記憶魔法は乱用注意です!


「嫌ですよ、また団長に怒られる!」

「俺がなんとでもするからやっちまえよぉ」

「あたしがヤれって言ってんだ! さっさとヤっちまいな!」


«記憶メモリア»を使え使えと迫ってくる先輩たちからなんとか逃れようと言い訳を考える。

しかし、使いたくないと思わなくもないがアンネ先輩の脅しの通り詰所に連れて行ったところで無茶な尋問は出来なくなってしまうのも確かだ。

無茶な尋問をすることが前提なこの二人もおかしなものだが、僕もそれに慣れてきてしまっていることに危険を感じる。

どのみち、簡単に使うな、と言われている僕の記憶魔法をつい昨日に不祥事のもみ消しに使ってしまったのでおそらく近々雷が落ちることになるだろう。


「せめてこれが麻薬かどうか確認してからにしません?」

「あ? そんなの簡単よ」

「え?」


アンネ先輩は目の前にあったグラスをひょいと手に取ると魔力を込める。

目を瞑り集中している様子を見るとなかなか難度の高い魔法を使うようだ。


「«試験薬ドロガテッシ»」


短い詠唱から一拍をおいて、ガラス製のグラスの中に透明の液体が沸いてくる。

グラスの八分目程で液体は湧き出なくなり、みるみるうちに透明だった色が鮮やかな半透明の緑に変わった。

さらに鉢植えの植物から赤い葉を一枚ちぎり取るとその液体に浮かべる。


「«抽出イグストレイル»」


これは僕も知っている魔法だ。対象の成分を抽出し、分析したり引き出したりとなかなか汎用性の高い魔法で学校の授業でも習う。高学年の勉強範囲に含まれていて中~高等魔法に分類されている。


「今植物の成分を私の魔力を込めた薬に抽出してるわ。この液体が赤くなれば毒物、青くなれば強い鎮痛成分、黄色くなれば」


話している最中にも液体の色は変化していき、これもまた鮮やかな黄色に変化した。

透き通った黄色の液体はともすればフルーツを連想させる美味しそうな色だが、こうまでも鮮やかだといかにもケミカルな雰囲気がぬぐい切れず、なんともいえない薬品感が漂う。

アンネ先輩が一旦区切った言葉を一呼吸おいて続ける。


「黄色くなれば強い向精神作用。しかも半透明は依存性が高いもの。麻薬でビンゴね」


これで彼も言い逃れは出来まい。

このまま素直に喋ってくれたら楽なのだが、この期に及んでもこちらに一瞥もくれず口をへの字にひん曲げ明後日の方向を睨みつけている。

話す気はない、というポーズなのだろうがいったい何を思いどこを見つめているのか。腕組みをした手の指先が小刻みに震えていることから窺い知れるものもあるが何を隠しているのか。


「まだ話す気はない?」

「……………」


こうなっては仕方ない。

先輩たちにも麻薬かどうかわかったら、なんて言い出したのは僕からだ。

今さらやっぱりやめましょうとは言えない。


「で、作戦はあるんですか?」


僕の魔法では誰かの記憶をこじ開けてもその内容を覚えて戻ってこれないので、何かしら記憶を書き換えて行動を起こさせる必要がある。

記憶術師としてポンコツの極みなので、そういった理由からもペアが必要なのだ。もし、ソロで活動して魔法を使えば、何が起きたかわからない僕と何が起きたかわからない対象者で混乱は必至だ。


