事件は会議室にも届きます!
「――というわけでして」
「要するに不審な人物が現場にいたが、それ以外は何もわかっていないということだな。まぁ最重要参考人ってところだな、そいつは」
一通り僕たちが確認できた事実の報告をアンネ先輩から聞いた後、呆れたように彼は小言を漏らす。
実際その通りなので何も言えない。
いつ、誰が、なんのために、どうやって、犯行におよんだか、の内、‶いつ"以外なにも判明していない。
報告の必要はあれど、余計な仕事が増えたといっても過言ではない状況だ。
部長はすぐに《
「デルーマン」
「! は、ハイ!」
唐突に名前を呼ばれ、肩を揺らして先輩が応える。
「お前、«
「まだ拙いですが一年ほど前にお、覚えましたッ!」
僕と行動するときはたまに披露してくれていたので、そんなに最近に習得したものとは知らなかった。
というか、«
万が一失敗してしまった場合に備えての規則だが、忙しさのあまり形骸化しており順守している者は少ない。
失敗すると保存用スクロールでない近くの場所に映像が映り込み、重要な情報が垂れ流しになる危険性があるのだ。
その為、二人組に関しては目をつぶる代わりに《
難しい魔法なので、数少ない使い手は重宝される。時間に干渉する魔法は魔力の流し方に独特のコツというかツボがあるらしく、時間専門の魔法塾があるほどだ。そこに通ってもわずかな人間しか身に着けられないともよく聞く。
もしかしてこの人、報告してないの?給与も上がるのにそんな機会を逃すのも先輩らしくない。
しかし、こんなに難易度の高い魔法をこのガサツな先輩がよくマスターしたものだ、と改めて感心する。
「ガサツなお前がよくマスターしたものだ。よくやった」
やっぱりみんな同じように思っているのね、と少し笑ってしまいそうだが部長の前だ。堪えなくては。
「そうか、繊細な魔法が苦手だったお前がな。さぞや努力をしたことだろう」
「い、いえそんなことは」
「謙遜するな。その努力はしっかりとみんなに伝えていかないとな。いや、しかしお前の届け出を確認した記憶がないな」
「……………」
「後で登録しておこう。いやなに、お前は忙しいだろう、俺がやっておく」
「……………」
「あぁ、そういえば来月に«
「……………」
「返事は?」
は、ハイッ!と飛び上がりながらデルーマン先輩が返事を返す。
「先輩、講師やるのめんどくさくて報告しなかったんでしょ」
「……おぉ、まだ下手だし」
部長に聞こえないようこっそりと先輩に声をかける。
やっぱりしょうもない理由だった。
「で、お前らはどう思う。まず何から始めるんだ?」
気を取り直し、さぁさぁ、といった様子でアリソン部長の灰色の瞳が鈍い光を放ち、こちらを見ている。
また一息に訓練兵時代を思い出す。この調子でよくケーススタディをされたものだ。
この場合、どの法に触れるか。ここを把握していないと違法行為者は僕らになってしまう可能性もある。
間違った捜査は住民の権利を侵してしまうことを考慮しなくてはならない。
訓練生は現場に出たときに足を引っ張らないよう徹底的に法律とやっていいこと、やってはいけないことを叩きこまれる。
当時ほどの緊張感はないが、それでも間違ってはいけない、と自然と姿勢が正される。
「んー、まだ分析の結果が出ていませんが、まずは被害者の方に思い当たることはなかったか事実確認に向かおうと思います。当日救護に向かったのもアタシの班だし、同じ女性の方がまだなにかあっても聞き出しやすいだろうし」
僕の緊張感をよそに砕けた様子でアンネ先輩が今後の方針を伝える。
「よし。では、向かいなさい。男ふたり組は何かあるか?」
き、きた…。こっちに話を振られてしまった…。
