おとなのお店はドキドキです!


カエリタイナ……。ブルム補佐、モウカエリタイナ……。という小声の訴えは誰に届くこともなく、運搬獣の護送をペルノたちに任せ僕たちは娼館内にて被害女性の話を聞くことになった。


「……………お、落ち着かねぇな」


デルーマン先輩がきょろきょろと周りを見渡しながらそう呟く。

それはそうだろう。僕たちが通されたのは女性たちがお仕事の準備をする控室なのだから。

いきなり現れた男二人を気にすることもなく、ふくよかな二つの果実やら神秘の丘が先ほどから視界の脇をちらりちらりとかすめていくのだ。

豪快というか、なんというか。彼女たちにとっては立派な武器なので隠すものではないのだろう。

普段なら魔ッポだなんだと悪口を叩かれ好意的な目で見られることは少ないが、ここまで空気のように扱われることはもっと少ない。


「こ、これは真っ直ぐ見てるしかないですよ。僕も緊張しちゃって前しか見れないっす」

「どことは言わねーけどカチンコチンってことね」

「マジでないわー。そういうとこホントひくわー」

「まぁそう言うなよ。これも役得ってもんじゃないの」

「僕は真面目なもので失礼。あ、あの人めっちゃ美人」

「オマエしっかり見てんじゃねーか!」


客と酒を飲むのも仕事のうちなのだろう、むせかえるようなアルコールと女の香りに包まれながら被害者を待つ僕たち。

それとなく部屋を見渡すと、そこら中に下着や衣装が転がっておりこれは一枚二枚なくなっていてもわからないなぁ、と思考を巡らせる。

いったいここで何人の女性が身を整え、乱されにいくのだろうか。

毎日が非日常のような精神状態なのか、酔っているのか、テンションが高く高揚した様子の女性の姿もあった。

摘発に入ったほかの違法な娼館では慣れてしまってスレた様子の女性たちを多く見てきたので、きっとここはまとめる支配人が良い雰囲気を作っているのだとわかる。


「お待たせしちゃってごめんなさぁい。この子なんだけど、お話し聞いてもらっていいかしら?」


その良い雰囲気を作っているであろう女主人のメリダさんがずい、と顔を出す。

メリダさんより一回りほど小さく、このお店のコンセプトであるぽっちゃりとはまた一味違った瘦せ型の女性が、彼女の後ろからおずおずと顔を覗かせていた。

瘦せ型といってもしっかりと出るところは出ていて、わお、理想のスタイル!といった魅力的な体つきだ。

この顔と豊かな胸には見覚えがある。さっきデルーマン先輩たちと見ていた«巻き戻しヴォルタ»に写っていた女性に間違いない。

幼い印象なのに切れ長な目元にどこか妖艶な雰囲気がある。すっと鼻筋が通っているものの、ややこじんまりとした鼻でそれもまたチャーミングにみえた。


「あなたがヘレナ・アルーダさんでお間違いないですね?」


若々しく見える顔立ちとその凶暴なバストのギャップにはグッとくるものがある。

なるほど、この人はきっと人気があるに違いない。


「オマエよくおっぱい見ながらそんなこと言えるな。そっち本体じゃねーぞ」


念のため確認をする僕に小声で先輩が耳打ちしてくるが無視を決め込む。

ヘレナさんがさっと胸元を隠すがべつに残念ではない。

僕は記憶術師だ。一度見たものはそうそう忘れないので目を閉じればそこに彼女のたわわな果実がすぐ浮かぶ。なんて能力の無駄遣いなんだと我ながら思う。


「は、はい……」

「もうすでにヘレナさんのご自宅周辺は巡回を強化させておりますので、ご安心ください。まずは当日の行動をお伺いしたいのですがよろしいでしょうか」


僕がまじめに話を聞こうとしているのに、隣では「ぽっちゃり専門なのに細身の女の子が多いね」「そうなのよぉ。人気の女優さんとかみんな痩せてるでしょ?ダイエットブームとか嫌になっちゃう」なんて雑談が繰り広げられていた。


「では、このお店を出るまでのお話からお願いします。昨日は何時ころ出勤されましたか?」


彼女は話しにくそうにはしていたものの、こちらの問いかけにはしっかりと答えてくれた。


昨日は夕方頃に出勤し、飛び込みの二名と予約のあった一名の客を相手に仕事をこなした後、帰宅。

そのうちの予約客が酒をよく飲む人物で、彼と過ごす時間は飲酒をしてからの遊戯になるそうだ。

最近では特に強いお酒がお気に入りでその客と過ごした夜は毎度ふらふらで帰路につくことになるらしい。


帰り道の時にはすでに泥酔しておりあまり記憶にないらしいが、今までも後をつけられたり声をかけられたりは仕事の特性上よくあるらしく、怖いと思うこともあるけど慣れてしまった、とのことだった。

