休日出勤は当たり前です!


話をする気になった彼女を連れて詰所へ場所を移すことになった。

それなりに詰所からは距離があったので繁華街近くを走っていた魔動式運搬車を捕まえ、乗り込む。

運転席とその隣はある程度スペースがあるのだが、後部座席はこんなところに人が乗れるの?というほどの広さしかない。

自然と運転手の隣に先輩が乗り込んだので、僕と彼女が気まずい思いをしながら道中を共にすることになった。

全く会話がない空間に耐え切れず簡単な質問をする。


「あのー、おなまえは?」

「……………」

「おいくつですか?」

「……………」

「ご趣味は?」

「オマエ、お見合いみたいな質問やめろよ」


運転手の隣から振り返り先輩がツッコむ。


「料理……」

「「そこは答えるんかい!」」


思わず声が揃ってしまった僕たちを見て彼女は少し笑った。

なにか事情があるのだろうが、痣のある顔をしていても小さく笑う彼女はとても可愛らしかった。


そうして詰所に着いた僕たちは取調室では緊張させてしまうと思い、談話室で話を聞くことにした。

古いうえに固いソファに腰かける。


「はい。コーヒーくらいしかないけど」

「……………ありがとうございます」


三人でコーヒーを啜りながら彼女が口を開くのを待つ。

おかわりをしようかな、と思った頃にゆっくりと彼女が話し始めた。


「わたし、つかまるんですか?」


容疑者になっているのでは、と不安に思っているようだった。

確かに限りなく怪しい人物ではあるが、まだそこまで断定できる根拠はない。


「いいや。きみが放火したのでなければ逮捕されたりはしない」

「でも、疑われてるんでしょ?」


デルーマン先輩が否定するが、やはりまだ不安なようだ。

続けて僕が答える。


「正直に言いますね。疑われてはいます。ただ、あの日、あの時間にあの場所にあなたがいたから、というだけに過ぎません。なので、あなたにお話を聞きたかったんです」


確かに現状彼女は犯人に近い存在だが、放火をした証拠も、逆に放火をしていない証拠もないのだった。

むしろ、最も怪しい人物なのに何もしていないことが証明されている、というあやふやな立場の彼女は扱いに困る。

これでは僕たちも逮捕するわけにはいかない。疑わしきは罰せず、証拠を持って法の下に刑罰を与える、という考えがここファーレンでは採用されているからだ。

その為に大陸から来た貴族などと揉めることも多々ある。彼らの国では貴族が絶対的な権力を握っているので、文化の違いは著しい。

このような法治国家はおそらく、ファーレンだけだろう。


「まず、お名前から聞いてもいいかな」

「……ユーリ。ユーリ・エポック」


そうやってぽつりぽつりと話し始めた。


彼女はユーリ・エポック。十九歳。

魔法の素質に乏しかったため魔法学校を中途退学。モンペルグの商業学校をへ進み昨年卒業した。その後美容師を志し現在見習い中。


「ありがとうございます。さっそく本題なのですが、あなたはなぜヘレナさんの後を尾けていたのでしょうか」

「……………わたし、婚約者がいるんです。今の職場で知り合って、半年前にプロポーズされて。お互いまだ見習いなので、ちゃんと一人前になったら結婚しようって」


ファーレンでは十代後半から二十代前半の内に結婚することが一般的だ。

僕の魔術師時代の友人も四割くらいがもう既婚者だった。


「それが、一か月前くらいから彼の様子がおかしくて。家でも落ち着きがなくて、夜中に帰ってくることが増えたんです。酔っぱらっているのかどうなのかわからないですけど、気持ちの浮き沈みが激しくなって……。あるとき、彼の上着からメッセージカードと下着が出てきたんです」

