魔ッポに百貨店は無縁です!
その書類には彼女自身が半生を綴ったかのようにすべての情報が詰め込まれていた。
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ミラ・ウォーレン。二十七歳。出身地ルビコン。八人目で末の娘として生を受け、編み物や裁縫などの仕事を幼いうちからこなす。
十五歳のころ幼少から身体の弱かったことを理由に、口減らしの為ルビコンを追放される。
物乞いをしながら各地を転々とし、大陸最西端のヒシャール共和国へたどり着いたところでヘレナ・アイーダと出会い、彼女と協力しファーレンへ入国。
ヘレナ・アイーダとは同郷出身でもあり知己の仲で、お互いの悲惨な境遇を慰めあってきたとのこと。
ヘレナ・アイーダが族長の娘という事実からミラ・ウォーレンの方が付き従う形で接しているとの証言あり。
一年ほど前、彼女と共に風俗街にてフリーの娼婦として客を取っていたところ現在の店の主人に拾われ働き始める。もともと痩せていたところを店のコンセプトに合わせる形で無理な増量を図った結果、拒食症と過食症を繰り返すようになる。
最近になり精神を安定させる方法を見つけたと周囲に語り過度な食事、断食などはしなくなったものの痩せ始めていることを自覚している。
また、当初は暗くふさぎ込みがちだった性格がここ三か月ほどで大変明るくなり前向きな発言が増えたことも同僚が証言している。
同時期より羽振りが良くなり出勤の頻度も減るが、現在も週に二度は出勤。
金の出どころは太いパトロンを捕まえた模様。
前述の経験から性に対する感情は既になく、受け身でどのような要求にも応える。
作業としての性行為に関しては行き届いた教育を受けており客からの評判は「暗いけどテクニシャン」。現在の様子とは評価が異なる。
プライベートでも親しい友人はおらず、ヘレナのみが頼る相手とみられる。
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「えーと、マトリの人ってジルと同じ記憶術師ですか?」
「いや、そんな話は聞いたことないし記憶術師を選ぶような変わり者滅多にいないけど……」
ペルノの言うことも頷けるほど詳細まで調べつくされており、特に密入国するまでの過去についてなどどのように調べたのか想像もつかない。
あるいは本当に僕と同じ記憶術師なのだろうか。
わかったことは限りなくヘレナさんに近い人物であり、おそらくこのミラという女性が何かしらの情報を握っていること。
そしてヘレナさんが所持していた麻薬の常習者であろうということだ。後半の精神を安定させる方法、というのがおそらく例の麻薬であろう。
「まだ娼館のオープン前だ。彼女の自宅へ話を聞きに行こう」
僕は広げた書類を片付け、ペルノを急かす。
ペルノはなにやら別の書類の山を漁っており、こちらを振り向くことなく背中で返事を返す。
「ちょっと待ってください。もしかしたらこんなにねちっこく調べる人だからヘレナさんのことも調査してるかも」
言われてみればその通りなのだが、その可能性は低いだろう。
これほどまでに調べ上げる能力のある人間なのだからもちろん彼女にも接触を図っただろうが、もし上手くいっていたのなら今回の指示は「ヘレナの調査結果を取りに行け」だったはずだ。
おそらくベントさんの手練手管をもってしてもヘレナさんからは有力な情報はつかめなかったのだろう。
マトリがマークしていたくらいなのだから彼女は立派な容疑者だっただろうが本丸が落とせず周りから崩しに動いていたのでは、という僕の考えはペルノには伝わらず未だ書類の山と格闘している。
こうみえてペルノは頑固なのだ。
「あった!」
嬉しそうに振り上げた彼女の手にはミラ・ウォーレンのそれとは比にならない薄さの紙の束が握られており、僕の推測は正しかったであろうことが見てとれた。
「どれ、さっそく……。えぇ、これだけぇ?」
ほれ見たことか、と思いつつもその書類を覗き込む。
そこにはほんの数行の調査結果、というよりはベントさんの所感が書かれていた。
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話を聞くたびに内容が変わる。真実は一つも話していないと思われる。
会うごとに印象が変わる。麻薬を薦めてくる素振りはないが観察されている気配がある。
おそらく、コイツがブローカー。要注意人物。
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「…………。ほら、行くぞ」
「あっ、はい! ちょっと待って、ちゃんと戻さないとぉ」
