第6話 圧倒的な力を前に
ダリア寮に戻ると、ミアが居間でくつろいでいた。シャツ一枚の薄着なので目のやり場に困る。
「お疲れ様。今日の午前中はありがとう。明日からもよろしく」
「ん」
そっけない返事ではあるが以前よりはだいぶマシな対応になったと思う。
「リリーは?」
「リリーならもう帰ってるわよ。そのうち来るでしょ」
ミアがそう言うや否や自分の部屋からリリーが現れ、そそくさと階段を下りてきた。
「ニシキ様お疲れ様です! 今日の午後はダリアさんとの仕事があったのでそばで仕えることができなかったのですが、大丈夫でしたか? いま治癒魔法をおかけしますね」
なんて可愛い笑顔を見せてくれるんだ… リリーの笑顔に心地の良い治癒魔法。うっかり求婚したくなるような気持ちにさせられる。でもいけない。勘違いするなよ、俺。
「ありがとう。今日はあんまり激しい稽古じゃなかったから大丈夫だったよ」
「それなら良かったです。明日からは午後の稽古にもご一緒させていただきますね」
「ありがとう」
「ちょっと。うるさいわよアンタたち。部屋でやってくんない? 目障りなんだけど」
おっといけない。ミアが怒り出す前に消えよっと。
そんなことを思っていると使用人さんが声をかけてきた。
「本日のお夕飯ができました。今召し上がりますか?」
おお! なんていいタイミング!
「今日のメニューはなんですか?」
「しゃぶしゃぶでございます」
「それはいいですね! 今すぐいただきます!」
「では私もお願いします」
しゃぶしゃぶ! この世界にもあったのか。もう何年も口にしていなかったのに、まさか異世界で食べることになるとは。
「私も食べるわ」
俺たちにミアが続いた。そういえば、ミアはいつも一人でご飯を食べているのだろうか。
「ミアはいつも一人で食べてるの?」
「悪い?」
「いや悪いわけじゃないけど、良かったら俺たちと一緒に食べ──」
「食べるわけないでしょ! 私はアンタたちと馴れ合うつもりはないわ! ほっといて!」
そう言うとミアは部屋に行ってしまった。
どうしてミアはいつもあんなに怒っているんだろう。俺だってミアのことはあまり好きではないけど、毎度毎度あんな態度を取られたら流石に気分は悪い。
「ミア様…」
リリーも心配そうな顔をしている。
△△△
あぁもうどうしてあんな言い方しかできないのよ私は! ホント自分がイヤになる! せっかくのしゃぶしゃぶが台無しよ!
私はアイツのこと、最初はいけすかないヤツだと思ってた。よその世界から来たってだけでインチキなくらい強い魔法が使えるようになって、なんの苦労もせずに団長に認められて、大嫌いだった。なんでアンタなんかに小さい頃からずっと頑張ってきたこの私が負けるのよ! って。
でもだんだん、アイツは私が思ってたほどサイテーなヤツじゃないのかもしれないと思うようになった。アイツはこの世界に来てからずっと努力してた。元の世界では触ったことすらなかったって言ってたのに、たった3年で中級剣術士にまで成長してた。固有能力の魔法だけじゃなくて初級魔法も中級魔法も習得してた。アイツは私の知らないところで、ずっと努力してたんだ。朝も昼も夜も。月に数日もらえる休日の間も鍛錬してると言ってた。私が実家に帰ってゴロゴロしてた時間も、アイツは鍛錬に時間を費やしてた。私よりもずっとアイツは努力してる…
今日アイツの目を見てわかった。今いるアイツは前のアイツと同じだ。きっとアイツはこれからも休まず鍛錬を続けるのだろう。あぁ、私はなんて卑しい人間なんだろう。私だって自分の才能のおかげでここまで強くなれたっていうのに、それを棚に上げてアイツの固有能力にケチつけて、挙句アイツよりも私の方が努力してないなんて。なんて情けないの…
前のアイツに一度だけ、なんでそんなに頑張ってるのか訊いてみたことがある。その時アイツは「俺にはこれくらいしかできないから」と笑って答えた。その時私は理解した。アイツにはこうする以外の選択肢がないんだって。アイツは元いた世界に帰って家族に会うことも友だちに会うこともできない。アイツは家族も友だちも知り合いも誰一人として存在しないこの世界で、言葉も文化も何もかも違うこの世界で生きていくために、自分は価値のある人間だと周りに証明し続けなければならないんだ。私とたいして変わらない年齢で、なんて深い業を背負わされてるんだろう。
隣の部屋から楽しそうな声がすこしだけ漏れ聞こえてくる。
私もリリーのように素直になれたらいいのに。どうして素直になれないんだろう。素直になれない自分が嫌い。性格の悪い自分が嫌い。私は私が嫌い。ホントに嫌い。
