叩き落としてやり、模造剣の腹で顔をおもいっきり殴ってやった。


「私の勝ちね!」


 私の一撃で伏せてしまったその男はのろりと起き上がりながら言った。


「きっ、貴様! お前たち! やれ!」

「「「はっ!」」」


 男の掛け声で、後ろでただ見てるだけだった騎士たちが一斉に私に向かってきた。そんな話聞いてないわ! ホント、どこまでも卑怯なヤツ!

 振り返ると、今まで見たこともない憐れむような目でパパとママとモーリスは私を見てた。

 負けられない。私はまだ親孝行できてないんだから!


「ママたちは逃げて! ここは私一人でなんとかするから!」

「そんなことできるわけ──」

「逃げろ! 私は大丈夫だから!」


 ママ、パパ、出来の悪い娘でごめんなさい。モーリス、バカな姉でごめんね。

 私は渾身の力を振り絞った──


 26人。私がのしてやった騎士の人数だ。パパもママもモーリスも、ちゃんと逃げてくれたから勝てた。みんなが人質に取られなくてホントに良かった。

 何分くらい戦ってたんだろう。流石に疲れたわ。

 早く私もこの場から逃げなきゃ。でもその前に水が飲みたい。


「あの… 水をいただけませんか?」


 私は野次馬たちに声を掛けてみたけど、誰も反応してくれなかった。そうよね。こんな野蛮な娘と関わりたくないものね…

 仕方なく一旦ウチに戻ろうとした時だった。野次馬たちがザワザワし始めた。

 何事かと思って辺りを見渡してみると、赤茶髪の女性が私のほうに向かって歩いてきてた。

 私はあの人を知ってる。世界最強の剣士、ダリア騎士団長。私の憧れの人。初めて彼女を生で見た。とても美しい人だと思った。それと同時に、私は死を確信した。彼女は私の憧れで、私の死神だ。私にもう後はない。でもどうせ死ぬのなら、同じ死でもダリア騎士団長に殺される死がいい。贅沢な死かもしれない。


「君がやったのか?」


 ダリア騎士団長に声をかけられた。優しい声の持ち主だと思った。でも私が答えるよりも前に、偉そうにしていた騎士の男が息も絶え絶えな状態で言った。


「あの、女です。我々に、楯突き、我々を、こんな、ザマにしたのは…」

「全く情けないね! ほら、場所を空けな!」


 ダリア騎士団長がそう言うと、寝転がっていた騎士たちがモゾモゾと場所を空け始めた。


「その剣は模造剣だね。真剣を構えなさい」


 ダリア騎士団長はそう言うと、彼女のすぐ横にいた金髪の女が私に真剣を渡しに近づいて来た。そしてその女は何やら私に魔法をかけた。


「…っ! 何すんのよ!」

「治癒魔法ですのでお気になさらず」


 油断したと思ったけど、とても心地が良かった。身体がふわつく感覚がしたと思ったら、さっきまで感じてた疲れを感じなくなった。これが治癒魔法の力…

 さらにその女は私に水筒を差し出した。


「ただの水ですから、安心してお飲みください」


 敵からの水なんて飲めるわけないわ。


「い、いらないわよ!」

「そうですか… では、これならどうですか?」


 女は魔法で頭の大きさくらいの水の玉を生み出した。水がふわふわと目の前に浮かんでる。これは確か初級魔法だったはず。


「好きに使ってくださいね」


 そう言い残して女はダリア騎士団長の元へ戻っていった。

 魔法で生み出された水ならきっと大丈夫。私は乾いた喉を潤した。

 するとダリア騎士団長が口を開いた。


「準備はできたね。全力でかかって来なさい」


 ダリア騎士団長は剣を構えた。

 私の身体は急に震え始めた。真剣を使ったところで敵うはずもない相手が目の前にいる。そして間も無く私は死ぬ。怖い。怖い。怖い。怖い。

 ──震えるな! 動かないままみっともなく死ぬな! どうせ死ぬなら全力で戦ってから死ね! 戦って、私という人間がいたことを知らしめろ! 私を殺したことを後悔させてやるのよ!

 私は精一杯の勇気を振り絞り、ダリア騎士団長に向かっていった──


 ダリア騎士団長は、私に足りない部分を教えてくれるかのように剣を振ってくれた。私はダリア騎士団長に誘導されるような形で全力を出せた。この人の実力は本物だ。何人もの騎士を倒して騎士って大したことないなって思ったけど、本物は確かにいたんだ… 私もこんな騎士になりたかった……

 ダリア騎士団長の攻撃を受けた時、その衝撃に耐えきれず剣を手放してしまった。私は膝から崩れ落ちた。私の負け。これで私の人生は終わり。さよなら、パパ、ママ、モーリス。

 周りの騎士たちからは歓喜の声が上がった。


「黙りな!」


 ダリア騎士団長の声が響いた。

 恐る恐る顔を上げてみると、ダリア団長は優しく微笑んでいて、私の頭を撫でてくれた。


「君の名前は?」

「……ミア・シェリンガムです」


 何が起きてるの? 私を殺さないの?


「ミアか。よろしくね、ミア。君が3人の賊を懲らしめてくれたことは聞いている。ありがとう。我が国の騎士団長として、君に礼を言う」


 どういうこと? あれ? なんで涙が出てくるの。


「君は強いね。その剣技は君の独学かな?」

「はい…」

「やはりそうか。それはすごい。なぁミア。騎士団に入団してくれないか?」


 !?

 騎士になること。幼い頃からの夢。諦めかけていた私の夢。


「はいり、たいです… でも、私は…」


 声が震えてうまく喋れない。頭が真っ白になってうまく言葉にできない。


「大丈夫。君がしたことは何も間違っていないから。私の部下が無礼な真似をした。本当に申し訳ない。君にも君の家族にも罪はないから、安心しなさい」


 私は溢れる涙を抑えることはできなかった。

 ダリア騎士団長はそんな私を優しく抱き寄せてくれた。なんてあたたかい胸のなかなんだろう。私は声を上げて泣いた。こんな風に泣いたのは赤ちゃんの時以来だ。憧れの人の前で泣くなんて情けなくて嫌だったけど、止められなかった。

 私はダリア騎士団長のぬくもりを身体いっぱいに感じて、彼女の胸のなかで眠ってしまった──



 △△△



 私はダリア騎士団長の推薦で特別に騎士団に入団できることとなった。パパとママも私の入団を許してくれた。

 ただし正式に入団するには条件があった。それは上級剣術士の称号を得ること。

 でもそれは私にとって大した問題じゃなかった。上級剣術士の称号は普通なら中級剣術士が10年以上の時間をかけてようやく得られるものらしいけど、私は5ヶ月で習得できた。20歳0ヶ月で上級剣術士の称号を得たのは歴史的快挙らしくて、ダリア騎士団長からも褒めてもらえた。それまでの最年少記録は団長の23歳2ヶ月なんだとか。でも、記録では団長に勝てたけど、団長に勝てる未来はすこしも想像できない。私もあと10年したら今の団長みたいに強くなれるのだろうか。


 上級剣術士の称号を得てすぐに、私は正式に騎士団に入団した。そして正式に騎士として働くことになったと同時に、ダリア寮に住むことが許可された。憧れの人と同じ屋根の下で暮らせるようになるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう。

 それから、私はアイツと出会った──

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