同僚は変わり者なんです!

「テメーら近づくんじゃねぇ! ……よーしよしよし、よしよし。かわいいねぇおまえさん。こわかったねぇ?もうだいじょうぶでちゅよぉ……この子さらう気かぁ!えぇ!?」

「ごめんなさい! ごめんなさい!違うんです、本当に治安部なんです! すみません! ちょ、係長ホントにもうやめてくださいぃ!」


「……………やば」

「……………こわ」


逃走現場へ到着した僕らは呆れたように突っ立っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


今より少し前、蒸気三輪自動車に乗り込んだ僕たちはじっとりとした夜の街を走り現場へ向かっていた。

充填式の魔石で動かすこの自動車はファーレンの技術発展の賜物、傑作の一つだといつも思う。


運搬獣は基本的に温厚で飼いならされた動物なのだが、稀にこうして興奮して逃亡したり人に牙をむく事件が起こる。

港では重たい積み荷がほとんどなので必須の労働力であるが、大型の獣を扱うため暴走してしまうと大事になってしまう可能性が高い。

暴走したりしないよう、というより労働に対する感謝の気持ちが多分に込められているが、とても大切に扱われておりその分人間に対する恐怖心などは皆無に等しい。

色々なタイプの運搬獣が存在するが、種族によっては大災害になる可能性も否定はできない。その為、僕らの初動が非常に大切なのだ。


どちらが運転するかで揉めたが、寝不足の僕に運転させると事故りますよ、という脅しが効いて渋々デルーマン先輩がハンドルを握った。


「で、どっち向かえばいいんだよ! 続報は?」


いきなりぐん、とスピードを出す先輩は前を向いたまま僕に声をかける。

車体は覆われておらず、乗り込んだ僕らはむき出しの状態なので風を切る音がぼうぼうとうるさく、自然とボリュームは大きくなる。


「えーっと、繁華街の風俗店が多いあの通りの方に向かったみたいです!今のところ被害はないみたいです!あ、僕らより先にペルノの班が現着しそうですねぇ!」


«連絡コンタルテ»により各団員からの情報が頭の中に飛び交っている。

ペルノというのは僕の同期の女性団員で治安部第三係に配属されていた。

同期ということもあり親しくしている、つもりだ。僕の方は。


「ペルちゃんって、クライフ係長とペア組んでるんだっけ?」


そうっす、と答えながらクライフ係長を思い浮かべる。

定年間近の白髪頭、豊かな白いヒゲ、左手の義手がトレードマークの初老の団員。

だいぶ昔に出世街道から外れたのか、若くして係長になったデルーマン先輩とは違い出世に興味のない万年係長としても有名だった。

豪快だが温厚な印象が強く、万年係長というのもさもありなん、と思ったことを覚えている。


「クライフの爺さんか、ならちょっとやばいかもな……」

「えぇ?なんてぇ?」


ガタン、と段差を無視して運転する先輩の声は風と相まってとても聴きとりづらい。

この距離だが«連絡コンタルテ»を使いたいくらいだ。


「続報来ました! そこの角を左です!」

「了解!」


角を曲がった僕らの目に飛び込んできたのは桃色に輝く風俗店のネオンに照らされた巨大な黒猫、それにまたがりこれでもかと撫でまくるクライフ係長と周囲を取り囲む複数の男性、必死に謝るペルノの姿だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


煌々と妖しい色気を立ち上らせるにせものの炎は娼館の目印だ。

ピンクの光が脳のどこかを刺激しているのをぼんやりと感じる。

このエリアは風俗街で、あちこちにいかがわしい酒場や商館が立ち並んでいた。

その一角、ひと際目立つ『ぽっちゃり専門 メイド・ナース・ビキニあります』の看板の前で事件は起こっていた。果たしてぽっちゃりのビキニに需要はあるのだろうか。


「もうやめてくださーい! かかりちょー! みなさんほんとごめんなさーい!」


周囲を威嚇しながら、クライフ係長は運搬獣と思しき大きな猫を思う存分に愛でている。

猫種族の運搬獣はぱっと見た感じでデルーマン先輩よりも大きい。たしかにあのもふもふ具合は気持ちが良いだろう。

その周りを三人のローブを纏った男性がじりじりと間合いをはかりながら取り囲んでおり、おたおたした様子でひたすら謝るペルノ。

ショートカットの黒髪を上下に揺らしながら必死に頭を下げている。


彼女は僕と変わらないくらいの身長なので女性にしては大きい部類だが、ここは傭兵団だ。このくらいの背丈の女性はごろごろいる。

同期なのだが中途入団の僕と違って魔法学校を卒業してすぐにこの道を志した彼女は二つほど若く、まだ成人したての初々しさを残している。

彼女を見ると、細身でストンとした体形にそのヘアースタイルもあいまって東洋のトラディショナルおもちゃ「こけし」を連想してしまう。おかっぱではないのだけれどシルエット的に。


しかし、い、いったいどういう状況……?

