マッポは結局体力勝負です!

「あの……なんでしょうか。用がなければ僕たちもう行きたいんですけど」


目の前の通行人A(気だけは強そうな男性)は一応敬語ながらも解放してくれ、とまっすぐメッセージを投げかけてくる。

しかし、まだ彼にはここにいてもらう必要があるのだ。


――――ベントさん。今から三十秒後に僕に《連絡コンタルテ》繋いでください――――

――――なんだ、急に。今それどころじゃねぇだろ――――

――――いいから! 重要なことなんです。それで僕にこう言ってください。目の前のことは無視しろ、耳を澄ませろ。それだけでいいです――――

――――あ? わけがわからねぇぞ?――――

――――とにかく頼みましたよ!――――


そう言って一方的に回線を閉じると、目の前の通行人A(気だけは強そうながら目の奥に怯えを抱えた男性)の目をまっすぐ見つめたまま一言告げる。


「失礼。……《記憶メモリア》」


それだけ言うと僕は彼に魔法をかけた。

最近使いすぎだなぁ、なんてしょうもないことを考えつつ僕の意識は彼の記憶の回廊へ引きずり込まれていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


彼女とお付き合いを始めたばかりなのかやたらとイチャイチャした記憶ばかりが溢れている。

そんな記憶なんてどうでもいい!とにかく直近の記憶だ。

この人がたった今どの方角を見ていたのか。

近くを流れる記憶のフィルムを手あたり次第調べていく。


すると、交差点の少し先にある五階建ての宿屋の屋上からわずかに光る魔力をこの男性が目撃していた記憶を見つけた。

目撃していた、というより視界の端に入ってしまった、というほうが正しいだろうか。

そのすぐ後に地面へ視界が移っているので、この瞬間が「アチッ」のタイミングで間違いないだろう。


つまり、狙撃。

炎の魔法による遠距離からの狙撃。しかも射線上で誤爆しないように魔力だけを撃ち出し、ピンポイントで目標地点に達した瞬間に引火させるコントロールの正確さ。

もしくは時限式か。射出して任意のタイミングで発火するよう指示をこめた魔力だけを撃ち出しているのか。

その場合、実際の魔力射出時と着弾箇所の相違が魔法発生元をわからなくさせていて迷彩の効果を生んでいる。

どちらにせよ、複雑な魔法だ。相当な魔力を消費するであろう。

おそらく今は二発目を撃つために魔力を練り上げ、着弾までの計算をしている最中だろうか。

急ぎ狙撃ポイントへ向かい阻止しなくては。

しかし、僕はこの記憶を持って現実に戻ることはできない。

なので、ちょっと彼には悪いが少しばかり記憶をいじらせてもらう。

真上、上空に親の仇がいきなり現れて…………などと無茶苦茶な記憶を埋め込む。

ごめんなさい。あとで修正しますから許してください。僕には使えない魔法なので少しお力をお貸しください。

何度も謝罪を心で繰り返しているうちに記憶の書き換えは終了した。

気づいてよ、僕。

そうして《記憶メモリア》を解き、混乱著しい十字路へと戻っていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「っ!」


