おんなのこの先輩もいるんです!


先輩の転写した映像には、千鳥足で帰宅する女性の姿が映っていた。


「これが被害者の女性ですかね」

「ま、そうだろうな」


鮮明とは言えない映像でもさぞかし酔っているであろうことがわかる。

胸部と脚の露出が多いワンピース型の衣服を着用している。

長い髪を後ろで一つに結びながらもどう乱れたのか、ぱらりと一束、また一束こぼれ落ちていく。

ごそごそと肩にかけた鞄から鍵を探していると思われるが見つからない様子で、今にも「あれぇ?あっるぇぇ?」という声が聞こえてきそうだ。

巻き戻しの魔法には音声は含まれない。ただ術者の能力に応じた時間ぶん、固定した場所の映像をさかのぼって写すだけで色すらない上に早送りもできないのだが、十分な手掛かりになる。


「いつまで鍵探してんすかね、この人」


先ほどからずっと女性が鞄をひっくり返して鍵を探す様子を眺めている。

しまいには胸の谷間へ手を突っ込んでいる。

そこにはないだろうよ!


何してんだお前ら、と巡回から帰ってきた団員たちに声をかけられるが、今集中してるから後にして、と石碑(映像)から目を離さず先輩が答える。

またあいつらがなんかやってるだのなんだの聞こえてくるが聞こえないふりをしよう。


「お前さん、まだまだ青いね」


なにやら芝居がかった口調でデルーマン先輩が言う。


「なにがっすか」

「おっぱいばっかり見てるお前さんにはまだ見えてないんだよ。重要なところがね…。映像分析歴1年の俺様にはもう、見えてるぜ」

「浅っ!キャリア浅いなぁ。ていうかおっぱいばっかり見てるとか決めつけないでくださいよ」


そう言いつつもじっと目を凝らす。

いや、やっぱり不審なところは……と思ったとき、女性の背後、路地の入口に映る黒い影に気が付く。


「この影…」

「おっ、来たか。俺の高みまで…。そう、その影よ。わかっただろう?」


確かに影が女性の方を窺うように映り込んでいる。

固定された画角の端なので見切れており、特徴をつかむには至らないものの誰かがそこにいる。


「そうっすね、これ絶対」

「そう、このタイトなワンピースにパンティの影が映らないってことはこの女性はノーパ」

「マジちょっと静かにしてて先輩」


この人絶対さっきの下着紳士のせいで頭の中がピンクになってるよ……。


気が付けば鍵を見つけた女性が自宅へ入るその瞬間だった。

先ほどまで陰に隠れていたその何者かがそろり、と姿を現した。

明らかにこのタイミングを待っていたのだろう。

鍵を差し込んだことを確認して踏み出したように見えた。

自宅にふらふらと入っていく女性の少し離れた背後から部屋の中を伺っているようだ。

扉が閉まった後もしばらくその場に立ち止まり、じっとその部屋を見つめている。


「この人物、男、ですかね」

「なんとも言えねーなー。若干小柄な男か、少し背の高い女か。そこは先入観で決めつけるのは危険だな」


足首まで隠れるフード付きの黒いローブ(黒く見えるが紺などの濃い色の可能性がある)を前もしっかりと閉じて着用しており、個人を特定するほどの特徴は掴めない。

フードに隠され顔はほとんど口元しか見えていない。

男性とも女性ともとれる身体つきであり、細身だ。

編み上げのサンダルを着用しているが、このタイプは現在男女問わず流行している形なのでここも性別の判断ができる要素にはならない。


「うーん、これだけだとどう調べたらいいのか。張り込みとかですかね」


僕がこの不審な人物の特定をどうすべきか頭を悩ませていると、先輩が珍しく真面目な顔つきで


「それもそうなんだけどよ、ここからが変なんだよ」


と、つぶやきそのまま黙ってしまう。

何のことだろう、と映像に目を戻すも何の変化もない。


ん?何の変化もない?ふと違和感がこみ上げる。

酔っぱらいの女性が部屋に入ってからもうしばらく経っている。が、この人物はそのあともずっとこの場から動いていない。

微動だにすることなくまだ彼女の部屋のドアを見つめているのだ。


「な、なんだか、ちょっと、気持ち悪いですね……」

「それがさ、さっき途中まで見たんだけどずっとこうやって女の子の家見てるんだよ」

「うえ…。マジでヤバいやつじゃないすか。でも、見てるだけでこの人物が放火したわけじゃないんですか?」

「それがなぁ。なんともわからねぇ」


僕は首を傾げる。

イエス、でもノー、でもなくわからない。

放火なら巻き戻しの魔法によって犯人が映し出されるはずなのだが、事前に先輩が確認した時には何もなかったということだろうか?


