第7話 それでも立ち上がる

 いよいよダリアさんとの試合が始まる。

 試合のルールは単純だ。俺とミア、どちらも戦闘不能になるか降参した場合は俺たちの負け。俺とミア、どちらかが団長に一本取れれば俺たちの勝ちだ。俺とミア、団長のそれぞれは模造剣1本だけを武器に戦う。俺とミアは魔法を使っても良いが、ミアは魔法を使えないから実質俺だけが魔法を使えることになっている。

 騎士団員の聴衆が狭い稽古場に押し寄せるなか、俺たちの試合の始まりを知らせるゴングが鳴った──


 勝負は呆気なく俺たちの敗北で幕を閉じた。予期されていたこととはいえ、こうもあっさり負けてしまうととても悔しい。

 まず俺は亜空操作を使って様々な角度からダリアさんに向けて遠距離攻撃を放った。ダリアさんはこれを斬ることに注意が削がれるはずだから、その間にミアと俺で猛攻を仕掛ける。シンプルではあるが悪くない作戦だと思っていたのだが、甘かった。ダリアさんはほとんど俺の攻撃を斬らなかった。俺の攻撃を斬るのではなく、躱したのだ。

 もちろん躱すことを想定していなかったわけではない。あの量の攻撃を躱すならば体勢が崩れることは間違いない。そうしてできた隙を正面からミアが引き受け、俺が後ろから攻撃すればいいと思っていた。

 でもダリアさんはそう甘くはなかった。俺たちの作戦はわかりやすすぎたようだ。そもそも俺の攻撃はミアに当たらないように細心の注意が払われている。ダリアさんはその軌道を、つまりミアに当たらないように確保された安全な軌道をすぐに見抜き、それを利用してミアと真っ向から打ち合った。

 この戦いはダリアさんの注意を分散させることが肝であるから、いきなりミアにダリアさんの注意が完璧に向けられる状況ができてしまった時点で、俺たちの敗北は確定した。

 ミアはあっという間にダリアさんに吹っ飛ばされ(俺はあんなに速く動くダリアさんを今日初めて見た)、俺が加勢した頃にはもうミアは立ち上がれなかった。俺一人でダリアさんに勝てるはずもなく、その後はあっさりと負けてしまった。試合開始から1分足らずで勝敗がついてしまった。


 ミアは鳩尾をらしい。鳩尾を押さえて悶えるミアにそっとリリーが近づき、治癒魔法をかけていた。


「ミア、す──」

「謝る必要はないわ… 別に、どっちが悪いって話じゃないでしょ」


 そう、なのか… 確かにもともと勝てるはずもない試合ではあったが、確実に俺のしくじりが敗因だろうに。


「完敗よ。まさか蹴られて動けなくなるなんて、聖剣術士なんて肩書きも泣いてるわね…」


 リリーの治癒魔法が終わった。


「ニシキ様もお疲れ様です。治癒いたしますね」

「ありがとう」


 俺は大して疲れているわけでもないが、一応かけてもらった。

 するとそこへダリアさんが来た。


「ミア、短期間でよくここまで仕上げてきたな。ニシキがここまで成長できたのも君のおかげだ」

「お褒めいただき光栄ですが、ああも簡単にやられてしまった後では団長の言葉であっても説得力に欠けます」


 ミアはわかりやすく落ち込んだ調子で言った。


「いや、簡単ではなかったさ。私がミアを最大限に警戒していたからこそ本気を出して短時間で無力化を試みたんだ。本気を出して戦ったのは久しぶりだよ」

「でも、私は剣ではなく足で蹴られて動けなくなりました。私にはまだ団長には余裕があるように見えました」


 納得がいかないといった表情でダリアさんに食い下がるミア。


「あれは後学にしてもらうための一手さ。戦いの場において剣だけをぶつけ合う必要はない。勝てるのならば魔法でも蹴りでもなんでも使う。それが真に戦うということだ。確かに剣は強力な武器ではあるが、剣にばかり集中してはいけない」

「勉強になります…」

「あぁ。これからも励むといい。それと、私の命令を果たせなかった罰と言ってはなんだが…」

「はい」

「ミアも毎晩、私たちの稽古に付き合ってくれるか」

「命令であれば従うまでです」

「そうか。ならこれは命令だ」

「わかりました」


 命令を遂行できなかったミアにはペナルティがあったらしい。


「団長。俺への罰はなんでしょうか」

「私は君には命令を出していないはずだが、そうだな…」


 ダリアさんはミアを一瞥してから言った。


「これからは任意ではなく強制で夜間の稽古を行うことにしよう」

「承知しました」


 こうして俺たちはこれから毎日、夜間も修業しないといけなくなった。



 △△△



 ダリアさんとの試合から半年が過ぎた。

 世界はいま非常に不安定な状況にあるが、我が国は今のところ先の戦勝(注: 前の俺が命を賭した戦争は一応は我が国の勝利という形で幕を閉じた)以来、平和な日々が続いていた。

