おんなのこの先輩はマジで怖いです………


「こんな風になって、もうやっていけないと思うんです」

「うん、うん」

「もしここでやり直そうって決めてもまた彼が変わっちゃうかもしれない」

「うん、うん」

「不安な思いで毎日を過ごすのは、嫌なんです!」

「うん、うん」


僕は、口の重石が外れたかのように別れの決意を語る彼女の横で相槌を打ち続けている。


「どう思います?」

「うん、うん」

「ですよね! やっぱりわたし、婚約解消します!」

「うん、うん」


どう思うったって婚約者どころかしばらく彼女すらいない僕に聞くんじゃないよ、と思うのだがなんとなく言い出すタイミングを逸してしまったのだ。今更そんなことを告白する勇気はない。

とりあえず聞くだけ聞いたら満足するだろう、という読みは正しかったようで応援の女性傭兵が到着するころにはすっかり気の晴れた表情で一からやり直します!と息を巻いていた。


「うっす! 昨日ぶりです!」

「応援っておまえか。係長は?」

「昨日から首都に呼ばれてますよ。昔馴染の密漁取締り局の応援だってぇ」


現場に来たのは同期のペルノだった。ご機嫌な様子で現れたところを見るに、クライフ係長のお守りをしないでいられることに解放感を感じているようだ。

その変わり者の相棒は首都で動物とお楽しみ中らしい。


「あれ、じゃあ今日誰と組んでるの?」

「アンネちゃん。今日一日だけね」


なんとも都合の良いことにアンネ先輩がペアでここに来ているという。

ペアと言っても休みが毎度一緒なわけではなく、別々の業務に就くこともあるので臨時の相棒と捜査をすることも間々ある。

これで先日のヘレナさんからの聴取内容も加味して婚約者くんの話が聞けそうだ。


「わるい、ペルノ。ここ任せていい?」

「いいですけど、聞き取りはもう大丈夫なの」

「それは大丈夫。この子見ててくれると助かる」

「はーい。一応もう一回話聞いておきますね」


そう言ってペルノもユーリと会話を始める。

今のユーリには恋愛弱者の僕より女性同士の会話の方が弾むだろう。その女性がたとえ色気もクソもないこけしだったとしても。

思わぬ情報が落ちてくるかもしれない。

そう期待しつつデルーマン先輩と合流するため部屋に向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「だから、なんも知らねぇって!」

「うるせー! テメーが娼館に通い詰めてたことはもう割れてんだよ!」

「だからなんだよ! 俺が稼いだ金で女抱いて何が悪いんだよ!」

「テメーふざけたこと抜かしてっとそのクソの役にも立たないひのきの棒ぶった切ってそこらの犬にでも食わせるぞコラ! ヘレナって女知ってんだろコラァ!」


ユーリたちの部屋は彼女の趣味なのだろうか、ウサギなどの小動物をモチーフにしたぬいぐるみや置物、植物の鉢植えなどが多く可愛らしい印象だった。

その中で罵声を飛ばしながら詰めよるチンピラがこじんまりとした部屋の中で異様な存在感を放っている。


「お、落ち着けよアン……」

「アァ!? おまえこんなんの肩持つ気かよ? おまえも所詮男だな。クソが!」

「そ、そんなこと言ってないじゃんかよ……」


残念というかなんというか、チンピラとはデルーマン先輩ではなくアンネ先輩のことなのだが。

デルーマン先輩は怒っているときのアンネ先輩に滅法弱く頭が上がらない。

幼いころからの関係性なのだろうが、こんな女子が身近にいたら僕なら女性恐怖症になる自信がある。見た目だけ女の子なら良いってことはないのだ。


「ユーリさんの方の聞き取りは粗方終わったのでペルノに引き継いできました」

「良いところに! おまえからもアンに言ってやってくれよ」

「おい、ジルおまえはどっちの味方?」

「どっちも何もおまえらみんな魔ッポだろうが……」


むしろ婚約者のルイジの方が呆れる始末で、収集のつかない状況の模様だ。


「もちろん僕はアン先輩の味方ですよ。いつだってね」

「ジルおまえずるいぞ」

「だよな、おまえは話のわかるクズだもんな。こいつらクズオブザクズとは違うよな」


味方したのにクズ呼ばわりとはこれ如何に。

女の敵!と発狂しながら容赦なく尋問を繰り返すアンネ先輩はひとまず置いておいてデルーマン先輩に聞き出せた内容を確認する。


「なにかわかりました?」

「いや、ほとんどまともに答えようとしない。隠してることはありそうだけどな」

「おい、ジル! «記憶メモリア»いっとけ!」

「アン先輩落ち着いて。こないだ使ったことで団長からも呼び出しくらってるんで今はやめときましょう」


僕の魔法は確かに便利なのだがイリーガルな捜査方法なので使いすぎることには慎重にならないといけない。

使用した場合は団長への報告義務もあるうえに、無理やり記憶を覗かれた対象に後々記憶障害などの弊害がないとも言い切れないからだ。

僕がこの魔法を使い始めておよそ二年になるが、逆に言えばこの魔法を使われた者も二年間しかその後の様子を確認できていないことになる。

僕自身にも何かしらのペナルティが身体に表れないとも言い切れない。

ついつい頼ってしまいたくなるものほどその反動は大きかったりするものだ。


「そうだな、まだやめておこう。もう少しこいつに怪しい部分が出てきてそれでも口を割らないようなら使っていいか許可とろうか」


人間とは不思議なもので自分以上に怒りを露わにする者がいると自然と周りが冷静になるようだ。

こんな冷静なセリフがデルーマン先輩の口から出るなんて、少し気持ち悪い。


「いいか、俺はなんも知らねぇ。そもそもオマエらなんの権限があってこんなことしてんだよ。魔ッポってやつは何やってもいいとでも思ってんのかよ」


弩級の正論がルイジから飛び出てしまいぐぅの音も出ない。

穏やかに話を聞くだけならともかく魔ッポ三人に囲まれて罵声を浴びせられながら脅迫に近い尋問をしているというこの構図はあまりいただけない。


「アァー!? うるっせぇテメエがこっちはもう割れてんだっっつってんのに無駄に情報隠してクソみてぇな屁理屈こねてるだけだろうがアァン!? いいよ、じゃあテメェはブタ箱いきだ。男の風上にも置けないクズはブタ箱がお似合いだろうよ。今みてぇにブヒブヒ駄々こねようと牢屋の鉄はなんにも答えちゃくれねぇぞ! テメェが知ってること洗いざらい吐く気になるまでいくらだって理由つけてブタ箱の中にぶち込んでおけるんだからな!」


アンネ先輩マジ怖え。

もう直視してられない……と思いどこかに腰掛けようと部屋の隅に移動した時、窓際に置かれた爽やかなグリーンの植物が揺らいだように見えた。


「ん?」


レースがあしらわれたカーテンの横に何気なく置かれた観葉植物は近くで見れば見るほどわずかに蜃気楼のごとくゆらゆらと揺らめいている。

僕はそのままその鉢植えの植物に手を伸ばす。

植物の近くに伸ばした僕の指先までもがぐにゃりと揺らいだ。


「あ、おいコラ! 勝手に触んな!」


ルイジが焦った様子でこちらへ手を伸ばすがもう遅かった。

僕が触った植物は確かに緑の葉をつけていた。

いや、緑の葉に見せられていたのだ。彼の光魔法によって。


「………これは、赤い葉?」

「べ、別に珍しい植物なだけで怪しいもんじゃねぇよ」

「おまえさんね、そんなこと俺たちに通用すると思う?」

「……………」


これは、おそらく麻薬だろう。

赤い葉の麻薬は聞いた覚えはないが、そうでなければ観葉植物に偽装する必要もない。

いずれにせよ分析すればわかることだが。


「話す気になったか?」

「……………」

「麻薬取締法。所持、使用も厳罰だが栽培はもっと重いぞ」

「……た、頼まれただけなんだよ! 持っててくれって! それが何かまでは知らねぇ!」

「誰に」

「い、言えねぇ。言うくらいなら俺を捕まえてくれ」


彼の言っていることが本当かどうかはさておき、黙秘の決意は固いようだ。

目を瞑り、拳を握りしめて立ち尽くす様からはある種の諦念を感じる。


「ジル。出番だな」

「おう。クソの詰まった脳みそをぶちまけてやれ」

「そんな物騒な魔法じゃねーよ」


先輩二人の視線が僕に集まっていた。



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