魔ッポに演技力は必須です!

文字通り天地がひっくり返ったかのような、内臓が浮くような、そんな感覚と共に意識が戻った。

後頭部の鈍痛もいつもの通りで、あぁ、また«記憶メモリア»を使ったのだ、と理解する。

なんだかとても驚くようなものを見た気がするのだが、思い出そうにも頭の中をかき回されるような不快な感覚が湧き上がるのみですぐに諦める。


「おかえり、ジル。って言ってもほんの数秒だけど」

「アン先輩。えっと、どんな具合ですか?」

「ん? うーん、ちょっと白眼になってたよ。あの顔はやめといたほうがいいかも」

「いや、僕が魔法使ってる時の具合は聞いてないですよ。作戦、上手くいきました?」


そう言ってはみたものの、作戦を立てた時の様子は覚えているがその内容については全く思い出せない。

記憶の中でデルーマン先輩が話している内容に作戦のことが触れられるたびにもやがかかったような感覚になり何を言っているのかわからなくなってしまう。

今回ルイジの記憶を操作した内容に触れたからだろう。彼の記憶に関与する部分は僕の魔法がオートでブロックしてしまう。


「いやぁ、危なかったな。俺らがこうやって助けに来なかったら今頃おまえ魔ッポにパクられてるとこだったぜ?」

「あぁ。感謝してるよ。で、このハッパどうしようか。どこかに隠すか?」


僕とアンネ先輩から少し離れたところでデルーマン先輩とルイジが親しげに話している。

その様子はさながら悪友との気安い関係を思わせる。

また悪さしてやったぜ、へへ。やるな、おまえ!みたいな。


「アンネ先輩、あれは?」

「あぁ、あんた作戦覚えてないんだっけ」


アンネ先輩はそういえば、という顔をする。

どうやら僕の魔法の特性を思い出したようだ。


「私たちを薬物使用の仲間で、しかもちょー仲良い友達って記憶を書き換えろって作戦」

「あぁ、なるほど」


それであの雰囲気なのか。

僕にも事情が呑み込めてきた。

おそらく僕は彼の記憶に僕たちは魔ッポではなく一緒に悪さをしたりどんちゃん騒ぎをする仲間であると書き換えたのだ。

故に彼は今僕らが友人だと思い込んでいて、危機を脱するには協力しようという設定で話している。

瞬間的な潜入捜査のようなものといえばいいのだろうか。

そのシチュエーションに即座に対応しながらデルーマン先輩が話を合わせて諸々聞き出そうと、そういうことらしい。

なんと役者能力が必要な作戦だろう。穴だらけな作戦にまんまと乗せられたとしか思えない。


「隠すって言ってもよ、魔ッポにマークされてんぞ。隠すところも見られてるかもしれねぇ」

「た、たしかに……」


魔ッポにマークされてるもなにもあんたの目の前にいるのが魔ッポだよ、と教えてやりたいが現在進行中の作戦に水を差すような真似は出来ない。


「なにしろ魔ッポの連中はやり口が汚いからな。おまえが怪しい動きを見せると何するかわからねぇ」

「そうだな。今まで捕まったことはないが、なんだか魔ッポの連中はとんでもないヤツしかいないようなそんな気がするぜ」


もはや突っ込みどころしかない。

やり口汚いの代表が先輩だし、そっちのアンタはほんの数分前まで非合法な尋問のされ方してたからな。罵詈雑言のオンパレードで。

上書きされているとはいえ、潜在意識に魔ッポへの理不尽な怒りが拭いきれず泥のように沈殿しているのだろう。無理もないことである。


「ところで、そのハッパちょっと分けてくれよ。また吸いてぇんだ」


おいおいおい何言ってんのアンタ。リアリティを持たせるためだとはいえそれはやりすぎでしょ!と焦るものの顔には出せないので視線でアンネ先輩に訴える。


「大丈夫、マジで使ったりしないでしょ。いくらアイツが馬鹿でも。いくらアイツが馬鹿でも、ね。……大丈夫だよね?」


小声で答えるアンネ先輩にも不安の色が微妙に見え隠れしている。

その間にも渋るルイジに「なぁ、いいだろぉ」とアホ面で(装っているだけだと思いたい)縋りついている。


「しつけぇなぁ。おまえいっつもほしいものある時しつこいんだよなぁ。スッポンデルーマンのあだ名は伊達じゃねぇな!」

「す、スッポン……。そ、そんなあだ名だったっけ……はは」


苦笑いを浮かべつつデルーマン先輩がこちらを睨んでくる。

どういう記憶を植え付けたんだ、とでも言いたいのだろうが生憎僕にだってその記憶はない。

いったいどういう経緯を辿れば書き換えた記憶の中で先輩にスッポンなんてあだ名がつくことになるのだろうか。自分で自分が恐ろしい。


「なぁ、ちょっとでもダメかよぉ」

「ダメだって、ヘレナに聞いてみないと」

「!」