あたふたと書類をもとあったように直すペルノを置いて一足先にコンテナを出た僕は書類に書かれていたミラ・ウォーレンの住所を記憶から引き出し確認すると、絡まった思考を動くことでほぐそうとゆっくり歩き出した。
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「で、ここですよねぇ……?」
「だな」
今日何度目かの「ここですよねぇ?」をペルノが発するのも無理はない。
ミラ・ウォーレンの自宅は見上げるほど背の高い高級商店だった。
入り口にはドアマンが客へ恭しく頭を垂れ、出入りの妨げにならないようその都度ドアを開閉している。
その五階建ての佇まいは、各階で外からも商品が見えるよう高級素材であるガラスを贅沢にも一面に使い、いかにもここで買い物をすることは成功者のステータスですよ、と囁くようだ。
パトロンがこの商店のオーナーだとするとどえらい大物を引っかけたといったところか。
「ねぇ、ここって人、住んでるんですか?」
「知らないよ。ここが住所ってんだからここにいるんだろう。うん」
こんな高級そうな上級国民御用達!の雰囲気の場所へ入る機会は少ないので緊張が高まってくる。
僕の格好で中に入ってもいいのだろうか、と若干の躊躇を感じているとペルノが入り口へ向かい歩き出した。
「ストーップ!」
思わず声を上げてしまったがそれもしょうがない。
ヤツは今、気色の悪いキャラクターTシャツにくたびれたジーンズ、踵が片方だけすり減りところどころ油シミのような汚れのあるスニーカー姿なのだ。控えめに言ってクソダサい。
僕よりお前が自重しろ、と言いたくなるのもここのお客さんたちには理解してもらえるだろう。
僕の制止は不発に終わり、案の定ペルノはドアマンに話しかけられ丁重に入店を断られたのか頬を膨らませこちらへ戻ってくる。
「なんて失礼な! ギョロットちゃんはお店の雰囲気を損ねるですって! 中で買い物してる気取ったオバサンだって家帰ったらこれくらいの服着てるに決まってますぅ!」
「いや、その独特のセンスはお前だけのものだよ。大事にしとけ」
ていうかその気持ち悪いキャラクターはギョロットっていうのね……。
その破裂寸前の二つの風船みたいなものが目玉ってことなのね。
これを買う人間もどうかしてるが作る人間もどうかしてると言わざるを得ない。
「しかし中に入れないのは参ったな」
「裏口とかないですかね。わたしの母校にはありましたよ、裏口」
「それはどっちの意味で言ってんの?」
「どっちもぉ」
このままここに指をくわえて立っていても何も進まないので様子を伺うべく建物の周囲をぐるりと回ってみることにした。
ガラスの向こうには発情期のクジャクを連想させる極彩色の羽飾りのついた妙齢の女性たちが店員をしもべのように引き連れ買い物に勤しんでいる様子が見える。
「わぁ。これすっごい!」
ペルノの視線の先には、展示品よろしくこれもまたガラスのケースに収まった大粒の宝石が自身の存在を周囲に知らしめるべく光の粒をあちらこちらへ振りまいていた。
あまりの美しさに普段は宝石になど興味もない僕までもがじっ、と眺めてしまう。
見てみればなるほど、ただ透き通って大きいだけではなく氷のように滑らかで、自ら光を放っていると感じたのは誤りだった。
滑らかなその切断面に吸い込まれた柔らかな光が中心へと細く硬い一筋の線となって真っ直ぐに向かい、そしてその中で幾度も反射を繰り返した後にその全身からそれ自身の輝きを乗せて幾倍もきらびやかな粒となって吐き出されているのだった。
これは、人を狂わす美しさだと背筋に寒気が走った。
「綺麗……」
「これは、確かにな……」
言葉を失い魅入られたように立ち尽くす。
心を奪われるとはこういうものなのか、と実感した。
どす黒い感情もこの宝石を通せば美しい正しいものに変わるような、そんな気がしたから目が離せなかったのかもしれない。
「その宝石、綺麗よね」
不意に背後から声をかけられ我に返った僕らは同時に振り向く。
そこには艶めく黒く長い髪を一つに束ねた美人が人懐こい笑顔をたたえて立っていた。
一目で仕立ての良さがわかる絹のシャツに丁寧に編み込まれた麻のスカート、足元はフォルムの美しさが履く人間を選ぶであろうヒールの高いパンプスを従えており、シンプルに見えるがその一つ一つから品の良さを感じさせる。
この人がミラ・ウォーレンだ。
あの日、娼館の中でこの顔を間違いなく見ている。
オレンジに染まりつつある街は昼の喧噪とはまた別の賑わいを見せつつあった。
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