第5話 もっと強く

「来たわね」


 異世界生活3日目。俺は朝から稽古場に来ていた。


「指導のほどよろしくお願いします」


 俺はミアに一礼した。


「ふん。団長のお願いだから仕方なくこの私が特別に相手してあげるわ。感謝なさい!」

「うん。本当にありがとう」

「じゃ早速始めるわよ。構えなさい」


 そう言ってミアは俺に剣を投げ渡した。

 拾い上げると、そこそこの重さを感じた。見た目は普通の剣だが研がれていないようで切れ味はない。練習用の剣なのだろう。


「構えろって?」

「そのままの意味よ。これからとりあえず私とやりあうってこと」

「えっ、いきなり? 構え方とか今の俺はわからないんだけど」

「ゴチャゴチャうっさいわね! そんなこと知ってるわよ! でも身体は憶えてるんでしょ? なら実際に身体を動かして学んだほうが早いわよ!」


 そんな無茶な… 俺は日本にいた時だって一度も剣なんて握ったことないんだぞ。


「安心しなさい。うーーーーーんと手加減してあげるわ!」


 得意そうに言うミア。

 俺はとりあえずミアと数メートルの距離をとり、それっぽく剣を構えてみた。


「アンタは私を倒す気で全力で向かってきなさいよ!」

「わかってる」


 そう答えると、ミアは一気に距離を詰めてきた。

 いきなりだったから驚きはしたが、なんとかミアの攻撃を剣で防ぐことができた。

 ミアは何度も俺に剣を振るったが、俺はどれもなんとか防ぐことができ、自分でもこんなに身体が動かせるのかと驚いた。日本にいた頃は長いこと運動すらしていなかったが、“俺”はこの世界で相当鍛錬に励んでいたらしい。“本”に書いてあったので知ってはいたが、今それを実際に肌で感じた。やるじゃねぇか“俺”。

 ミアは手を止めてから言った。


「なかなかやるじゃない。防御だけなら中級でも申し分ないわ。でも一向に反撃に出ようとしないのはダメダメね。攻撃しないと意味ないじゃない。さ、今度はちゃんとかかってきなさい」


 って言われてもなぁ…

 よくわからないけどとりあえず切先をミアに向けながらジリジリとにじり寄り、剣を振るった。

 ひょいと躱されたが攻撃の手は緩めず、身体が思うままに剣を振るってみた。

 これまた自分では信じられないほど流れるように剣を振るうことができて驚いた。やはりこの身体は剣の扱い方を知っているのだ。頭で憶えてはいないけど。

 だがミアには傷ひとつつけることもできず、距離を取られてしまった。


「まぁ動きはそんなに悪くないわ。でも中級というには物足りないわ」


 ミアは伸びをしながら続けた。


「うしっ。実力把握はこんなところね。じゃあここからビシバシ行くわよ!」


 ミアは楽しそうに言った。


 5時間ぶっ通しでミアのサンドバックになり続けた。生き地獄とも呼べるその時間は、かつてないほど長く感じた時間だった。

 あのあとミアは一方的に俺を叩きのめし、俺は防御しようとするも彼女の速さについていけず何度も一本を取られた。反撃に出ても呆気なくカウンターをくらい撃沈。意表を突いてみようとしても何度も失敗。試行錯誤を重ねてミアに一本入れようとしたが最終的に一本も入れることができないまま稽古は終わった。

 頭、顔、腕、肋、腹、太腿、脛。何度も何度も剣で身体を打ち付けられていたので稽古中は身体中のそこかしこが痛くて仕方なかった。でも身体中あざまみれにはならなかった。5分おきくらいにすぐ横で待機してくれていたリリーが治癒魔法で癒してくれたからだ。彼女のおかげで痛みや疲労はすぐに消え去っていった。

 治癒魔法を受けている間はなんともいえぬ心地良さがあったが、次第にそれこそがこの地獄の原因なのだと気がついた。治癒魔法があるが故に、俺は傷つくことも疲労することもなく、ほとんど休みなくミアにやられ続けていたのだ。最初は治癒魔法を優しく笑顔でかけてくれるリリーに心も癒されていたが、段々とその笑顔はサイコパスの微笑みに見えてしまった。トラウマになりそう…



