お休みだけど尾行します!
―で、あいつで間違いないんだな?―
―はい、自信あります―
僕らは先ほど見つけた人物の後を追っていた。
先輩が会計を済ませて店を出るのを待たずに追いかけてしまったので、«
僕は距離を開けた真後ろにおり、先輩は回り込んで通りの向かいを並走しながら様子を伺っている。
―映像じゃはっきりしなかったけど、たぶん女だよな―
先輩がそう言うのも、色までは再現されない«
背丈はそれなりにありそうだが背後から見る限り線が細く、たしかに女性的な印象ではあった。
―それはともかく、どこまで泳がせて声かけます?―
―できれば自宅前くらいまでは頑張りたいとこだな。犯人かもしれないし、変に刺激しないで先にどこの誰なのか特定しておきたい―
―了解―
その人物は見かけた時から変わらず足早に移動を続けていた。
やがて喧噪が遠くなっていき住宅が立ち並ぶ地区へ差し掛かる。
明るさはまるで繁華街へ吸い込まれているかのように、足を前に運ぶたび少しづつ暗がりが深くなっていく。
騒がしさはすっかりと消え、周囲には人々が眠りにつく前のまどろんだ静寂が漂っていた。
先ほどまでの尾行の時とは違い、足音を殺して慎重に後を追う。
薄暗い中でも良く目立つそのローブのおかげで距離は開いていてもそいつを見失うことはなかった。
「どこまで歩くんだよ……」
「しーっ! 離れてても周りが静かなんですからもうちょっとボリューム落として!」
道幅が細くなってきていたため、少し前に合流したデルーマン先輩が小声で愚痴をこぼす。
僕らもほどほどに酔いが回っているので、軽率なことはしないようお互い注意をしなければならない。
「あれ? このへんってヘレナさんの家の近くじゃないですか?」
このエリアは担当になったことが数えるほどしかなかったが、レンガの色の並びや窓の形などを記憶の奥から引っ張り出した。
おそらくもう少し進むと放火の現場にぶつかるだろう。
「これはビンゴかな。犯人は現場に戻るって本当にあるんだよな、意外と」
「捜査の格言ってそんなバカなって思うこと多いですけど存外ハマることありますよね」
「とりあえず火の魔法が得意なやつかもしれないし応援呼んでおけ」
指示通り状況を詰所に伝え、念のため、と前置きをしつつ応援を呼ぶ。
そして、ほどなくしてその人物は立ち止まった。
昨日小火のあった家の手前で。
«
昨日見た淡々とした様子と比べると、どこか落着きが感じられないことが首の動きなどから窺えた。
しっかり燃やしたはずなのに、小火で済んでしまったことに焦りを感じているのか、はたまた何か違った理由があるのか。
また固まられると困るなぁ、早く自宅へ向かってくれないか。と考えていると僕の肩を先輩が指先で、とん、と軽く叩いた。
「あそこ」
「え?」
唐突に先輩が指を刺した先を見ると、地面に大きなへこみが出来ていた。
「あれがどうかしたんですか?」
僕が尋ねると、先輩は嬉しそうに答えた。
「俺が転写した石碑があったとこ」
「いや今それどうでもよくない!?」
「!」
「あ」
「やべ」
つい大きな声を出して突っ込んでしまった。
その声にローブの人物が反応し気付かれてしまった。
驚いた雰囲気で振り返りこちらを見ていたかと思うやいなや、背後の僕らとは反対方向へ全速力で駆け出す。
動揺を隠せない様子で走り出すその人物を僕らも急ぎ追いかける。
「バっカ! オマエなにやってんだよ!」
「どう考えたってアンタが悪いでしょーが!」
「なにがだよ!」
「それがわかんないその頭のことだよ!」
「先輩に言うこと? それ?」
「急な先輩ヅラやめて!」
「ていうかオマエの忍耐が足りないんじゃなぁい!? あの状況でツッコまねーだろ普通!」
「はぁぁぁ? 逆ギレぇ!? そっちこそ尾行中にボケんなよ! ペア解消だよこの野郎!」
「かっわいくねぇなぁ! この後輩かっわいくねぇ!」
「可愛いマッポなんかいねーよバーカ!」