とりあえず運搬獣は発見できたので本部の通信部に«連絡コンタルテ»をいれる。


―――デルーマン・ブルム、両名現着した。すでにクライフ班によって運搬獣は、保護?されている。負傷者はいないとみられるが、少々問題が―――


と、伝えている最中にデルーマン先輩が僕の頭を小突いてそれを遮り、僕に代わって続ける。


―――負傷者はいない。本事案は解決した。運搬獣を連れて港へ向かう―――


「ちょっ、なんすか!」

「おまえ、この状況ほかの連中に見られたらマズいだろ。どう考えてもクライフのじいさんが犯罪者じゃねーか」

「……たしかに」


完全にこのシーンは人質をとる犯人と、それを追い詰める正義の味方の構図だった。

そもそもなんでこんなことに?

とりあえずペルノから事情を聴こうか。そう思いペルノの方に向いたとき


「クライフじいさん、いや係長はさ、それはそれは動物が好きでよ」


遠い目をしながら唐突に語りだしたデルーマン先輩。それは、見ればわかる。よっぽど好きなんでしょうね、動物。


「入団前は密猟取り締まり局の職員だったらしいんだ」

「はぁ。それであぁなっちゃう、と。……昔の血騒ぎすぎでしょ!」

「動物が好きすぎて魔法動物愛護団体の立ち上げもやってんだよ。そっちが忙しくて昇進に興味がないんだよな。だから動物関連にはすごい詳しいんだけど、よっぽどのことがない限りクライフ係長には動物案件は回さないんだ。暴走しちゃうから」

「宝の持ち腐れ感!! ……それはいったん置いといて周りの人たちにケガはないでしょうか」


無言でデルーマン先輩は一番近くにいた緑色のローブの男性に歩み寄り話しかける。

明らかに嫌そうな顔をされているが強引に話をしている様子だ。

後ろ姿に唾を吐きかけられながらこちらへ戻ってくる。やっぱり魔ッポ嫌われすぎ……。


「港の警備で雇われた魔術師だった。雇い主の緊急オーダーで追ってきたんだって」

「なるほど」

「運搬獣に追いついたら白いジジイと女のコが割り込んできて、この子(獣)に手ぇ出したらただじゃおかねぇとか言い出したんだって」

「ヤバ……」

「運搬獣のこと拉致しようとしてるんだって思ったみたいだヨ」

「こわ……」

「当たってないけどちょっと攻撃されたって。おまえらどうなってんだって怒られた」

「オワタ!!」


いつの時代もいきすぎた愛情は諸刃の剣よ、とわけのわからないことを先輩がほざいているが、今は事態の収拾が先だ。

そう思いクライフ係長のもとへ動き出した矢先だった。


「もう保護したってんだよしつこいな……この子とっ捕まえて売っぱらうつもりか!? それは! ゆるさん!!」


普段の砕けた様子からは想像もつかないような低い声の一喝が響き、魔力の高まりを感じた。

こんなんでも治安部、ケガをさせるような魔法ではないだろう。地面から植物の芽が生え始めたところをみると拘束するタイプの魔法か。

近くの酒場や娼館からもなんだなんだと野次馬が出てきている。


「やべぇ! このままだと新聞に載る! ”治安傭兵、錯乱状態で市民に暴力をはたらく”みたいな!」

「言ってる場合ですか! どうしましょう!?」

「こういう時のお前だろ! «記憶メモリア»使え! じいさんがやっちまう前に俺がおさえるから、とりあえず鎮静化して……。もみ消すぞ!」

「鎮静てどっちが動物かわかんなくなりますよ。というか治安部にあるまじき会話ですけど仕方ないっすね……。そうでもしないと落ち着いてくれなさそうだし……団長たちには先輩から報告してくださいよ!」


もみ消す、なんて不穏なワードだがけっして悪いことをしているわけではない! と自分に言い聞かせる。これも国民が危険な目に遭う前に止めるためだ。うん。


かわいそうに、ペルノがいつもと違う係長の様子に涙目でやめてくださーい、と叫んでいる。

まいった。トラブルに弱い優等生タイプはこういう時に動けなくなってしまうのだろうか。もはや慌てるだけで何もしていないペルノの首根っこを捕まえて指示を出す。


「おい、ペルノ。とりあえず詳細は後で聞くから問題になる前にクライフ係長止めてもみ消すぞ」

「ジルさぁん。ちょー助かるぅ。でも、え、も、もみ消す!? いいのかな?」

「おまえ、本社に呼び出しくらいたい? 新聞に載りたい? 巡回で石投げつけられたい?」

「や、やるしかないのね……。な、な、なにすればいいの?」


作戦を説明してペルノとばらばらの方向へ走り出す。

まさかこんなくだらないことで同僚を取り押さえることになるとは……。

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