巻き戻しは大変です!


取り調べの結果、おじさんの所持していた下着は自身で購入していたことが判明した。

未遂とはいえ露出願望のある犯罪者予備軍であることには変わりないので、自宅内で欲望を吐き出すことを約束し釈放された。


素晴らしかったです、また来ます。と言うつやつやしたあの笑顔を見る限り近々詰所でお会いすることになるだろう。

頼むからもう来んな。


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「いやぁ、絶対クロだと思ったんだけどなぁ」

「えぇ、下手したら例の下着泥棒よりもアブナイ人でしたね」


詰所で先輩と並びながら報告書をせこせこと書いている。

他の団員は通報やら捜査やら街道警備やらで出払っており、二人きりだ。嬉しくもないが。


あ、これか、という声が書類の山の向こうから聞こえたので隣を覗き込むと、先輩の手には例の放火の報告書と証拠捜査依頼書があった。


僕たち傭兵だけでは手が回らないケースも多く、その場合は提携している民間の術師斡旋会社へ捜査補助の依頼を出すこともある。

僕もそういった依頼を請け負っていた魔術師上がりの傭兵だ。


魔術師の仕事は多岐にわたり、傭兵団からの捜査補助の依頼や迷い猫探し、イノシシ狩り、要人警護、裁判の弁護まで様々で、それぞれそのジャンルのプロが仲介人を通し請け負う仕組みになっている。


今回のケースは証拠捜査の依頼なので、現場の調査と周囲の住民に聞き込みをして、その結果を報告書にまとめることで完了となる。


腕の立つ魔術師なら«巻き戻し《ヴォルタ》»の魔法を使い事件の発生時刻の映像を記録用スクロールに写して提出するだけで完了なのだが、そこまでの技術を持つ人材は極めて少ない。


総人口5万人、滞在人口まで含めると相当な人間がひしめくこの街では魔術師の仕事は多い。

個人が依頼を出すことも可能で、要人警護などは多額の報酬が期待できることもあり争奪戦になる仕事だ。

実績を積み知名度が上がれば指名での依頼が舞い込むようになるので、そこまでたどり着いた魔術師は地位も名誉も手に入る。


わかものが憧れるのも納得のいく職業だが、現実は害虫の駆除やら運搬補助やら雑用の要素が強く、夢破れる者が後を絶たない。

そういった背景もあり人材の質はピンキリで、無駄な経費になってしまうこともある。


極力依頼は出さないように、というのが本社(首都の傭兵団本部のことを皮肉を込めてこう呼ぶ)の方針だが、そんなこと言ってられっか!それならテメーが働け!というのが僕らの本音だ。


