事件はつながってるんです!


「っ! うぇ、気持ち悪い……。先輩、僕«記憶メモリア»使いました?」

「おう。……たぶん」


頭から地面に突き刺さるような、そして足元がぐらつくようなこの感じ。

«記憶メモリア»を使あとの感覚だ。

僕の記憶はデルーマン先輩がクライフ係長を羽交い絞めにしたところで途切れており、ざわつくような喪失感が頭、というよりは意識の奥に残っていた。

その地点から今に至るまでの自分の記憶を飛ばしたのだろう。


「しんどいなぁ。うまくいきました?」

「おう。……たぶん」

「よーしよしよしよしよしよし、かわいいねぇおまえさん、おなまえは? んー!」


デルーマン先輩の目線の先にはずんぐりむっくりで大きな黒猫とじゃれあうクライフ係長の姿があった。

先ほどまで高まっていた魔力も今は感じない。

魔術師たちの足元に発現しかけていた植物のつるもどうやら霧散したようで、わずかに残滓を残すのみだった。

この娼館前に到着してからの記憶を消したはずなので、クライフ係長にとっては捜索していた運搬獣に出会えたばかり、といったところだろう。


「じゃ、あとはこちらのみなさんですね。みなさん!どうぞこちらへ!」


周囲の魔術師たちは何が起きたか理解しておらずうろたえているが、精神に働きかけるを僕が仕掛けたことには気づいているようだ。

にっこりと笑う僕を見て、いえいえ結構です、といった様子でじりじりと後ずさりをする。

だがいくら後ろに下がろうとそこにはペルノが作った土の壁が「おいでおいで」と待ち構えている。

しかもその壁がうねうねと生き物のように動き、魔術師たちを一か所にまとめていく。


「ふふふ、みなさんがここを見つけたときにはもう保護されていたんですよ。変なオジサンに可愛がられてる運搬獣を見つけたんです。これからそうなるんです。僕がそうするんですヨ」

「この魔ッポ、なにを言っているかわからねぇがとにかくヤバい!」


逃げろっ、と一人が声をあげたがもう遅い。

左右と背後を土壁に囲まれ、正面からは揺らめく炎を手ににじり寄るガタイの良いチンピラ風の魔ッポ。

さらにチンピラの背後には不可思議な術を使う若造が、妖しく光る目をぎらつかせているように見えているのだろう。

きっと怖いだろうナァ。不安だろうナァ。


「ヤバクナイヨー、ヤバクナイー。ホラ、コノ炎ヲミテネ」

「ソノ炎ヲミルトーキモチイイナー、キモチイイナー。嫌ナコト、ゼンブ忘レラレルナー」

「こ、こわっ……くさっ……」

「うるせぇ、ゼンブ忘れさせてやるよ!これでもくらえ!」


怖い、やめて、と言いつつもクライフ係長と同じように次々と意識を手放していく魔術師たち。

複数人の記憶を一度に操作するのはかなりの消耗を伴うが、しょうがない。

怖いだの臭いだの魔ッポだのさんざん言いやがって。運搬獣も捕まえられない二流が!ちくしょう、やったる!

半ばやけっぱちながらも全員が催眠状態にかかったのを確認し、もう一度«記憶メモリア»を唱える。

でもやっぱり……あぁ、しんどい……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いやぁ、いい汗かいたぜ!」

「ぜんぜん清い労働した感じしないんですけどこの意識のズレはどう報告書に書きましょうか?」

「ペア長と倦怠期なんです、とか書いておけば?」


不運な目撃者たちの記憶も改変しゲッソリした僕と大した働きもしていないのに満足げな上司の二人組は傭兵たちの手で運ばれていく運搬獣を眺めながら一息ついていた。

記憶を改変された魔術師たちは緊急オーダーの依頼料をもらい損ねたからか、不満げに悪態をついて帰っていった。

いったい僕はどんなふうに記憶を書き換えたのか……。


「すまん、二人とも。動物のことになると頭に血が上ってしまってな……」

「ほんとですよ……。いつものんびりしてるのに動物がらみの時だけすっごいんですからぁ」


我に返り反省しきりのクライフ係長とペルノも僕らの傍らに立って同じく運搬獣を見送っている。

ペルノもなかなか苦労をしているのだろう。

同期の中でものんびりしたその雰囲気とは裏腹に成績は上位で、魔法の腕前も素晴らしかったが入団してからイマイチ実績が上がらないのはクライフ係長と組んでいるからだろう。