「それがヘレナさんからのメッセージだった」


なるほど、娼館の文化が裏目に出た見事なパターンだったと。

この挑発的な文化には断固として反対したい。


「そのことを問い詰めると、彼は否定しました。なんでそんなお店にいくの、と問い詰めたらぶたれて……。その日から彼に不満を言うと暴力を振るうようになったんです。それで、彼の後を尾けてお店に行ってどの女なのか見に行ってみることにして……。体験入店するふりをしてお店を見学させてもらったんです。待機所で面接をしていたら彼の名前が聞こえて、それで、あのヘレナって人が指名されたって出ていきました。実際にその女の顔を見て、この人のところに行くようになってからおかしくなったんだ、と思うようになりました」


あれ?これ自白?と思えるような内容で、むしろ動機は十分になってしまった。

なかなか辛い近況のようだが、このような事件は後を絶たない。

犯罪と性は密接な関係にあるのだ。

一度話始めた彼女はせきを切ったように話し続ける。


「一昨日の夜、彼が帰ってこなかったんです。きっとあのお店だと思って、店の前で待っていました。そうしたら、彼は一向に出てこなくてあの女が先に出てきたんです。もしかして、わたしが見張ってることがバレて裏口から逃がしてもらって、女の家にいるのかもと思って後を尾けてみました。それで家まで行ってはみたもののノックする勇気は出てこなくて……。もし、これで中に彼がいたらどうしようとか、このままここにいて彼が出てきちゃったら、とかいっぱい考えちゃって……。結局なにもできなくってそのまま帰ったんです」

「それで、小火が起きたことを聞いて不安になって様子を見に行くところだったってところか」

「はい……。あれから彼も職場にも来ないし家にも帰ってきていなくて……」


どうやら思ったよりも複雑なことになっているようだ。

彼女の話を全面的に信じるならば、婚約者もかなり怪しいということは間違いない。とりあえずその婚約者から聞き取りをしなくては。


「ユーリさん。婚約者の方のお名前は?」

「ルイジ・コランです」

「なにか特徴はありますか?」

「背は、おまわりさんと同じくらいで、髪は肩ぐらいまでの長さ、髪色は黒です。……それくらいかなぁ」

「もうちょい、なんかないかな。お嬢さん」

「あとは……もともとそんなことなかったんですけど最近すごく痩せちゃって。細身です。あ、あと彼は魔法が使えて、光魔法が得意でした」

「光魔法かぁ、こりゃやっかいだぞ」


光魔法は反射する光の色を操作することで対象の色の見え方を変えたり、見づらくすることができる。

オシャレにはもってこいだが、これも悪用するには十分な効果を発揮する。

傭兵団だと潜入捜査や尾行などによく使われる魔法だ。


「髪色なんかは操作されるかもしれないな。写真とかない? 顔さえわかればコイツが見つけられるんだけど」

「写真はないです……。結婚したら奮発して撮ろうねって……」


写真は最近になって実現した技術で、まだその価格は高価だ。

彼女のように見習いの収入ではとても撮影できないだろう。

近しい魔法で«転写スクリカオ»があるが、対象を前にした状態でスクロールに魔法で写すもので時間がかかることもあり、これも結婚式や家族の行事でもないとあまり使わない。


「うーん、手詰まりか……」

「とりあえずお嬢ちゃんの家で彼の私物でも借りて傭兵犬に探させるか」

「いや、これくらいだと許可下りないでしょ。お犬様はよっぽどじゃないと貸してもらえないし街中苦手だし」

「ヘレナさんにも聞いてみるか。まだそのルイジくんがヘレナさんの客だったかもちゃんとは確認できてないしな」


新たにわかった事実は二つ。

ローブの人物はユーリという女性で犯行を否定していること。

そのユーリの婚約者の様子が不審で、ヘレナさんに関りがあると思われること。

まずは再度ヘレナさんからの聞き取りが重要だろう。

早速明日にでも話を聞きに行こう。


「とりあえず、ユーリさんはご自宅まで送りましょうか」

「えっ、帰っていいんですか?」

「迷うところではあるんだけど、今のところ牢に入れるわけにもいかないからね」


明確な疑いや罪状がなければ市民を牢には入れられない。

市民の生活を営む権利を侵すことになってしまうためだ。


「念のため現住所は把握させてもらいたいのでご自宅まで送りましょう」


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