「今日はここでお終いね!」


 ミアは元気そうに言った。なんだかツヤツヤして見える。


「ありがとう、ございました…」


 俺はミアにお辞儀した。


「今日一日でだいぶ理解したようね。最後の方はかなり良い動きだったわ! 私から一本とるのは一生無理だけどね!」


 得意そうに言うミア。


「ミアはどうしてそんなに強いの?」

「そんなの決まっているじゃない! 私が天才だからよ!」


 当然のように自分を天才だと言い切るミア。俺は自分を天才と言っちゃう人間を好かない。でもミアは確かに天才だ。


「まぁそうだな… 明日もよろしく」

「明日はもっと強くなりなさい! そして3ヶ月後、団長に一泡吹かせるわよ」

「3ヶ月後?」

「聞いてないの? 3ヶ月後、私とアンタ2人がかりで団長と試合して、一本取るってことになってるのよ。それが私に課せられた命令」


 ダリアさんに一本取る? 無理だろそんなん。


「初耳なんだけど… そんなのできるの?」

「たぶん無理。でもやってやるわ!」


 へぇ… ミアは粗暴なところもあるけど、ひたむきな人間だということがよくわかった。リリーもダリアさんもミアのことが好きな理由がわかった気がする。


「何よ。気持ち悪い目で見ないでくれる?」

「えっ、あっ、いや、ミアって意外と真面目なんだなと思って…」

「はぁ? どういう意味よそれ。私はもう行くから! じゃ!」


 そう言ってミアは稽古場から出てってしまった。


「お疲れ様です」


 リリーが声をかけてきた。


「あぁ。リリーもお疲れ様。治癒魔法ありがとう」

「はい。では昼食を食べに行きましょうか」

「うん」


 稽古の最中は栄養補給にどろっとしたよくわからない液体を何度も飲んだからかあまりお腹は空いていないけど。



 △△△



 午後は魔法について、ダリアさんの親友を自称するサラさんに教わった。“本”にも魔法については書かれていたが、改めて魔法について知ることができた。


 この世界は人の目には映らず、またほとんどあらゆるものを透過する物質──マーテル──で満たされているという。このマーテルは人の思念に呼応し形を変える。時に炎に、時に水に、時に氷に。こうしてマーテルは様々なものに形を変えることによって“魔法”を可能にしているのだ。言ってしまえばマーテルはMPのようなものだが、よく聞くMPと違うのはマーテルは人に宿るものではなく、空気のように人の外にあるものだということだ。なおマーテルに思念を連続的に送り続けると段々とマーテルに思念が届きにくくなっていくため、魔法を使う際には思念を送る持続力も必要になってくる(ゆえにこの持続力を「魔力」と呼ぶ)。要は、魔法を扱う際には思念を届けられるマーテルの量と、思念を送り続ける持続力の2つが重要なのだ。

 強力な魔法を使うにはマーテルをどれだけ単位時間あたり大量に扱えるか、そしてそれを持続できるかが肝になってくるが、一般的には女性の方が男性の2〜3倍もの量のマーテルを先天的に扱えるとされている。そのため魔法の力が絶対視されるこの世界では、騎士の多くは女性なのだ。

 ただし例外はある。それが俺だ。異世界人である俺には持続時間に制約がない。つまり、俺は俺の思念が届く範囲において半永久的に魔法が使える。その原因は定かではないようだが、サラさんは「本物の魂がこの世界にないからだと思う」とよくわからないことを言っていた。


 そして俺がこの世界に召喚された最大の原因である俺の固有能力は、「亜空操作」というものだ。簡単に言うと、俺は自分の思念が届く範囲内の空間なら好き勝手いじれる。ある空間を別の空間と入れ替えたり、ある面を別の面と入れ替えたり、空間を縮小させたり拡大させたり。本当になんでもできる。「空間操作」ではなく「亜空操作」と呼んでいるのは、空間そのものを操作しているわけではないらしいからだ。所詮はマーテルが干渉できるものにしか「空間操作」の影響は及ばない。そういうわけで「亜空操作」と呼ぶことにしたらしい。

 この能力を実戦で応用する方法はいくらでもある。空間を圧縮した状態で術を解けば、急に膨張した空気が爆発を引き起こす。その向きを調整すれば遠距離攻撃が可能だ。他にも、空間を入れ替えた状態で術を解けばどんなに硬い物であっても切断することができたり、ある面を別の場所に繋げば相手の攻撃を別の場所に受け流したりできる。相手との間合いを一瞬で詰めることだって可能だ。炎を出したり水を出したりするような派手さはないが、非常に強力な魔法であることは間違いない。

 はっきり言って俺の固有能力は最強だ。俺がこの世界に召喚されたのももっともな話と言えよう。サラさんも俺の固有能力は「私が出会った中ではまず間違いなく最強」と言っていたので俺の能力は間違いなく最強なのだろう。

 また、俺は「亜空操作」を使える以前に、火炎系の魔法を得意とする中級魔法使いでもある。中級魔法使いになるには何らかの系統の魔法を少なくとも1つ極めなければならない。極めるといのは魔法使い検定審査会が定める基準を満たすことであり、“前の俺”は1年半ほどかけて火炎系の魔法を極めたらしい。

 中級剣術士であり中級魔法使いでもあるうえに、俺は固有能力によって「亜空操作」を使える。はっきり言って俺は反則級に強い。だが俺は、こんな能力を持っているにも関わらず2回も死んでいる。現実は甘くないということだ。


 俺は今日という過去一濃厚な一日を終わらせるべく、ダリア寮に帰った。

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