傭兵には猪突猛進なヤツが多いです!

鈍いノックの音が部屋に響く。

二度続いたその音から少し間をおき、失礼します、と商店の店員が部屋の中へ淀みない動きで入ってくる。その手にはわが子を抱くかのような慈愛に満ちた手つきで宝石を抱えていた。

僕たちが座るソファへ足を向けるが、僅かな時間立ち止まり鼻を歪ませ顔を顰める。

何事もなかったかのようにテーブルへ台に乗った宝石をゆっくりと置くと、ほんの一瞬ミラ・ウォーレンと僕たちへ暗い感情のこもった視線を投げた。

その一連の行動からこの商店では彼女の麻薬の使用は公然の秘密となっており、旦那様と呼ばれている商会の主の庇護のもと誰も注意することができず顰蹙をかっている、といったところだろうと推測を立てる。

もしかすると商会の主もこの麻薬の中毒者の可能性も大いに考えられる。

そして僕らはその麻薬仲間と勘違いされた、といったところだろうか。


「ありがとう。少し窓を開けてもらってもいい?」


ミラ・ウォーレンがそう言うと、店員は無表情のまま一度だけ頷き窓を当てつけのように大きく開いた。

そのまま入り口まで滑るように歩いていき、こちらに向けて深々と一礼をした後は一言も発することもなく部屋を後にした。


「ごめんなさいね。煙たいし臭いも気になるわよね。ちょうど気持ちいい風も吹いてるみたいだし、このまま宝石を見ましょうか」

「あのぉ!」


唐突に声を上げたペルノに僕とミラ・ウォーレンの視線が突き刺さる。

こいつ、このタイミングで何を言うつもりだ。と内心焦る気持ちを抑えにこやかにどうした?と目で語りかけたがペルノは僕に一瞥もくれず真っ直ぐ彼女の方へきらきらと輝く光をその二つの瞳から向けている。

待て待て待て、これはヤバい。なにかやらかす時のペルノだ。


「トイレかな、ペルノ? 馬鹿だなぁ、我慢するなよ。すみません、お手洗いはどこで……」

「わたし、傭兵団の一員なんです。麻薬に関する調査であなたにたどり着いてここまで来ました」


終わった。

全部水の泡だ。このまま彼女を餌に芋ずる式に関係者を引っ張ってその中からヘレナさんの余罪を見つけようと思っていたのに。

頭を抱えそうになるもこうなったら開き直ってぶつかるしかない、と思い直し僕も真正面から彼女に向き合う。


「……騙すような形になってすみません。僕も傭兵団に所属しています。たまたまお会いできましたがあなたを探していました。担当直入に聞きます。ミラ・ウォーレンさん、ヘレナ・アイーダさんについて知っていることを教えてもらえませんか?」

「ヘレナさんと同郷だってことももうわかってます! 麻薬はきっとやってしまってると思ってますけど、それでもわたしにはミラさんが悪い人には思えません! だから、正直に一傭兵のペルノとしてあなたとお話がしたいです」


ミラさんは呆気にとられたように目を見開きペルノと僕との間で視線を泳がせていたが、状況が呑み込めたのかうつむき拳を固く握りしめている。

ペルノがまた口を開きかけたが僕はそれを手で制する。

彼女は本来気さくで頭の良い女性だ。冷静になって考えた時に今の身の振り方を誤るとは思えない。

ここで怒りを露わにし僕らを追い返すことが何を意味するのか、きっと理解するはず。

ペルノが僕を訝しげに見るが無言で首を振り、喋るなのサインを出す。

ここは黙って彼女の発言を待つべきだ。

そう思い様子を伺いつつ、じっと待つ。

ひたすらに重たい沈黙が続いた。開け放たれた窓からはほんのりと暑くも乾いた風が優しく吹き込んでいる。

夕方に差し掛かり、西日がミラ・ウォーレンの横顔を朱く染めていた。

彼女が俯いたまま口を開く。


「……なにが聞きたいの?」

「……あなたと、ヘレナさんの関係、そしてヘレナさんが流通元と思われる麻薬についてです」


麻薬、という言葉にびくり、と彼女の肩が揺れた。

ゆっくりと顔を上げた時、彼女の表情はいやに穏やかだった。柔らかな赤橙色に染まっていたからかもしれないが、そう見えた。

諦めか、むしろ誰かに聞いてほしかったのか、心境はわからないがその表情からは元々の顔立ちの良さもあいまって目の前に並べられた宝石に見劣りしない芯の強さを感じた。


「なにを知っているの?」

「あなたもヘレナさんもルビコンの出身だということ。ヘレナさんが族長の一族で彼女と共に、あなたは苦労の末ファーレンへたどり着いたこと。そしてヘレナさんが麻薬を売り、あなたはそれを使用していること」

