マッポにスピード違反はありません!(勤務中のみ)

――――というわけでベントさんからの情報で今詰所に大臣の手先が押しかけていると――――


むき出しで車に乗っていると風を切る音が邪魔をして会話が難しいので、《連絡コンタルテ》を使って二人に今の状態を伝えた。

デルーマン先輩の荒い運転に舌を嚙まないように、という部分も否めないが。

乗っている、と言ってもこの車は二人乗りなので僕は後輪にかけられた泥除けの上に足をかけ、しがみつくような形で運ばれている。

立ったままなので足に伝わる振動がすさまじい。


「そそそそれにしてもっ、もう少しっ、安っ全っ、運転はっ、できません!?」


急ぐデルーマン先輩の運転に初めて乗るペルノは抗議の声を上げるが、魔石エンジンの振動音と風にかき消されて(実際は《連絡コンタルテ》によって聞こえているが)答える者はいなかった。


「俺がさっき言いかけたのもそれなんだよ。アンが取り調べしてたら団長からストップ入って、どっかのお偉いさんが本部に言いがかりつけてきたんだろうけど詳細は下りてきてなくてよ。まさか大臣とはな」


連絡コンタルテ》と実際に声に出したデルーマン先輩の言葉が重なるように耳と脳に響く。


――――それで、今はヘレナさんは?――――

「とりあえずそのままアンと一緒に取調室で缶詰だよ。なんか嫌な予感したから」

「嫌なっ、予感っイテッ。予感てなんですか?」


荒い運転に揺られて頭をあちこちにぶつけながらペルノが質問を投げる。

嫌な予感、それはもう一つしかないだろう。

僕らが所属するファーレンではあまり見ないケースだが、首都ではよくあることと聞く。

外交問題を恐れた政府の圧力。要は、


「俺らが外国の圧力に屈して犯罪者を見逃すってことよ。国が他国の圧力に負けて無罪放免で引き渡したりなんて本部だとたまにある話だよ。バカ王子が娼婦呼んで殺したけど、無罪で帰したってのがあったな」

「えぇ!? そんなのアリですか!?」

「俺らはそりゃ頭にくるよ。めちゃくちゃ反抗したけどダメだったって話は聞いたな」


理不尽も、組織に身を置く人間としては飲み込まなければいけない時もあるのだろうが、やっぱりそんなこと見逃せない。

まだ間に合ううちにできる対策をすべきだ。


「ねぇ、ジル。ミラさん、大丈夫ですかね?」

――――! 確かに! ペルノにしてはいいところに気がつくじゃんか! 先輩、今ミラさんの護送車ってどこらへんかわかります?――――

「えぇ? わっかんねぇなぁ。いつ頃出たんだよ?」

「たしかぁ……わたしたちよりは後のはずですけど、夜までには確実に届けますって言ってました!」


ということは、まだ僕らより背後にいるはず!