「どうしたんだよ、そんな驚いて。そんな顔しても分けてやれないんだよ。知ってるだろ? 最近あいつんち小火出して魔ッポが顔出してるらしいから預かってるだけなんだよ」


今、確かにヘレナと名前が出た。置かれている状況も間違いない。あの、ヘレナさんだろう。

僕たちは顔を見合わせる。つまり、彼女が麻薬の出どころなのか。


「そ、そうだったな。ヘレナもけちだよなぁ。ちょっとくらい分けてくれたって良いのによ」

「そう言うなよ。アイツだって困ってんだよ。客に捌いてても大した金にならねぇし、ヤクザもんに目つけられてからちまちま俺らみたいなの相手にしなくちゃいけないんだから」

「ヤクザもん?」

「あれ、おまえ聞いてないのか。悪い、聞かなかったことにしてくれ。ヘレナが話してないなら俺の口からは言えねぇ」


そこで義理堅さを発揮するならユーリにも男として守るべき矜持を持っていてほしかった。

今彼が胸を張って貫く義理というものは、薬物を売ってくれる売人兼あっちの具合の良い女を失わないための方便に過ぎず、こんなものはただの自分に対する言い訳としか思えない。

きっと心のどこかで婚約者を裏切り風俗にはまり、果てには薬物に手を出した自分を恥じる気持ちがあるのだろう。

何もかも自分以外の誰かのせいだと言って「だから俺はこんな人間になっちまったけど、秘密を守る口の堅さくらいはあるんだぜ」とでも誇りたいのだ。

このような人間がいかに多いのか、僕たちのような職業が成り立っていることからも推して計るべしとでも言うべきか。

人とは根本愚かで傲慢なのだ。だからこそ面白くもあるのだが。


「まぁ、いいや。じゃあヘレナに会って聞いてみるよ。おまえはここで隠れているか、それかどこかに隠れ家でも用意してやろうか?」

「どうすっかな。ここだとユーリの目もあるからなぁ。さっき怒って出て行ったけど荷物もそのままだしいつ帰ってくるかわからないからマズいかもなぁ」


どうやら僕はユーリとの先ほどのイザコザも喧嘩して出て行ったことに書き換えていたようだ。

やるじゃん、僕。と思った矢先、頭の中にアンネ先輩の声が響く。


―――ペルノに今すぐそこを離れていったん詰所に行くよう言っといた。そのあとはしばらく家に帰らないようにも伝えておくから、ここに残って隠れるよう誘導して―――


アンネ先輩はこの魔法が得意なので声に出さないまま«連絡コンタルテ»で僕とデルーマン先輩へ指示を出す。

僕は小声でも声に出さなければ«連絡コンタルテ»を使えないので黙って二度うなずく。

便利なものだ、もっと練習しなくちゃなぁ、などと内心感心しつつ魔法の鍛錬を怠りがちな最近の弛んだ生活を反省する。


「じゃあ、ユーリちゃんにはアンがそばについてここに来るようなら家を出るようおまえに«連絡コンタルテ»で伝えるってのはどうよ。下手にどこかに隠れるよりはここでそのハッパ持っておいた方がいいんじゃないか」

「それがいいかな。でもユーリの居場所わかるのかよ」

「今日はこのままこの家の近くで帰ってこないか張ってるよ。明日には仕事でいつもの美容室だろ?」

「なるほどな。やっぱりヘズは頭の回転早いな! 頼りになるぜ」

「お、おう。だろ?」


唐突に愛称で呼ばれ一瞬顔が引きつるデルーマン先輩だが、なんとか持ち直して話をまとめる。

僕はどれほど仲の良い友達として記憶を改ざんしたのだろうか。

この様子だと親友くらいに思われていそうだ。


また連絡する、と伝え僕らは家を出る。

あらためてこじんまりとした玄関からこの部屋を眺めると、そこかしこに生活の様子が感じられて、この部屋で幸せに暮らしていたころの二人を思い浮かべてしまう。

いっぱしの美容師になり結婚をして、いつかは二人で店を持とう、なんて話していたのかもしれない。

子供は何人で男の子が一人は欲しいだなんて話もしたのかもしれない。

そんな一般的な夢を持った若い二人も自身の心の弱さや薬物の魔力をもってすれば一瞬にしてなにもかも崩れ去ってしまう。

僕のような駆け出しには何ができているのかまだわからないが、少なくとも手の届くこの街の善良な人たちの暮らしを守りたいと強く思う。

この気持ちこそ、治安を司る僕たち傭兵がいくら街の人たちに嫌われようとも頑張っていける原動力なのだろう。

食い扶持のための仕事だと思い入団したが、心の持ちようだけはまた一歩”魔ッポ”に近づいた気がした。

しみじみとそんなことを考えていた僕の肩をデルーマン先輩が叩き言う。


「さて。本丸、落としに行きますか」


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