もう気付かれているのでこそこそと追う必要はなくなり、不毛なやり取りを大声で交わしながら走る。
僕は大声を出しながら走っているのですぐに息切れを起こすが、先輩は余裕の表情で僕に罵声を飛ばし続ける。
くそ、体力バカめ……。
「ひぇぇ……なんなのあの人たち!」
前を走るローブの人物も何度も振り返り必死に逃げているが、さすがに僕らの方が足が速い。
ぐんぐんと距離は詰まっていきその背中に手が届きそうなほどになっていた。
「ちょ、ちょっと止まってくだ、さい! あなたにき、聞きたいお話しがあります!」
「いや! ちょぉ、っと無理、です!」
「おと、一昨日の深夜、さき、ほどの、家の前に立って、ましたよね!?」
「し、し、知りませぇん!」
「私たちは治安部の傭兵、ですっ」
「!」
僕たちは息を切らしぜぇぜぇと声を上げながら走る。
傭兵と聞いて彼女は少し戸惑った仕草を見せた。
横を見ると意地の悪い顔でこちらを見る先輩の顔があった。
「捕まえてあげよっか?」
「いいです!」
「体力ないのに?」
「大丈夫です!」
「オマエの足じゃ追いつかないよ? あのこ«
「……………」
道理でなかなか追い付かないわけだ。
身体強化の魔法«
瞬間的に使うことはできるのだがマラソンのように長く使い続けるとすぐに魔力切れを起こしてしまう。
«
デルーマン先輩は、「仕方ねぇな」と言うとそのままぐんと速度を上げローブの人物の前に回り込み悠然と立ちふさがる。
怯えたように立ち止まりすぐさま引き返そうと振り返るも、そこには息も絶え絶えの僕が辛うじて立ちふさがっている。
いくら鍛えても体力に反映されない自分が情けない。
「はぁ、はぁ。すみません、驚かせてしまいまして。私たちは、私服ではありますが、治安部の傭兵です。一課のジル・ブルム係長補佐と申します」
「これが団員章ね。俺はヘイゼル・デルーマン。係長です」
名乗りつつ鳩をモチーフにした金色の団員章を彼女に示す。もちろん金はメッキだ。
暴漢ではないと理解してもらえたのか、抵抗したり逃げる素振りはなかった。
「改めてお伺いしますが、一昨日の深夜このあたりでヘレナ・アルーダさんという女性のことを尾けていらっしゃいませんでしたか? なんらかの形で事件に関係しているのではないかと探していました。よろしければフードをおろしていただいても?」
息を整えた僕は彼女へ率直に質問をぶつける。
諦めたように彼女はゆっくりとローブのフードをおろす。
ブラウンのショートヘアと、チャーミングな顔立ちの女性があらわれた。
おそらくまだ成人したてだろう、幼さが残る顔立ちだがどこか表情は暗く、目元には怯えが、口元には痣と傷が見えた。
「……………」
「ちょっとお話聞かせてもらうよ、お嬢さん」
「……………」
彼女は無言を貫いている。
だがその瞳は雄弁だ。明らかに動揺をしている様子で視線が右へ左へと泳ぐ。
「大丈夫、かな?」
「……………」
「埒が明かねぇなぁ。……ねぇ、きみ。一昨日ヘレナさんの家燃やした?」
「ちょっと先輩!」
単刀直入に過ぎる先輩の言葉に僕は思わず目をむく。
そんな警戒させるような真似をしてもなにも良いことはないと思うのだが、意図がわからない。
「知ってるよね、ヘレナさん家が
「……………」
「きみがあの日小火が起きる直前まであそこにいたこともわかってる。きみがやったの?」
「……………」
まだ、彼女はしゃべらない。
先輩の考えていることが口ぶりとそのトーンからなんとなく伝わってきた。
「小火が起きたって聞いてちゃんと燃えなかったのかって不安になってあそこに確認しに来たの? それとも、ヘレナさんが生きてるか確認しに」
「わ、わたしじゃありません!」
おそらく先輩はこう思っているのではないだろうか。
「うん、きみじゃないんだよね。きみはやってない」
犯人は別にいる。
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