マッポは暗い空気に慣れがちです!
彼女の話を聞き終えた僕らは商館を後にした。
念のためミラさんにも警備を付けたうえで詰所へ連行することとなったため、入り口には先ほどまでいた守衛はいなくなり僕らの同僚が代わりに役割を果たしている。
護送の車が到着次第、詰所へと向かうだろう。
今後は改めて事情聴取をした後、罪を償うことになるであろう。
だが、情報を提供した見返りとして減刑の措置が取られるはずだ。
赤橙の日はもう水平線の向こうへほとんど姿を隠し、うっすらと街には暗がりが落ち始めていた。
「…………」
「…………」
僕とペルノは肩を並べながら歩き、また同じように肩を落として歩いていた。
先ほどまでのミラさんの話は衝撃が強かった。カルチャーショックといってもよいだろうか。
理不尽に弄ばれ虐げられる人々。知っている、と見る、とでは意味合いが違ってくる。
僕らは彼女の話を通じて悲惨な事実を見てしまった。生々しい現実を見せつけられた。
「悪いのは」
しばらく続いていた沈黙を先に破ったのはペルノだった。
一言口にした後、間を空けて続ける。
「悪いのは、薬物なんですかね」
「…………」
「貴族? それともやっぱりミラさんやヘレナさんたち? 国自体? それを当然と受け入れている人たち?」
ペルノは立ち止まり、胸の前まで上げた両手を握りしめている。
「なんか、かわいそう、だなんて思うこともおこがましいし、どの立場から言ってんだって自分でも思うんですけど。でも、かわいそう、だけじゃなくって、わたしはこの国に生まれてよかったって」
「…………」
「この人みたいな人生じゃなくってよかったなぁって思っちゃってる自分がいて。目の前に辛い思いをしてきた人がいるのに、そんなこと考えちゃって。傭兵失格、ですね」
そんなことはない。僕だってそう感じた。
素直にそう言葉をかけたいところだったが、きっと同調が欲しいわけではないのだろう。
僕だったら自分の中にしまい込めない感情を吐き出して慰められたら余計にみじめに感じてしまう。
「悪いのは、彼女たちだよ」
「…………。なんでそう思うんですか」
「この国では薬物は違法だ。それをわかって広めたのは彼女たちだ。後ろに誰がいようと、この国で法を侵したのは彼女たち本人だ。僕は。僕たちはこれ以上の蔓延を防いで根本を断つ必要がある」
ペルノはじっと僕の目を見つめている。
なにを思っているのだろうか。ほのかに潤んだ瞳からは何かを読み取ることはできなかった。
もしかしたら自分でも絡み合った感情をほどけていないのかもしれない。
「それがジル個人の考え? それとも傭兵としてのジルの考え?」
「僕はどこにいたっていつだってこの街の傭兵だしそれは変わらないよ。何を言わせたいのかはわかんないけど、少なくとも僕はやっぱり彼女たちは裁かれるべきだと考えているし、同情もしてない。……とは正直言いきれないけど」
「…………」
「だからこそ、彼女たちを手先にして僕らの街をめちゃくちゃにしようとしたクズはもっと許せない。貴族か大臣か知らないけど絶対捕まえる」
全部捕まえる。そのうえでそれぞれの罪の重さに応じて相応しい罰を下す。
僕は誰にも平等なこの法というものが好きだ。この国において秩序は法によって保たれている。
先人たちの英知と失敗の骸の上に成り立つ法律という財産。
それに従い秩序を維持する公僕。
それが僕たち傭兵だ。
「…………そうですね」
「そうだよ。それに彼女、麻薬使ってただろ。どんなに辛い過去があったってほかにも逃げ方はあったはずなんだよ。少なくともこの国に来てからは。だから、僕は大陸の向こうにまで轟くほど〝マッポ″はヤバいぞって知らしめてやる。辛い境遇にあっても、ファーレンに行って〝マッポ″に助けを求めれば助かるよ、クソ野郎は絶対捕まるよって。手始めにそのゴミクズ大臣とやらを捕まえてその第一歩にしてやる」