「これまだ現場の解析終わってないのか。……俺、ちょっとメシ買ってくるわ。何食べたい? オッケー、俺と同じやつね」


唐突に立ち上がった先輩は質問を投げかけておきながら僕の返事は待たず詰所を出て行った。

なんてせっかちな、いやそもそも聞く気なかっただろ。なにより、


「僕今日早番でもうすぐ上がりなんですけど……」


一昨日から詰所に缶詰でほとんど寝る暇もなく巡回警備に出ていた僕は、今日の昼過ぎにはようやく仕事から解放される予定だった。


「これも僕がやれってこと?」


隣にも同じく山積みになった報告書の山を眺め途方に暮れた。


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「こんなところで寝たら風邪ひくわよジルちゃん!」


結局先輩が戻ってきたのは夕方になってからだった。

ステレオタイプのオカンのようなふざけた口調なのが不快指数をぐん、と跳ね上げる。


疲れ切ってデスクで突っ伏して寝ていた僕に冷めきった鳥の揚げ物と、ふやけきったドーナツを差し出した。


「ほら、昼飯。まだだろ?」

「昼飯?……今何時だと思ってんすか」

「そんなこと言って俺の帰りを待つお前が可愛くて仕方ないよ。キスしていいかしら」


なんてふざけた上司なのだろう。そういえばキスなんて三年前、今くらいの季節にこっぴどく振られた彼女としたのが最後だったか。

マジで勘弁してくださいよ、と呆れる僕の隣に腰掛け、揚げ物をほおばり始める。


「で、どうだったんすか。放火現場」

「やっぱ気づいてた?気になっちゃってさ」

「まぁ、流れ的に。あの後先輩の報告書仕上げたの僕ですからね。埋め合わせお願いしますよ」


文句を言いつつ退勤の時間が過ぎてもこうして彼を待っていたのは、この人が事件の匂いを嗅ぎ取って現場を見に行ったのだろう、という予測があったからだった。


現場での二年は経験として大きな差がある。この先輩の勘を僕はちょっとだけ信用しているのだった。


「重い話と軽い話があるんだけど、どっちから聞きたい?」

「え、なにそのありがちな質問、キモイ。どんぐらい重い話っすか」

「最近実家に帰るとおふくろがさ、あんたに何もしてやれなかったからこんなんになっちゃってって泣くんだけどってレベル」

「あー絶対重いそれ!もうイイっすそのレベルの重い話聞きたくない!とりあえず軽い話からで」


なんだよ、聞けよ、と口を尖らせつつ先輩は一枚の紙を差し出す。


「何ですか?これ」

「軽い話の方。さっきの露出おじさんの連絡先。お前に渡しといてって言われてたの忘れてた」


マジで風船より軽いっすねクソむかつく、と言いながらそのまま魔法で燃やす。

かわいそうにー、とへらへら笑うこいつも燃やしてやろうか、と思うが話を続ける。


「で、もう一個の話はなんなんすか」

「例の放火のやつ、«巻き戻し《ヴォルタ》»使ってみたんだけどお前も見てくんない?」

「え、すごい。っていうかそれのどこが重いんすか。何かやばい内容だったんですか?」


デルーマン先輩は傭兵団でも多くはない巻き戻しの魔法が使える団員だ。成功率は高くはないけど。

珍しく成功した巻き戻しに何か重要なシーンが写っていたのか、と生唾を飲みながら尋ねる。


「まぁ見たほうが早いや。外に置いといたから行くぞ」

「外?なにを?」

「俺スクロール持ってなかったからさ、代わりに近くにあった石碑に巻き戻して記録したんだ」


どういうこと?と、言っている意味が分からずに停止していると、やれやれ的な口調で


「ここまで持ってくるの大変だったんだよ。だから遅くなっちゃった」

「いや重い話って、物理的に!?」


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詰所の玄関の脇に地域の歴史と、周辺の道を転写した大きな石碑が鎮座していた。

母親の苦悩レベルで重たい石碑を詰所の中まで運ぶのは断念して結局はその場(詰所前)で記録した映像を見ることになった。


『日』の季節はその名の通り日の時間が長い。

日の出は早く、日が落ちるのはのんびりで、夜は短い。

夕方には日中の暑さは鳴りを潜め、心地よい風がどこか解放感を伴った爽やかさと家々から漂う夕餉の香りを運ぶ。

夜の時間に差し掛かったこの時間はゆったり暮れていく夕日と相まってほんのりと暗く、しかしオレンジの薄明かりがなんとも言えないノスタルジーを掻き立てるのだった。


女性と歩くならきっと良い雰囲気なのだろう。経験はないが。

手でも繋いで、晩御飯は何にする?なんてうふふ、と笑いあいながら家路につくのだろう。経験はないが。


そんなムーディな空気の中、僕とデルーマン先輩は二人体育すわりで石碑に投影された昨晩の放火現場の映像を見ていた。


この薄暗さ、投影された白っぽくやや粗い映像、なんだか……


「なんか、映画館みたいだな」

「やめてください僕も思いましたけど言葉にしないでください」

「飲み物でも持ってきたら良かったか……。あ、ほら、始まるぞ」

「耳元で囁くのやめて!映画デートっぽくしないで!鳥肌たつ!」


まだ女性と行ったことないのに…。


映画館はここ数年でできた新しい娯楽だ。

記録の魔法と投影の魔法を同時に一つの魔道具にかけ、最後に保存の魔法を二重にかけることで実現したらしい。

お気に入りの演劇をいつでも見られると今やカップルの人気デートスポットだ。


「……背景に石碑の文字がうっすら透けててなんかずっとエンドロール見せられてるみたいなんですけど。」

「俺がそんな精度の高い«巻き戻し《ヴォルタ》»使えるわけないだろ。」

「せめて石碑の裏に転写しろや!そもそもねぇ、僕は本来やぁっと家で眠れてるはずだったんですよ。それがなんでこんなことに……」

「悪かったよ、ってかここからだ。犯人っぽいのが写ってるとこ」


ぽいって何?と思いつつ、二人してずい、と身を乗り出し映像を確認する。

不本意にも肩を寄せ合う僕たちは仲の良いカップルのようだった。

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