ただ、ここ数日は毎日のように誰かの気配を感じていたようで少しは気にかかっていたようだ。

声をかけられることもなく接触してくる様子はなかったので下手に刺激しないよう無視を決め込んでいたらしい。


そして帰宅後そのまま玄関で倒れるように寝てしまい、なにやら煙たいし暑いと目が覚め火事に気が付いたとのこと。

タバコを吸う習慣があり、とっさに自分の寝タバコのせいでは、と思い混乱していたところ、近隣住民の通報を受けた救護がすぐに到着し鎮火にいたった。

その場で寝てしまったことが幸いにも大きな火事を防ぐ一因になったようだ。


「なるほど、当日のお客さんの詳細に関してもお伺いしたいところなのですが、そちらに関しましては今女性の団員がこちらへ向かっておりますので、話づらいようであれば彼女からお聞きしますがどうでしょうか」


あまり踏み入ったことを聞きすぎて彼女の心が閉ざされてしまうと必要なことまでもが聞けなくなってしまうかもしれないので、デリケートな質問は女性団員に任せようと判断した。

アンネ先輩に《連絡コンタルテ》で伝えてあるのでまもなく到着するはずだ。


「えーと、わたしはどっちでも大丈夫ですけど。話しづらいということもとくにないし……」

「お伺いする内容の一部にヘレナさんのお仕事についても立ち入らなくてはならないかもしれませんが、それは問題ないでしょうか。その、お客さんと過ごした時間についてだったり……」


このように性的な内容に踏み込むことはデリケートな問題で、下手な捜査員が聞き取りを行っても詳細まで話してくれることは少ない。

とくに女性被害者に男性団員が尋ねる場合は。

今回は性犯罪の捜査ではないうえにそういった行為を職業としている女性への聞き取りなのですんなりと話を聞けるかもしれないが、やはり本人の意思を尊重したい。


「あ、なるほど……。うーん。そういわれるとちょっとやっぱり恥ずかしい気もするかも」


うっすらと笑みを浮かべつつ恥じらう彼女の表情は驚くほど可愛らしかった。

では、あとはアンネ先輩にお願いして、それまでは今更ながら緊張でもほぐそうかと雑談を振る。


「わかります。男性にはわからないことも多いですから、お気になさらず。ところで、ご出身はどちらでしょうか」

「え、出身ですか?」


詰所に戻り火災の件の報告書をよく見れば一発でわかるようなことを聞いてしまい、内心ではミスった!と焦る。

担当外だったとはいえ、僕も一度報告書を読んでおくべきだった。

寝不足の頭ではそこまで脳が働いてくれなかったので、このあたりではあまり見ない顔立ちだな、と思ったことがつい口を突いて出てしまったのだ。


「あ、すみません! 今朝もお話していただいてますよね。 失礼しました!」

「ぜんぜん! わたし、ファーレンの人から見たら外国人だってわかります?」


どうやら外国の出身のようだった。となると、ルトガル大陸のどこか、ということなのだろうがあまりファーレンを出た経験のない僕は他国にくわしくなかったので、率直に思ったことを訪ねるしかない。


「この国も移民の多い国なので、ぜったい外国の方だ! って思うほどではないですけど、ファーレンの人間と比べると目元や鼻のあたりがなんとなく違うような気がしまして」

「やっぱり魔ッポさんってよく見てらっしゃるのね。 あんまり言われることは多くないんですけど、出身は」

「あー! 待って待って! 俺、当てる! 当たったら今度デートとかどうかな?」


合コンか!

ていうか魔ッポってあんまりいい言葉じゃないですからね?本人がいる時はおまわりさんとか傭兵さんって言いましょうね?

僕の肩を押しのけ、会話に割り込んだ先輩は楽しそうに


「えーっと、切れ長で温もりのあるその目はぁ……」

「天使の輪が乗っかったような艶のあるその黒髪はぁ……」


などとわざとらしい誉め言葉とともに特徴をあげながらいくつかの国の名前を出していった。


「ふふっ。残念! どれも違います。わたし、ルビコンの生まれなんです」


ルビコンは歴史の授業でも習う特殊な民族だった。

ルトガル大陸内を南北に走るルビコン川に由来し、一年をその川に沿って移動する。

定住する土地を持たず狩猟をして生活をしている遊牧民だ。


「へぇ。ルビコンの方は初めてお会いしましたよ。どういった経緯でこちらに? ……あ、ごめんなさい、尋問みたいになっちゃいましたけど、疑ったりしているわけじゃなくて、その……」

「大丈夫ですよ。わたし、こうみえてルビコンの族長の娘なんです。娘だけで二十人くらいいるんですけどね」


族長の子供!娘だけで二十人!!息子は!?子供は計何人いるの!?

情報が多すぎて処理に困る。


「で、それだけいっぱいいるとやっぱり嫁に出されるんですよ。それで九歳の時に近くの国の貴族様に嫁いで……」


アカン、すごい生い立ちすぎてこれは長くなるぞ……と覚悟を決めたとき、頬に冷たい感触のなにかが押し当てられた。


「おつ! ……なんかさっきもこんなことしたよね、アタシ」


冷たっ、と振り返る。


「今朝もお会いしましたね、ヘレナさん。新しい事実が分かりましたのでもう一度お話を聞かせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」


外面は最高と呼び声高いアンネ先輩の完璧な笑顔がそこにはあった。

見計らったかのようなタイミングでの登場だった。

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