デカい事件の時はしっかり成果を挙げるが普段の細かい部分でやる気のないクライフ係長は新人教育に向いているとは思えないが、生真面目なペルノと組ませてバランスをとるのが上層部の目的なのかもしれない。


「いやぁ、面倒をかけた。助かったよ、ブルム」


そう言いながら左手を差し出す。


「その手にはひっかかりませんよ。なんか今度おごってくださいね」


僕はそう返し右手を差し出す。

クライフ係長は若かりし頃に左手首から先を失っており、本来あるはずのその部分には義手がはめられているのだった。

密漁取り締まり局にいたとのことだから、動物にかじられたのかもしれない。

初対面の際には義手の方の手を差し出し「あぁ、手ぇ、とれちゃったぁぁ」と驚かせるのが癖になっているらしい。僕も去年やられた。

なんて迷惑なジジイだ。

笑っていいのかわからないネタを放り込んでくるあたりかなりの変わり者なのは間違いない。


「なんだ、もう忘れてると思ったのにさすが記憶術師じゃの。いきつけの猫カフェで良いか?」

「あのドッキリ忘れるやつはこの仕事向いてないっすよ……。猫の格好の女の子が出てくるお店なら文句なしです」


しっかりと右手で握手と冗談を交わす僕たち。

報告書どっちが書く?とペルノと話をしていると後ろから色気の漂う声が飛んできた。


「あらぁ。見たことある人がいると思ったらイケメンのおまわりさんじゃない。ご苦労様ぁ」


振り返ると、今朝下着ドロボウの件で相談にきた娼館の主が一段と露出の激しい服を身にまといそこに立っていた。


「あ、どうも! あれ。ここって……」

「そうよぉ。ここがアタシの娼館。お仕事、終わったんなら寄っていかれますぅ?」


くすくす、と年齢不詳の妖艶太め女子が誘う目つきでしなだれかかってくる。

僕も男だ。色気漂う香水と豊満な感触に抱かれたら悪い気はしない。ただ、ちょっと重いかなって思うけど、そんなことを口にするほど坊やではない。


「おネエさん、こいつにおネエさんの愛はちょっと重たいってよ。もたれかかるなら俺にしときな」


俺ならこいつよりガッチリしてるからよ、と僕より年上の坊やが自慢げに胸を叩く。

デルーマンよ、それでいいのか。本当にいいのか。

あら、頼もしいわぁ、と言いつつ僕から離れた娼館の主ことメリダ姐さんは少し伏し目がちにこう切り出した。


「それはともかく、アナタに相談があるのよぉ」

「あー、すみません、下着ドロの件でしたらまだ捜査員回せてなくて……」

「違うの、うちの女の子のお家が火事にあったみたいでね、ちょっと心配なことがあって」


坊やデルーマン先輩と僕は思わず顔を見合わせる。


「なんだかひどく酔っぱらっててどう帰ったかも記憶にないらしいんだけどぉ、火事じゃなくて放火かもって言われたっていうもんだから心配で心配で」


視線を横にやると、煌々と光る「ぽっちゃり専門 メイド ナース ビキニ あります」の看板が。


「お時間、大丈夫かしらぁ?」

「もちろん。俺ら傭兵団の守る対象は街のみなさんすべてですが、内緒ですけど美しい女性は優先順位が高いんですよ。な、ブルム係長補佐!」

「……………」

「ところでおネエさん。俺好みのイイ子いる?」


僕の、休みが、遠のいていく。


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