「ばっちりだぜ。こんなのどうよ」


デルーマン先輩はルイジに聞こえないよう僕とアンネ先輩に耳打ちをする。


「ははぁ、よく考えますね」

「ほんと。悪知恵が働くのは昔からね」


ニタリと意地悪く笑う先輩二人はとても街の平和を守っている傭兵とは思えなかった。

きっと二人はマフィアに就職しても出世しただろう。


「ルイジさん、僕の目を見てください」

「……………」

「こっちに顔向けんかいゴラァ! このボケェ! おまえ肌カッサカサだな!」


アンネ先輩が背伸びをして彼の顔を掴み強引に僕の方に向ける。

うぐぐ、と唸りながら決して目を開けないように固く瞑り反抗の意を示している。


「コラ! 目ぇ開けなさいよ! 往生際の悪い!」

「……なぁ。あんた、光魔法が得意なんだっけ?」


目をこじ開けようと悪戦苦闘するアンネ先輩をぼんやりと眺めていたデルーマン先輩が組んでいた腕を下ろしながら尋ねた。

その顔にはまた一段と意地の悪い笑みを浮かべていたので、あぁ、何か思いついたんだな、と察する。


「じゃあ、知ってるよな。この魔法」

「あぁ?」


瞼をぐいぐいと開こうとするアンネ先輩ともみくちゃになりつつも頑なに目を瞑る彼が怪訝そうな声をあげる。


「«透明トランスパレンチ»」

「おぉ、その手があったか」


思わず僕は感心してしまったが、先輩の使った魔法はその名の通り対象を透明にする魔法だ。

光魔法の初歩中の初歩で、これも学校で習うレベルのものだが、効果時間と対象の範囲がとても狭く光魔法に対する適性がなければせいぜいカエル一匹を十秒間透明にすることくらいが限界だ。

先輩はその魔法をルイジの瞼にかけたのだ。


「う?あっ……クソ!」


彼にも状況が理解できたようで、目を閉じているはずなのに視界が開けるという世にも奇妙な経験をしている最中だろう。

ちなみに見ている方もちょっと気持ち悪い。


「ばっちり、目が合っちゃいましたね」

「お、おい、何するんだよ」


彼も目を背けたいのだろうが至近距離まで近づいた僕の双眸がそれを許さない。

視線の先に回り込み彼の目をしっかりと捉え、見つめ合う。数秒もあれば魔法をかけるには十分だ。


「«記憶メモリア»」


詠唱と共にいつもと同じく、自分がつむじからぎゅい、と細長く伸びていく感覚と共に視界が暗転していった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


気が付けばまた真っ暗な記憶の回廊に僕は立っていた。

薬物を使用しているからか、僕の周囲を流れる彼の記憶にはところどころ白っぽく灼けたような場所が目立つ。

精神に働きかける麻薬を常習していると、記憶に支障をきたしているケースもある。それがこういった形で僕ら記憶術師には見えるのだ。

ただ、重度の中毒者はこんなものではないのでルイジは本人が言った通り出来心で手を出した程度でまだ日常的に使用していたわけではないのだろう。

本当に記憶に欠落や異常をきたしている場合は、壊れた記憶の欠片が瓦礫のように悲惨な様子で散らばっている。以前覗いた薬物中毒者の記憶の回廊は、まるで戦争で破壊された町のようだな、と記憶を覗くこちらまで痛ましい思いになる光景だった。


普通の記憶術師として活動していた際に度々薬物依存の治療施設の依頼を請け負っていたので、その頃は切ない思いをしていた。

前向きになろうとしても、自分が大切なものの記憶はもう破壊されて復元できなかったりもした。

薬物は本当に恐ろしい。


「さて」


幸いほとんどの記憶にプロテクトもかかっておらず、灼けたように見える部分も完全に壊れてはいないのでいくらでも操作は可能だった。

ここで見た記憶は現実の僕には持ち帰れないのでさっさと作戦通りの記憶の書き換えを行う。

直近の記憶のフィルムから遡るように順々に触れて、魔力を込めていく。

映し出された記憶の様子が徐々に変わっていくのを確認して魔法を解除しようと意識を集中させる。


「«記憶メモリア»」


長居は無用だ、と手短に詠唱をして意識を手放しかけた僕の前を一枚のフィルムが流れていく。

そこには見覚えのある女性と親しげに話す彼が映し出されていた。

ボリュームは小さいながらも会話が漏れ聞こえてくる。

その内容に衝撃を受けた。


「マジかよ……あの人」


つぶやきが最後まで発声されることなく、«記憶メモリア»が僕の意識を無理やり彼の記憶から引きずりだしていった。

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