意識が急に引き戻されるこの感覚。どうやら僕はまた《記憶メモリア》を使ったらしい。

息を整えようと深呼吸をするために大きく酸素を吸いこむとベントさんの声が脳を揺らした。


――――おい、目の前のことは無視しろ。耳を澄ませ――――


? いきなり何を……。と思った時にはもう目の前でとんでもないことが起きていた。


「てめぇ! よくもおふくろを!! 燃やしてやるぅ!」

「ちょちょちょ何言ってんの!? いきなりどうしちゃったのよ!」


目の前にいた通行人A(目がイッちゃってる男性)がいきなり頭上に向かい派手な炎を放った。


「どこ行った!? ぜってぇ許さねぇからな! よくもおふくろを!」

「お母さん生きてるじゃない……。どうしたのよぉ! アンタ彼に何したんですか!?」


轟轟と彼の手から放たれた炎は何もない空を明るく照らしている。


「無視しろって……これのこと?」


「うわ、びっくりしたー」

「なになに? またなんか燃えてね?」

「おいおい! なんだよあいつイカレてんのか!」

「サーカス!?」 

「パフォーマンスでしょ。お祭りなんてあったっけ?」

「あっぶねー! マッポ呼べよマッポ」

「あっちで燃えてんのマッポの車じゃね!?」


当然周囲はざわつくが、ベントさんは無視して耳を澄ませろと言っていた。

目を閉じて耳に《強化レフォルコ》をかける。


ッ! あっつ!目が……


という声がはるか後方から聞こえた。

よくよく目を凝らして見てみると護送車の進行方向、しかも護送車からはかなり先の建物の屋上がわずかに赤く光っていた。


「あれは、共振? …………あそこか! きみ、彼の恋人?」

「えっ。え、えっと、そうですけど…」

「彼がおかしくなったのは傭兵のジルの魔法のせいだよってもし団員が……マッポが来たら言っておいて! それでなんとなく伝わるだろうから」

「どういう…………あの!」


彼女には(彼にも)悪いが今はそれどころではない。

しかし、僕はまたいったいどんな記憶の改変をしたのか。我ながら恐ろしい。


――――おい、ミラ・ウォーレンは無事だったぞ。今彼女を連れて退避してる。さっきのはなんだったんだ。急に魔力の反応が小さくなったが……。っていうかおまえのいるあたり燃えてないか? 攻撃されているのか?――――

――――詳しいことは後で話します。とりあえず二回目の攻撃は一旦阻止できたっぽいんですけど、たぶんすぐまたなにかされます。すぐ脇の道にでも入って逃げてください――――

――――よくわからんが……。まぁ、いい。おまえはどこに向かってるんだ?――――

――――大通りの先にある五階建ての宿屋です。屋上から狙われていたみたいです――――


ベントさんと話しながらも足を休ませることはなく宿屋へ走る。

走ってばかりで、しかも《記憶メモリア》を行使した直後なので吐き気も頭痛もする。

でも、休むわけにはいかない。


「すみません! 傭兵団の者です! 屋上へはどうやって行けばいいですか!?」


宿屋へ飛び込むなり受付の女性へ大声で尋ねると、パートタイマーと思しき彼女は面食らった様子ではあったがおずおずと答えてくれる。


「あちらの階段からいけますが、屋上への扉には鍵がかけてありますよ?」

「ほかに屋上へ向かうルートは!?」

「えっと、緊急避難用の屋外の階段からなら最上階まではいけますが屋上までは壁をよじ登らないと……」

「今日は客は何人? あと、警報装置はありますか?」

「きょ、今日はまだどなたもチェックインされていません。警報装置もついておりますがそれがなにか……」


さて。どちらか。

僕が犯人ならどのルートで屋上へ向かう?または屋上からどう逃げる?

どちらでも確実に見つける方法は。


――――ベントさん――――

――――なんだ――――

――――十数えたら、僕に外から登れ、下から音が聞こえたらすぐ飛び降りろって言ってください――――

――――またそれか……一体さっきからなんなんだ?……まぁ、わかったよ――――


「あの、お姉さん」

「? はい?」

「失礼。《記憶メモリア》」


女性は精神的な抵抗が強いので本来|記憶《メモリア》はかかりにくい。

だが、僕のように強制的にアクセスできるのであれば話は別だ。正直魔力を多く消費すれば目を合わせる必要すらない。

生気が抜けていくような魔力の消費を感じる。


げっそりとする感覚を覚えつつも、すっ、と忍び込むように彼女の記憶へ入り込む。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


時間がないので手短に《記憶メモリア》をかけ、直近の記憶を改変する。

もしかすると彼女の記憶の中に怪しい人物がいるかもしれないが、それを今特定したところで覚えて現実には戻れないし、過去まではどうしようもない。なので彼女の記憶を漁る時間がもったいない。


彼女の話によれば今日はまだ誰もチェックインしていない。

ということはもし中から知らない人間が降りてきたらそいつが限りなく疑わしい人物ということになる。

なので、この受付の女性にはオーナーより「今日は爆破予告が来ていて、なにもないかもしれないが普段より警戒をしなくてはならない、上階から降りてくる見知らぬ人物を見かけたら問答無用で警報を鳴らすように」と指示が出ていると記憶を植え付ける。


そして僕は外の避難用階段から屋上へ向かい、そこで鉢合わせれば確保。もし中の階段で降りてくるようなら警報を鳴らさせてすぐ下へ。

上手くいくかはわからないが、無策で向かうよりはマシだろう。


…………しかし。僕、いつもこんな適当な記憶を書き換えてるのか。もう少しシナリオを上手く書けるように練習しよう………。


あぁ、頭が痛い。さっさと戻って捕まえなければ。身体がもちそうにない。

そうして、身体のあちこちから上がる阿鼻叫喚の声といっしょくたになって吸い込まれるかの如く現実へ戻っていった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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