「まぁ、もうちょっと付き合えよ」


デルーマン先輩はそう言ってふん、と一息つくとまた真っすぐ映像に目を戻し押し黙った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


不審な人物が確認されてから一時間ほど経った。

落ちかけていた夕日はすっかり暮れ、細い月が薄目で僕たちを見下ろしている。

雰囲気はすっかりナイトシアターだ。

それだけの時間が経っても、いまだあの謎の人物は微動だにすることなくドアを見つめている。


「ここまでくるとマジで怖いっすね…。なんか怨念めいたものを感じますよ」


僕はここまで何かに執着したことがないのでその気持ちはわからない。

わからないものは、怖いのだ。人間とはそう作られている。


「あは、アタシこういうのこないだの記念祭で見かけたわよ。空気椅子みたいなポーズで全く動かないの!すごーい、と思って大銀貨あげちゃった。給料の使い道なんてないしね」

「大銀貨?もったいねぇ。てかそれ大道芸人だろ?アレとは違うだろ、変なポーズも取ってないし」

「それだけあったらたまにはちゃんとした晩飯食いますね。僕は」


アンネ先輩がお疲れちゃん、と僕とデルーマン先輩に飲み物を差し出しながら現れた。

第二治安保持部救護係に所属するアンネ先輩はこの放火事件の担当の一人だ。


本来なら艶のある長く美しい栗色の髪の毛は、忙しさのあまり手入れが行き届かずバサバサ。本人よろしくあっちこっち気ままに飛び跳ねる毛先の様子を見る限りしばらく自宅にも帰れていないのだろう。

化粧をすれば引く手あまたであろう(個人的な意見だ)整った顔立ちも肌は荒れ、目の下のクマが荒んだ日々を連想させる。


救護にいる団員の中でもかなり小柄で、デルーマン先輩の横にちょこんと座る姿はまるで親子だ。

実際はデルーマン先輩とは親戚で、従姉にあたる関係らしい。

アンネ先輩がデルーマン先輩のふたつ上の年齢で、傭兵団でのキャリアも長い。階級はデルーマン先輩と同じく係長だ。

以前は治安部隊にもいたようだが、赤い制服は魔ッポって馬鹿にされるから嫌!という理由で救護に移っていった。

現在は救護の青い制服をゆるっと着こなし、可愛らしいフォルムからうちのマスコット的な人気を博している。

ただ、その可愛らしい見かけに反して内に秘めたる毒は強いので取り扱い注意なのだが。


「アンタが言ってた見てほしいものってこれ?石碑に転写て。他になんかなかったの?ウケるんですけど」

「うっせ」

「でも巻き戻しヘタクソなのによくやったじゃん」

「…うっせ」


あ、デルーマン先輩嬉しそう。


「石碑泥棒が出たって通報あったのアンタだったのね」

「……」


気まずそう。


「団長には黙っといてあげる」

「……アリガト」


え!?通報されてたのこの人!?とツッコみたい気持ちはやまやまだがこの何とも言えない薄桃色の世界に口は挟めない。幼馴染とか、憧れるよね。


「………ん?」


何連勤なの?9連勤、くらい?頑張ってんじゃん、そっちもな、などと隣でまろやかな言葉のやり取り(本人たちの気持ちはともかく女っ気のない僕らにはそう思えて仕方ない)に心のささくれをむしられつつ黙って映像を見ていたら、謎の人物に動きがあった。

かなりの時間女性宅を眺めていたのに何をすることもなくその場を離れたのだ。


「えぇ……?どういうことですかね?」


これだけその場に留まっておきながらなんの動きも見せずに去っていった不審者。

これで終わり?と隣に顔を向けるも、まだデルーマン先輩は映像から目を離さず黙っていた。


「あのー、なにもなかったよってオチじゃ……」

「いや、ちょっと、え、なんで?」


困惑しつつデルーマン先輩に話しかけた僕を遮ってアンネ先輩が驚く。

何か動きがあったのか、と映像に向き直る。

視線の先には誰もいない、何もないはずのドアが独りでに燃えていく様子が映し出されていた。


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