「…………」

「今、ヘレナさんは逮捕されて傭兵団の詰め所にいます」

「!……いつから?」

「今朝です」

「ヘレナは無事なのね?」

「え? えぇ、無事ではありますが……」


逮捕されたと聞いて彼女の顔は大きく歪んだが、無事か、という問いの答えにより安堵したのか浅く腰かけていたソファに背中を預け両手で顔を覆う。

彼女の身を案じる、ということはやはりトラブルに巻き込まれていたのか、と聞こうとしたが彼女の言葉がそれを遮った。


「一つ、約束して」

「あ……っはい。内容によりますが」

「ヘレナのことを守ってほしいの」

「守る、とは?」


ペルノの脇を小突き彼女の事情聴取をしているアン先輩へ«連絡コンタルテ»を繋げ、と言外に指示を出す。


「守るとは具体的に何からでしょうか?」

「…………大陸から来ている、貴族。ヘレナの夫から」

「ヘレナさんの夫? それはどういう……」

「ヘレナのことはどれくらい知っているの?」


僕たちは彼女についてはあまりよくわかっていないことを正直に告げ、さらに現在彼女が置かれている状況と今後の予想を伝える。

勾留期間、余罪の件を聞くとミラさんはまた口を開く。


「この国では逮捕されるとどういう扱いになるの?」

「ええと、まずは裁判にかけられます。本当に罪を犯したのかどうかや、その当時の状況、心理状態などを話し合う場ですね。それで、実際に行われた罪状の程度を考慮して服役の期間やその後の措置が決まります。死刑制度はこの国では廃止されているので、一生牢から出られない服役期間を言い渡される罪人もいます」

「…………牢って清潔?」

「え? あ、はい、何度か証言を取りに接見に行ったこともありますけどファーレンは人権に対しての配慮が進んだ国なので最低限の暮らしは出来ますよ。娯楽とかはあまりないですけどね。魔法が使えないように陣が組み込まれた敷地の中ならある程度の自由な時間もあったりします」

「誰かの口添えで急に出所させられたりしない?」

「? どういうことでしょうか?」


彼女の聞きたいことがいまいちわからない。自身とヘレナさんが逮捕されたのちのことを心配しているのだろうがそこを気にするような人には思えなかった。

意図がくみ取れず眉根を寄せた僕の顔を見て、小さなため息をつくと彼女が再び言葉を落とし始めた。


「わたしたちの部族では裁判なんかないわ。族長がみんなの意見を聞いて全てのことを決めるの。人の生き死にまでもね。一度許された者も族長の癇に障れば何もしてなくても追放されたり。逆に一度追放されてもまた必要になれば攫ってでも連れ戻したり。おかしいでしょ?」


彼女の話す内容はまだ法の制度が整備されていないルビコンの話だろう。

やはりまだそういった人たちがいるのだ、とファーレンの外で長い暮らしをしたことのない僕は驚いた。

小さなコミューンであろうとそれなりの人権を伴ったルールがあり、それに則った生活をしていると思っていたし、それには不条理がつきものなのだろうとも理解してはいたもののまさか一人がそれだけの権限を持っているとは。


「でもね、うちの部族なんていい方よ。族長に振り回されることは嫌になるほどあったけど、それもこれも部族を長く存続させる為っていうことがわかるからまだ理解できた。最悪なのは貴族って連中よ」


そう話す彼女の目に憎悪の念で真っ黒に燃え上がる炎が灯った。

憤怒の裏に、悲痛な叫びが重なっているような絡まった感情を持つ危うさを前に僕は息を呑むしかなかった。

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