なんとか意見を絞り出さないといけないが、アンネ先輩の方針がまず現状出来る全てのようにも思えるし、不審人物の捜索に当たろうにも今のところ特徴はないに等しい。やっぱりひたすら張り込むしかないか……。
口から泡を吹き言い淀んでいる僕に助け船が出た。
「あ、部長、そのコは二徹明けの休日返上中なので休ませてあげてください。体張る仕事はそっちのデカブツの方が向いてるし、そっちなら手の抜き方知ってるんでいくらこき使っても持ちますよー。ね?」
「イエイエ、ワタシ手の抜き方は未習得でアリマス」
じろりとアリソン部長に睨まれ、目をそらしながらカタコトで返すデルーマン先輩。
アンネ先輩…。と感謝を彼女に視線で投げかけるとウインクで返してくれる。
大きなブルーの瞳からバチコーン!と音が出そうなくらいオーバーなウインクはあまりにもヘタクソで美人でも残念な部分が多いと苦労するな、と思う。
「さっきのブラック発言は冗談だったんですね……」
「あたりまえでしょー。アタシのことなんだと思ってんのよー」
「普通にちびっこイカレポンチだと思ってますけど」
「マジでアンタぶっ殺すよ」
「大丈夫、ちょっとやさしいちびっこギャングに今認識が変わりました」
アンタが血ヘド吐いて内臓のどっかがイカれるまで働かせてもいいんだぞ、とおぞましい言葉とは裏腹にぷんすかと可愛らしく怒りながらも、ほら帰った帰った、と会議室から押し出してくる。
小さな手のわりに押す力が強いのは女性傭兵あるあるのひとつだ。
「休めるうちにしっかり休んでおけよー。あ、でもお前そんな露骨に喜ばねぇ方がいいぞ。そういう時にかぎって―」
デルーマン先輩の言葉を遮り、では、ありがたく!と喜び勇んでドアに手をかけた瞬間、頭に«
―――港方面2番倉庫街にて運搬獣と市民の接触事故、積み荷が崩れ重傷者2名、軽傷者9名。対応可能な救護部団員は即時向かえ―――
良かった、救護だ。治安部じゃない!と安堵したのもつかの間、立て続けに声が響く。
―――なお、その際に運搬獣が逃走、繁華街北側方面へ向かったと思われる。対応可能な治安部団員は即時対応せよ―――
これもまた傭兵団あるあるのひとつ。いや、世の中の職場すべてに当てはまるだろう。
帰ろうとすると事件が起きる。
«
哀れみの視線を周りからひしひしと感じる。だが、誰も何も言わない。
「ちくしょーーーーーーーー!!!!」
膝をつき天を仰ぐ。
悪態の一つくらいついたって許されるだろう。
「聞いたな?では、頼んだ」
そう一言僕に声をかけ通り過ぎざま肩にぽん、と手を置き部屋を出るアリソン部長。
彼なりの労いなのだろうがそんなものはいらない。休ませてくれ。あんたが代わりに行ってくれ。
もちろんそんなことを言えるはずもなく虚ろな目で、はい、とつぶやくのが精いっぱいだった。
「じゃあアタシ港の事故現場向かうから。被害者への聞き取りはとりあえず誰か行ける人いるか連絡してみる。また後で!」
了解、アンネ向かいまーす、と応答をしながら青い制服を翻しアンネ先輩が部屋から飛び出していく。
「なんか、奢るよ?」
「ニヤニヤしながら言わないでくださいよ。…ああ、もう!いきますかぁ!」
デルーマン、ブルム現場向かいます、と応答をして腰を上げる。
確かに眠いし、身体も重い。お風呂だって入りたいしお酒も飲みたい。
でも、ここでサボってしまえば誰かが危険な目に遭うかもしれない。だから動かないわけにはいかない。
この気持ちは治安保持という名の呪いだ。
などと言い訳がましく考えるが、なんだかんだ言って僕もこの騒がしい街が好きになってしまった、ということなのだろう。
先輩のうざい絡みをいなし、ため息とも癇癪ともつかない声を上げて歩き出す。
部屋をあとにする僕らの背中で、会議室の扉が少し嬉しそうにギェッと短く叫んだ。
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