隣の部屋の音が聞こえないように、私は好きでもないラジオをつけた。
△△△
夜19:30。夕飯も食べ終えてリリーも部屋に帰ったので特にすることがなく暇になってしまった。今から風呂に入ったところでどうせ後で暇になるから何かしたい。魔法でも剣術でもいい。
あれ? 俺ってこんなにストイックな人間だったけ… あっちの世界にいた頃は今頃ネットサーフィンでもして時間を無駄にしているような人間だったのに。やっぱり環境ってのは人格を形成する上で非常に重要なものなのだろう。
そんなことを考えているとドアをノックする音が聞こえた。
「ダリアだ。今いいか?」
「どうぞ」
ダリアさんが何の用だろう。
「取り込み中だったか?」
「いえ、時間を持て余していたので魔法でも剣術でも自主練しようかなと考えていたところです」
「そうか。それならちょうど良かった。私も戦う相手がほしかったんだ。付き合ってくれないか」
「ダリアさんと俺が戦うんですか!? 俺ではきっと相手にならないと思うのですが…」
「そんなことはない。それに、私は君に実践経験を積ませたいんだよ。君はせっかく強力な魔法を使えるのに、その魔法と剣術を併用する稽古を今までしたことがない。もったいないとは思わないか?」
「思います」
「決まりだな」
俺はダリアさんについて行った。
今日からできる限り毎晩、ダリアさんから直々に戦闘指導してもらえることとなった。毎日2時間。より実戦に近い形で戦闘訓練ができることになったのだ。
ダリアさんと俺が対峙するのは今日が初めてだったが、評判通りの腕前だった。最初対峙した時はちびるくらいダリアさんからは覇気を感じた。俺の本能は真っ赤な信号を出し続け、俺は逃げ出したくなる衝動を抑えるのに必死だった。彼女と対峙して生き延びた生物がこの世に存在するのだろうか。そう思ってしまうほど、ダリアさんから放たれるオーラは凄まじいものだった。
ダリアさんは俺の「亜空操作」では斬れなかった。遠くから空気を爆ぜさせて遠距離攻撃を仕掛けるも爆発ごと切られて(?)全く歯が立たなかった。俺が使える中級魔法も当然ながらかすりすらしない。剣で対峙してみても全く通用しなかった。一方ダリアさんの攻撃は、一撃の威力があまりに重すぎて一発受けただけで剣を手放してしまうほどだった。
結局、ダリアさんには一本おろか一発も攻撃を当てることはできなかった。ダリアさんに一本入れるなんてのは、笑えるほど無謀な挑戦なのだということがよくわかった。
だがまだ3ヶ月ある。俺は残りの3ヶ月で強くなってやがては龍を倒してみせよう。
△△△
あれから3ヶ月が過ぎた。
この3ヶ月間、俺は休むことなく修業に取り組んだ。俺は相当強くなった自信がある。100回試合をしたところでミアに一本入れることなんてできるわけもないが、ミアいわく俺は剣術だけでも騎士団の中で5本指に入るくらいの実力はついているそうだ。
このあと控えるダリア団長との戦いではやっぱり勝てる気はしないが、それでも以前感じていたほどの壁はないように思える。万に一つの確率だけど勝てるかもしれない。そう思えるほど俺は成長した。
「おはようございます!」
リリーが今日も起こしに来てくれた。
「今日はもう起きていらっしゃるんですね」
「今日は大事な日だからね」
「そうですよね。ニシキ様とミア様ならきっと大丈夫です! すぐそばで応援してますね!」
「ありがとう。じゃあ朝食取りに行こうか」
階段を下ると、そこにはミアが待ち構えていた。
「ミア様、おはようございます」
「おはようミア」
「起きたわね。今日は勝ちに行くわよ!」
張り切っている様子のミア。
「もちろんそのつもりだよ」
「ふん。団長との試合の前に肩慣らしするから遅れないでよ。それを伝えに来ただけ。じゃ」
そう言い残してミアは立ち去ろうとしたが、リリーが呼び止めた。
「ミア様!」
「なによ」
「今日くらい、朝ごはん一緒にどうですか?」
「……」
変な空気が流れた。
「いいわ。今日くらい」
……意外だ。確かにこの3ヶ月間で少しずつミアと俺たちとの距離は近くなったし、以前よりもミアの棘は丸くなったけど。
「ありがとうございます! 2階だと3人で食べるには少し狭いので、居間で食べましょう」
リリーは嬉しそうに俺たちの朝食(いつも通りのステーキ定食)を並べ始めた。
食事中はほとんど話さなかった。でも初めて3人で食べたからか、いつもと同じはずのステーキの味はちょっとだけ美味しく感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます