魔ッポは24時間営業です!
もはや夜も深いという時間はとうに過ぎ、朝が近づく気配がしていた。
繁華街の飲み屋もようやく眠ろうかという頃合いで、そこかしこのごみ置き場では黒光りするカラスたちが集会を開いている。
レンガや木でできた建物の隙間から遠くに見える空が白み始めており、街全体が光によって色を取り戻しつつあった。
もう間もなく暑い日の光が顔を覗かせるだろう。
繁華街の奥を進んだ路地の一角には風俗店が立ち並び、ここだけはまだじっとりと芯から湧き上がるような熱情を帯びた空気が流れていた。
僕たちはヘレナさんのいる娼館の裏口が見える場所で物陰に隠れるように立っている。
念のため正面にも応援で呼んだ団員が待ち構えている。
いきなり店に押しかけても迷惑になってしまううえにまだ曖昧な証言しか取れていないので逮捕状もない。
その為帰り道のヘレナさんを襲撃、もとい職質をかけあわよくば洗いざらい吐いてもらおうという計画だ。
客を装い確認したところ彼女はまだご指名のお客様とお戯れの最中らしい。
「今五課から信憑性ありそうな情報とれたよ。大陸から来たマフィアとかヤクザの周りでも噂になってる麻薬があるって」
「新しい麻薬ってことか。ていうかあのハッパの中毒性って確かなのかよ」
「なに? アタシの魔法は信用出来ないってわけ?」
張り込んでいる間も関係のありそうな課の人間に片っ端から情報を取りに«
もう朝方だというのに詰所の団員たちは協力的で大変助かる。
犯罪は不眠不休で動き続けるのでその分僕たちは激務に追われることになるが、有事の際の団結力はすさまじい。
「僕の方でもさっき薬物取締りの同期に聞いてみましたけど最近天然系の新しい麻薬が出回ってるって話はあるらしいです。それがずいぶんと依存性が高くて、しかもキマってる時間は短いらしいです」
「それ匂うな。彼女の出自から考えると大陸の方から流れてきてる可能性も見ておかないとな。しかしなんでもかんでも天然ってのは流行なのかね。俺は天然だろうと人工だろうと安いもんの方が良いけど。そもそもオーガニックって要はそのまんまってことだろ? なんであんな金かかるのさ」
「麻薬も天然のものの方が身体に悪影響はないとか言いますもんね。でも天然って言ってもオーガニックとかってむしろ手間も金もかかるんですよ。うちの実家、葡萄畑やってるんですけど、流行りのオーガニック栽培やろうとしてしんどい目に遭ってますよ。オーガニックに魅力感じないことには同感だけど、そもそもヤク中が健康に気を使うことに驚きますね」
「えー、そうかな? アタシはやっぱりオーガニックとかって惹かれるけどなー。なんかおしゃれじゃない? ま、とりあえず港の警備にも一報いれとくね」
雑談を挟みながらも着々と今後の対応で後手を踏まないよう準備を整えていく。
くだらない話をしながらも娼館の裏口からターゲットが出てこないか目を光らせているが一向に人が出てくる気配はない。
表の団員から«
そろそろか、と自然と口数は減り目を離さないよう集中する。
「……………来た」
ひときわ目の良いデルーマン先輩が裏口から肩口を覗かせただけの女性を見て動き始める。
あれだけの情報で個人の特定ができるのだからもはや特技と言って差支えがないだろう。
「こんばんは。いや、もうおはようございます……ん?お疲れ様です? どれが正しい挨拶だ?」
「ふふ。お疲れ様です、じゃないかな? みなさんもこんな時間までご苦労様です。ところで、どうされました?」
挨拶にいやにこだわるデルーマン先輩を軽くいなしうろたえる様子もなくヘレナさんは答える。
今日は酔った様子もなく、しっかりとした足取りでこちらにゆったりと歩いてくる。
「今日は例の強いお酒は飲んでいらっしゃらないようですね」
「えぇ。お客様もあまり飲んでばかりではお仕事にならないでしょう? 今日はゆっくりじっくり楽しみたいと仰ってくださったので」
彼女は情感たっぷりに言いながら、つつ、と自分の首から鎖骨に向けて人差し指を這わす。
赤い半そでのシャツを胸元まで開けゆたかな双丘の上部が露わになっており、彼女の醸し出す雰囲気もあいまってくらくらするような色気が漂っていた。
対照的に、細身でシルエットを露わにする紺色のパンツも、肌を見せずとも彼女のセクシーなボディラインを引き立てている。
以前話をした時と比べてずいぶんと堂々とした様子で若干の違和感を覚える。
妖艶なその色香に少々たじろぐが、どうやらしっかりと話を聞ける状態にはあるらしい。少なくとも彼女は。
「……………」
「ちょっと、ジル。おっぱい見てんじゃないわよ」
「……………」
「なによ」
「慎ましさも時には美徳ですよ」
ヘレナさんの深い深い谷間に目を奪われるがアンネ先輩のなだらかな傾斜によって落着きを取り戻す。
アンネ先輩がぶっころす、ちぎり取る、などと騒いでいるが気にしてはいけない。
「仲がよろしいんですね。羨ましい。で、今日はどういったご用件で?」
「んんっ。ヘレナさん、あなたに麻薬の所持、販売、使用の嫌疑がかかっています。心当たりは?」
気を取り直したアンネ先輩が単刀直入に切り出す。
わずかに首を傾げた彼女は明るくなり始めた空へ視線をやりしばし考える様子を見せるが、すぐにこちらに向き直りいう。
「いいえ。なにか疑われるようなことあったかしら、と考えてみたけど麻薬には縁がないわ」
「ルイジさん、ご存じですよね?」
「えぇ。最近よくご指名いただくお客様です」
「彼からの証言です。あなたから麻薬と思しき植物を預かってもらうよう頼まれた、と」
畳みかけるようにアンネ先輩が続けるも、ひるんだりうろたえる様子は一切ない。
デルーマン先輩は彼女が万が一にも逃げ出したりしないようさりげなく背後に回り腕組みをしている。
「あぁ。それならお願いしました」
「お認めになるんですね?」
「えぇ。私の故郷ではよく使う興奮剤ですよ。麻薬、というのはちょっと勘違いかと思うけれど。すっごく、勃つの」
「たっ……つまり麻薬ではないと?」
「そうです、たしかこの国では普及していませんものね。勘違いされても不思議ではないと思います」
あくまで彼女はあの赤い葉の植物は麻薬の類ではなく興奮剤と言い張るつもりのようだ。
痛いところを突かれた、と正直に思う。
新しい麻薬と僕たちの戦いは現在イタチごっこの様相を呈しており、一つ麻薬が流通しそれを取り締まればまた違う国から別の麻薬が輸入される。
禁止薬物の一覧に加えられる頃にはとうに流行は過ぎ去っており、三世代四世代先の新たな麻薬が法の目をかいくぐり出回るのだ。
「ヘレナさん、あなた誰かから入れ知恵されましたね?」
「入れ知恵? ふふ。なんのことかちょっと意味がわかりません」
つい嫌味のように指摘してしまったが、おそらく彼女の背後にはファーレンの法律にくわしい誰かがいる、と直感的に感じた。
このようにいつか僕ら傭兵に麻薬売買の尻尾を捕まえられた時のために事前に用意された言い訳のように思えて仕方ないのだ。
実際こういった例は枚挙に暇がない。
外国の悪党が麻薬を売りさばき、知らなかったとのらりくらり僕たちの追求を躱して法律で取り締まられる前に母国へ逃げ帰る。
日々進歩する犯罪の形に対応すべく法の整備は急ピッチで進んでいるものの、まだこの国のルールに穴は多い。
「まぁ、わかってると思うけど、じゃあしょうがないですねとはならねぇよ」
「そうなんですか? 話を聞かせてくれということでしたらいくらでもご協力しますけど、同じお話しかできませんが」
「そうね。でも同じ話も聞いているうちに面白い事実が浮かび上がることもあるでしょう? 捕まえたい私たちと、逃げたいあなた。お互い納得するまでお話しましょう」
「もちろん。そもそも逃げませんしどうせ今うちにはドアが燃えちゃってないですからね。逃げも隠れもできないでしょう? それに納得いくまでと言っても勾留期間でしたっけ、ありますよね。たしか、一週間くらいかしら」
「十日間。それが勾留期限です。ヘレナさんが起訴されるに足りうる証拠が見つからなかった場合、そこで不起訴となり釈放されます」
「なるほど。じゃあ、十日間お世話になりますね」
タイムリミットは十日間。彼女をしっかりと裁く根拠を見つけ出さなくてはならない。
時間との勝負は朝日が昇るのと同時に始まった。
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