――――先輩、護送車も今の道ですかね?――――

「いや、たぶん一本向こうの大きい通りを使うはずだな。ちょっと待ってろ。ペルノ、前見とけ」

「えぇ!? 前見とけって何したらいいんですか!?」


そう言うとハンドルをつかんだまま先輩は後方を振り返り目を細め周囲を見回す。


「ちょ!前、前ぇ!!」


とペルノが肩を吊り上げて必死に前方確認をしているが先輩はまるで気にする素振りはなく、集中している様子だ。


「前に何か見えたら右か左かどっちに避けるか言え。………………見えた! 六区画前にいるな。そこから大通りに合流するつもりだろ。ジル、戻るか?」

――――いや、大丈夫です。先に行っててください――――


そう伝えるやいなや、えいやっ、と僕は車から飛び降りた。

苦手な魔法だが《強化レフォルコ》を自らの脚にかけ、着地すると同時に地面に敷かれたレンガを大股で踏み抜きつつ減速していく。

一歩一歩ごとに足首と膝が悲鳴を上げていた。ついでに一部始終を見ていた街の人々も一緒に悲鳴を上げている。

痛みと、ミシミシと関節がすり減る感覚に歯を食いしばって耐える。

しかし、さすがはデルーマン先輩。視力強化の速さ、正確さが尋常じゃない。

僕ももっと《強化レフォルコ》上手ければなぁ。

こんなに脚に負担かけずにこれくらいできるだろうに。もっと勉強しなくては。


「ちょっ、ジルぅ!?」

「やるじゃん。あとは任せとけ。とりあえず丁重に兵隊さんにはお帰りを願っておくわ。丁重に」

――――……よろしくお願いします――――


ブーツの踵から焦げ臭い匂いが立ち上っていたが、それどころではない。

急ぎ護送車と合流しなくては。大臣の手先に嗅ぎつけられるより早く。

どう考えたって連中の動きが早すぎることを考えると僕らの動きは貴族側に筒抜け、もしくはリークされていると考えて間違いないだろう。

内部に裏切りものがいるのか、スパイがいるのか、監視されているのかはわからないが過程は今はどうでもいい。

さっきのミラさんの話を思い返せば、命を狙われることをひどく心配していた。

彼女の目線ではヘレナさんの心配が主だったが、ミラさん自身ももちろん狙われるだろう。今まさに襲われる瞬間かもしれない。

デルーマン先輩の目を信じて大通りへ向かって駆け出す。


「ちょ、ちょっとあなた大丈夫!?」

「あぶねぇぞ! てめぇ頭いかれてんのか!?」


大丈夫です!すみません! と方々へ頭を下げつつ進む。


「誰かマッポ呼べマッポ!」


俺がマッポだよ。

と思うものの私服だし名乗り出るとまたマッポがなんかやってると悪評が立ちそうなので控えておこう。


「すみません! 通してください!」


通行人をかき分けるように前へ前へ進む。

大通りへとぶつかる十字路へと息を切らしたどり着き、護送車がこちらへ向かってくるであろう方向へ目を凝らす。


「あれか……」


見慣れた魔石式蒸気自動車とその後部に連結されたコンテナのような車輪のついた箱。間違いない。

どうやらまだ無事だったようだ。

相手は本部にまで文句をつけ詰所にまで押しかけるような連中だ。何かをしかけてきてもおかしくはないと思い急いで駆け付けたが、さすがにこの大通りでは人目に付きすぎてしまう。


「取り越し苦労だったかな」


と、ひとり安堵の息をついた瞬間、ちりちりと強力な魔力のざわめきを感じた。

日常生活でも魔法を使うことは多々あるので微弱な魔力は常々感じているものではあるが、肌がぴりぴりとほのかに痛みを感じるほどとなると尋常ではない。

街の人々も不思議そうにきょろきょろと首をあちらこちらへ向けている。

どこから? と同じように僕も周囲を見回すもののパッと見た限りでは怪しい人物は見当たらない。

護送車の周囲にも異変はない。

なにかトラップ? と思い大通りの先へと目を向けても普通に車は行き交っておりトラップが仕掛けてある様子もない。

では、この魔力の気配はどこから?


――――おまえ、詰所に行かなくていいのか?――――


唐突に《連絡コンタルテ》の回線が開かれ脳内に声が響く。


――――ベントさん。どうしたんですか? 今ちょっと忙しいんで――――

――――俺もミラ・ウォーレンの安否が不安になっておまえと同じ十字路にいる――――


えぇ。じゃあ僕来なくて良かったじゃん……。と一瞬頭によぎるが、いやいや想定外の事態になる可能性もあるし、この不審な魔力とか。と思い直す。


――――なんで僕と同じ十字路にいるの? とか、僕のことどこから見てるの? とか僕のこと好きなの? とか余計なことはこの際聞きません――――

――――もう十分余計な事聞いてるけどな――――

――――この変な魔力、気づいてますよね。ベントさん心当たりあります?――――


僕より先にいたのか、今来たところなのかはわからないが別の角度から見て不審な様子はないか彼に確認をする。


――――まず、ここに来たのは偶然だ。近くにいたから。あと、お前は目立ちすぎる。その戦争帰りみたいな恰好、どこにいたって目につくだろ。何があったんだよ。あと、――――

――――いいから! 冗談じゃないですか! なにか気づいたことあります?――――


律儀に僕のくだらない軽口に一つ一つ答えていくベントさん。

狂犬、とか問題児とか言われてるけどこの人、真面目なのでは?


――――俺のいる場所からも特段おかしな動きのやつはいないな。お前のいる交差点の斜向かいに立っているんだが――――


と、ベントさんが話す言葉を遮るように護送車が急ブレーキをかけた。

前に車もおらず、背後から迫る者もいないのに。


――――なにがあった? おまえ、見えるか?――――

――――護送車が止まったことは見えてます。何があったかまではちょっと……。あっ!――――


目を細めて観察していると、護送車の後部からゆらりと炎が立ち上った。


――――俺が行く。お前はこの周囲の魔力の出所を探せ――――


そう一方的に言って回線を切断したのだろう、僕の立っている交差点の向かいから驚きの声が上がった。

人にぶつかることも厭わず黒い塊が護送車に向かって疾走していく姿が見えた。

おい、とか、あぶねぇ、などと非難の叫びが飛び交うがそのころには彼はもう走り抜けている。

やっぱあの人ヤベェ先輩だな。と思いつつ魔力元を探る。

が、まったく怪しい人物が見当たらない。

どうする、どうする。


「アチッ。? なんだ?」

「どうしたの?」

「いや、なんか今目がバチって熱いような痛いような感じが」

「どこかぶつけた? 赤くなってる、……っていうか目が赤く光ってるけど……」


焦る僕の耳にすぐ傍から通行人の声が届いた。

熱い? 目? 光ってる? もしかして。


「すみません! あなた! そこのあなた!」

「え、俺? な、なんですか?」

「もしかして魔法の適正、火ですか!?」

「そ、そうだけど……」


やっぱり。同じ適正同士で魔力バイオリズムが近しい魔法使いは強力な魔法を近くで行使する場を見ると稀に共振を起こし影響を与えることがあるらしい。

彼はどこかこの付近で発生した強力な火の魔力に共振して痛みを感じたのだろう。

煌々と透き通るような赤い光を灯した彼の目がそれを物語っている。

僕は適性の少ない記憶魔法なので感じたことはないが。


「今、何か見ませんでしたか!?」

「いや、なにも……。なぁ?」

「う、うん。そろそろ暗くなってきたね、ってぼんやり話してただけだし……」


おそらく無意識に魔法を行使する瞬間が視界に入って共振を起こしたのだろう。

問題は彼に何かを見た自覚がないことだ。


仕方ない。緊急事態だし、使っていいよね。

僕も、やれることをしなければ。

怒られませんように、と願いを込めて大きくため息をつき、僕はゆっくりと彼の目を見据えた。


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