なんとなく、生活の為に入ったつもりだったのにな。
自分の口から出た決意表明が少し恥ずかしくなって、ペルノに聞こえるかどうかわからないくらいの小声でそうつぶやく。
「……わたし、マッポ同士の結婚もありだと今考えを改めました。ジル、どうおもう?」
「……………いや、ぼくはナシだと思う」
なんでですか!と憤るペルノを置いてすたすたと先に歩いていく。
僕の勘違いかもしれないが、妙に熱を帯びた彼女の発言に鳥肌が立つ。
あんな恥ずかしい発言で目がくらむようなバカはお断りだしなによりそのダサいTシャツはもっとナシだと思う。二重のオブラートに包んでもクソダサい。
東洋のトラディショナルホビー『こけし』に激似の女の子はこの国では需要ゼロだろう。
「おい、ここにいたか」
やかましいペルノから逃げるように早足で歩く僕の横に見慣れた顔がひょっこり現れた。
「聞いたぞ。初日からでかした! さすが俺の部下!」
「まぁまぁ濃い一日でしたよ。先輩」
「えっ!? 恋……一日ぃ……?」
「違う違うバカかおまえは」
どうしたのコイツ、目がハートなんだけど。とグロテスクな深海魚でも見つけたような顔をして先輩が問いを放つが無視を決め込む。
「お疲れ様です! デルーマン先輩の方は進展ありましたか? わたしもジルも、もうボロボロですぅ!」
「おう、お疲れ。その勢いで言うことじゃねぇな。苦労したけど、なんとかあの若造言いくるめてハッパは回収してきたぞ」
「先輩、言いくるめたって言いながら拳をさすっているのはなぜですか?」
「え? 漢は拳でも語り合えるんだよ? 知らないの?」
「へぇぇ。それなんて魔法ですか? 男の子ってそんな魔法があるんですねぇ。ジルも使えます?」
「ジルにもできるぜ。ほら」
「いてぇ!」
唐突に僕の頭を馬鹿力で小突いた(もはや殴るに近い)デルーマン先輩に恨めし気な視線を送る。
「ね、ジル。デルーマン先輩は今なんて言ってたんですぅ?」
「…………おまえマジで言ってんなら絶望的にこの仕事向いてないよ」
「あはははは」
「え? もしかして嘘ぉ? ちょっともう! やめてくださいよー」
くだらないやりとりだが、正直今の僕たちにとっては先ほどまでの重い空気をわずかでも拭い去ってくれているようで自然と口元が緩む。
さて、と一息置いて先輩に尋ねる。
「アンネ先輩のほうはどうですか?」
「うーん。それがなぁ。あんまりうまくいってないっていうか。なんていうか」
珍しく歯切れの悪いデルーマン先輩に違和感を覚える。
なにかあったんですか?と口を開こうとした時、《
――――おい。マズいぞ。詰所に急げ――――
――――ベントさん。いきなりなんですか――――
――――いいからさっさと向かえ。あの女の経歴から繋がりのありそうな貴族をしらみつぶしに当たってみたら……――――
――――むこうの大臣だったんですよね。それなら僕らも――――
――――その大臣がヘレナを引き渡せっつって首都の本部に訴え出たんだよ。今、詰所に迎えの兵たちが押しかけてる――――
おいおいマジかよ。いったいどこから貴族の連中は嗅ぎつけたんだ。
ていうか本部に? やりたい放題じゃないか。
それより、急がないと。
「誰からだ? 何かあったのか?」
「マトリのベントさんからです。今はとにかく詰所に向かわないと。走りながら話します」
「それならちょうどいいや。俺、車で来たんだよ」
なんてラッキーなのか。
今はとにかく詰所へ急ごう。
急ぎ足で車へ向かう僕たちとは裏腹に、薄暗くなったあたりからは日々の仕事から解放された人々の弛緩した空気が漂い始めていた。
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