 しかしもう時期、世界最強の軍事大国グランと我が隣国のスフィア王国とが戦争を始めそうな情勢だ。

 龍を5体も保有するグラン。一方スフィアは龍を保有していない。そのうえ我が国と違ってスフィアの軍事力は大したものではないため、もし戦争が勃発すればスフィアの敗北は火を見るよりも明らかと言えよう。

 スフィアと我が国とは友好的な関係にはあるが軍事同盟は結んでいない。先方が頑なに応じようとはしないのだ。理由は龍に対する見解の相違。我が国は龍をこの世界から一匹残らず消し去るつもりだが、スフィアは違う。彼らはいまは龍を保有していないが、将来的には龍を保有し軍事利用したいと考えている。したがって、もし今後スフィアが龍を保有するようになれば我が国とは敵対することになるだろう。そういうわけで、軍事同盟はいまだに結べていないのだ。いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくない戦闘狂いの国がすぐそこにいるというのに、全く悠長な国だ。


 居間に集まった俺たちに、今後の方針についてダリアさんから説明が始まった。


「明後日から我々は隣国スフィアに潜入することとなった」


 ……え? 領土侵犯するってことか? それって下手したらスフィアと戦争に発展するのでは?


「知っての通りスフィアとグランはかつてない緊張状態にある。我が国の諜報部隊によれば早ければ3日以内に、グランはスフィアに宣戦布告するようだ」


 これは驚いた。全く初耳だ。


「この事実を知っているのは騎士団の中では私たち4人と諜報部隊の人間だけだ。わかっているとは思うが他の団員には口外厳禁だ。では話を続けよう。我々がスフィアに潜入する目的は、グランを迎え撃つためだ。みな知っての通り我が国はスフィアと軍事同盟を結んでいないし、スフィアから協力の要請があったわけでもない。したがって、明後日からの潜入は完全に我々の独断によるものだ」


 話がよく見えてこない。スフィアがグランに負けるのは我が国にとって地政学的によろしくないのは確かだが、スフィアに無断でそのような行為に走るのは危険だ。


「諜報部隊によればグランはスフィアに龍を1体しか投入しないらしい。どの龍かまでは判明していないが、どのみち龍1体というのは完全にスフィアを舐め切っている。いや、スフィアだけであればどんな龍でも1体で事足りるのかもしれないが、我々が参戦するとなれば話は別だ」

「なるほど。不意打ちするというわけですね」

「その通りだ。舐め切ったグランにつけ入って龍を1体葬り去る。これが我々の狙いだ。ただ、狙いはこれだけではない」


 一呼吸おいてからダリアさんは続けた。


「我々はスフィアがやられそうになったところで参戦して龍を倒し、スフィアを救った見返りに軍事同盟を求めるつもりだ」


 恩を売ろうってことか。そんなにうまくいくものだろうか。

 俺はどうやら懸念が顔に出てしまっていたらしい。ダリアさんは続けた。


「むろん君たちの言いたいことはわかる。無謀な作戦に思えるだろう。だが実のところそうでもない。グランとスフィアとの戦争に首を突っ込む以上、我が国はグランと敵対する事になる。となれば“敵の敵は味方”の理屈でスフィアと共闘はできると考えられる」


 と、ここでミアが口を開いた。


「団長。そこまでしてスフィアとの同盟にこだわる理由はなんですか」

「うん。それは今日までスフィアを存続させてきた存在、魔女リタの力が欲しいからだ」


 魔女リタ。この世界では誰もが知っている魔女だ。数百年前から存在していると噂されている世界最強の魔法使い。スフィア国自体の軍事力は大したことはないが、彼女が用心棒としてスフィアにいるためにスフィアは誰からも今日まで侵攻されなかったのだ。


「スフィアと同盟を結ぶことができれば、彼女と協力してグランを叩くことができる。今の我々だけでグランを倒すのは難しいうえ、今のところ静観を貫いているワインツ帝国の存在も考慮に入れれば彼女の力はとても欲しい」


 ワインツ帝国。4つの国からなるこの世界において最も謎めいた国であり,龍を2体保有している。スフィアと貿易を行ってはいるが、我が国との国交はない。さらに歴史的にはグランと仲があまり良くない。だがいざ世界が戦争状態になったとき、ワインツがどの国に与するのかは見えてこない。


「ここからは実務的な話だ。まず、我々は少数精鋭でスフィア領に潜入する。先の龍との戦いで、龍に対して数の大きさは意味をなさないことがわかったからだ。そもそも、潜入するというのに師団を引き連れていたら目立ってしまうからな。そしてその少数精鋭のメンバーは、リリー、ニシキ、ミア、私だ。さらにあともう4人ほど欲しい。ミア。君の部隊から4人選んで明日までに今日の話を伝えておくように。任務は主に偵察になる。それに適う者を頼む」

「はいっ!」

「では龍の倒し方について話そう──」



 ダリアさんから龍と対峙した時の作戦を聞いて、今日の話は終わった。

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