第04球 仮初めの投手

          2014年 8月24日 練習試合


     スターティングラインナップ

 後攻:大沢高校       先攻:東領高校

① 遊   西 川     ① 投   神 谷

2 三   東 条     ② 中   大 島

3 右   外 崎     3 三   木 村

④ 一   山 岡     4 捕   島 崎

5 二    林      5 遊   下 山

6 左   川 上     6 一   会 田

7 中   薮 下     7 二   和 田

8 捕   南 山     8 右   佐 藤

9 投   野 崎     ⑨ 左   溝 口

※打順の〇数字は左打者




     1回表 無死 0ボール1ストライク


 傾いた帽子を被り直すために帽子のつばを右手で持つ。


「ナイスボール!!」


 大きな声が聞こえ、同時にボールが返ってきたので帽子を被り直す前に外野手用の黒いグラブで受け取る。普段ならグラブの下には守備用の手袋を着けている僕だが、投手は手袋の装着やテーピングなどをしてはいけないルールがあった。そのせいでボールの取り方を失敗した僕の中指と薬指に硬球の重い感覚が指の芯にまで伝わってくる。自分のボールをさばく技術力の低さに少しテンションを下げるが、帽子を被り直すと南山を見ると、気持ちの迷いが無くなり、切り替えて次の投球に集中する。


(もう1球、同じところに投げる)


 1球目の先ほどと同じ場所、南山のミットをめがけて全力で投げ込む。


     ザザッ  バシッ!


「ボール!」


 主審の首が左を向く。同じように投げたはずの僕が投じたボールは、先ほどとは異なった位置、ミットは先ほどよりもストライクゾーンと呼ばれる枠の大きく外側にあった。


「オッケー! オッケー! ローボール良いよ!!」


 南山はそういって僕に対して鼓舞するような大きなかけ声をかけながら返球する。初球と同じ場所にボールを届かせるようにもう1球。同じ意識で投げ込むが2球目と同様にボールは枠から外れる。南山からボールを受け取るとグラブを一度外し両手の手のひらでキュッキュッと音がなりそうなぐらいボールを拭いた後、グラブをはめ直し、サインを確認した後にフゥと息を吐き出す。


(とりあえず真ん中でいいや。ストライクが入らないと試合にならない)


 南山のミットの位置は1球目からずっと変わらずに南山の左膝、アウトローにあった。それでも僕は南山のミットではなく、右肩をめがけて思いっきり投げ込む。


     ザザッ  キンッ!  ガシュッ


 バットはボールの下をかすめ後方に飛ぶとバックネットの金網に当たる。だいぶ甘いところに入ったが、とりあえずは良しとすることにした。カウントは2-2。追い込んだ状況、変化球のサインが来ると思っていたが南山のサインは真っ直ぐだった。意外なサインに驚いてしまったが、感情を顔に出さないように僕はただただ南山の指示通りに”まっすぐ”を投げ込む。四球を恐れた僕の投球は案の定、南山の構えた位置より甘く、再び右肩のプロテクター付近に入り僕の投じたボールは捉えられる。打球は素早い速度で僕の左側を弾まずに通過した。


「セカンッ!」


 南山の声が聞こえ、僕が振り返るとはやしが既に打球の正面にいた。守備練習で見慣れた、鮮やかな身のこなしで捕球をするとステップを踏み一塁に送球しアウトを取る。


「ナイッセカンッ!!」


 僕は一塁を守る山岡やまおかからボールを貰いながら、林に向かって指を指しながら言う。林はごく普通のように人差し指を立て、周囲にアウトカウントを連呼していた。


(これが当たり前なのか)


 今までの僕は野手としてアウトを取って投手を支える側の人間だった。今の僕は支えられる側に立っている。この気持ちは今までの感覚とは似て非なるものだった。後続を無事に抑え、初回は三者凡退でマウンドを降りる。


(ファインプレーとか三振とか、僕が活躍してアウトを取ったわけじゃないのに。なんだろう、この楽しさは……)


   早く、早く。もっとマウンドに立っていたい


 野球は点を多く取ったチームが勝利する。投手は相手の攻撃をしのぐための守りであり、自分のチームに勝ちをもたらす時間では無い。負けないようにしのぐのが投手としての役目。そんなことは頭では分かっている。それなのにマウンドに登り続けていたい不気味な感情に、僕は完璧に支配されていた。


 1回裏は西川と山岡の安打で一点を先取する。3回表、二死から神谷の安打と大島の四球でピンチを迎えていた。




     3回表 二死一二塁 0ボール0ストライク


 今日、2個目の四球を出し、心が痛みそうになる。このとき、僕の投球数は60球ちょうどであった。アウトカウントを右手の人差し指と小指を立てながら周りに声をかけて落ち着こうとする。左打者が三人続いた後の右打者。南山は基本的に打者のアウトローに構えているため、久しぶりに南山の位置が動いた。そのため、どことなく投げにくさを僕は感じた。サインを確認すると、グラブを顔の高さほどに上げグラブの中に右手を入れて静止する。南山を凝視し、ただただ全力で投げ込んだ。


 南山の構えた位置、アウトローではなくインコース側に甘く入ると気持ちの良い金属音が鳴り、打球は僕の頭上を越える。二塁ベース後方で打球が落ちると、二塁ランナーの神谷が三塁ベースを蹴っていた。藪下も西川を経由して本塁に投げるが間に合わなかった。一貫したプレーが一通り終わると本塁への送球カバーに来ていたため、南山の隣を通過しながらボールを受け取りマウンドへと向かう。通り過ぎるときに南山から声をかけられる。


「四球の後は(ストライクを)狙われるのに甘すぎる。ビビってないでドンと投げ込んでこい! 今日はお前が投手主役だ!」


「……おっけー、わかった!」


 南山の言葉を受けた僕は、後続を無事に抑える。しかし点を取られてしまった。特に四球が絡んでいたことが僕自身を許せない要因であった。

 その裏、山岡のセカンド併殺打が崩れている間に三塁ランナーの東条が生還し、またも勝ち越しをする。4回表は三者凡退で抑えたが投球数は80球近い球数であった。


 僕の疲労はだいぶ蓄積されていたらしく、少し身体が重いのが自分でも分かった。しかしその裏、先頭打者の川上が安打を放つとチャンスが回ってくる。




     4回裏 一死 一塁 3ボール2ストライク


 南山は背が低い割にはどちらかと言えば線は太めであったため、打席での構え方によってはもっと打ちそうに見えるのだが、なんとも頼りない。それでも、フルカウントまでもつれ込むと、ボールは大きく外に外れたため、四球となった。そう、2打席目の僕にチャンスで打席が回ってきたのだった。


――――――――――――――――――――――

登場人物Profile(2014年 4月時点)

西川 康介にしかわ こうすけ

大沢高校 1年D組

身 長 :162.1 cm 

体 重 :51.4 kg

投 打 :右投げ左打ち

守備位置:遊撃手、二塁手、三塁手

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