牽制球 第1球 冬練習の後で -前編-

          2015年 1月某日 19時2分


 学校の授業が終わり平日の放課後練習をしていた僕たちは下校予定時刻になったことで今日の練習が終了した。そのため、僕たちは一年生のみが利用している部室に戻ってきていた。すると、真冬のこの時期に制服の上からウインドブレーカーを羽織った背の低い男が一人、教室のように並んでいる最前中央の学校机と椅子に座りながら英単語帳とノートを開いていた。


「やっと練習が終わったんか!!」


 僕たちが部室に入るやいなや大声を出して首だけ上を見上げると座りながら背伸びをする南山みなみやま。この騒音のような声が毎日、練習でくたくたになった僕たちの身体に襲いかかる。最初はウザったらしかったが、そんなことにも僕たちは慣れてきてしまっていた。南山は今、練習に参加することが

 野球バカが文字通りに似合う南山は、高校の授業についていけていないらしく、1年の2学期中間テストで、8教科中赤点を6枚も出したのだ。そのため、みかねた監督には練習より勉強をしろと命じられ、僕たちが練習している間、彼は勉強を部室でし続ける軽い軟禁状態だったのだ。


「バーカッ! うるせぇげんて!!」


 薮下やぶしたが南山に対して怒る。無理もない、冬の練習は硬球をまともに扱えるための筋トレが主な練習メニューになるため、練習後は筋肉の疲弊のせいで身体中が重くだるいのだ。練習で疲れていない元気な姿は、正直に言えば憎かった。


「お前こそ、どうせAVでも見とったんじゃないん?」


 藪下の怒りを抑えてあげるかのように、煽るような口調で田口たぐちが南山に向かって言う。


「見てねーわ! 俺、彼女おれんぞ!」


 そう、南山には彼女がいた。彼女がいても見る見ないは別の話だと思うのだが。そして余談だが、1年生の中で南山と藪下の2人には彼女がいることを僕たちは知っていた。


「じゃあAV見ないん?」


 田口が南山をまたイジるように発言する。


「それとこれとは……」


 モジモジとした返事、なんとも分かりやすい。本当に簡単に遊ばれてるなぁと思いながら着替えを始めつつ横目で南山の横顔を見る。


「もちろん、歩美あゆみが大好きや! だから俺は早く練習に参加して活躍した姿を見せたい!!」


 その発言に、おぉと周りが少しざわめくと田口がニヤニヤと笑い出す。


「なにお前、さっきから変なこと聞くと思えばニヤニヤしとるし」


 南山が田口に向かって言うと、おもむろに自分の鞄からスマホを取り出し画面の操作をする。そして、画面を南山に見せつけるように持ち返ると先ほど南山が話した言葉がスマホから流れる。


『もちろん、歩美あゆみが大好きや! だから俺は早く練習に参加して活躍した姿を見せたい!!』


 そう、田口は南山の発言を録音していたのだ。


「お前っ!!」


 南山は続けて言葉を放つよりも音声データを早く消したいため、田口を捕まえようとするが田口も危機を感じて脇目も振らずに部室から逃げ出す。当然のように南山も田口を追って部室から出る。勝敗は元々の足の速さや持久力など関係ないだろう。冬の練習に参加をしているのといないのでは身体の疲労は大きく違うのだから。

 10分も経たずに南山は田口の首根っこを掴みながら部室に入ってきたが、東条とうじょう西川にしかわが面白おかしくそれをはやし立てながら、田口への拘束を解くために南山をなだめる。そんな状況が続き他の部員は着替えたり道具の手入れをしていると、僕達一年生全員のスマホが一斉に鳴った。全員のスマホに通知が来たらしく、それを見たであろう山岡やまおかが爆笑し始めると彼のスマホから先ほど流れた南山の音声が部室内に流れた。そう、僕たち野球部一年生のグループチャットに投稿されてしまったのだ。


 正直、自分の彼女を大好きとはっきり言えることは素晴らしいことだ。それでも、思春期真っ盛りの僕らにとって、南山の発言はとても恥ずかしいことだ。

 山岡のスマホから流れると、目が泳ぎうろたえたのか南山は自分の席に座り机にうずくまる。東条や西川がフォローするが、あまりにも南山の姿が可哀想すぎたので、僕たちはその音声データを保存せず、田口はそのデータを削除することでこの場限りの話にする方向で収まった。


「てかさ、お前らはどこまでヤったの?」


 藪下が放った一言のせいで、収まっていたはずの南山へのターゲットが猥談へと移行し始める。


「いや、それが……その」


 どもりながら話すので、田口や藪下が少々イラだちを見せながら話を催促するように盛り上げる。


「この前さ、クリスマスの時に歩美の家に行ったんだけどさ」


 うずくまっていた体勢はすでに普通に椅子に座っており、先ほどまで本当に落ち込んでいたのか疑いたくなるぐらい自分のことについて饒舌に話し始める南山に僕は度肝を抜かれる。


「もしかして!? お前!!」


 続きが気になり早く話せと言わんばかりに藪下は下手くそな相づちを打つ。南山の話にほとんどの部員が興味を持っており、ほとんどの部員は着替えの手を止めるかスマホをいじる。高校生の僕らにとって興味ない奴の方が少ない話題であった。それでも僕は手を止めず、ただただ制服への着替えを続けていた。


 南山がクリスマスに起きた珍事件に対して、その話を聞いていた他の部員たちはジェットコースターのようにリアクションを取る。高校生なので当たり前と言えば当たり前だったが、どうしても幼稚に見えてしまった僕は携帯の通知を気にしながら着替えを終える。もちろん、返事など誰からも来ていない。


 椅子に座っていると、僕の視界から窓の外から皆が練習で飲むドリンクの容器を洗っているマネージャーたちの姿が見えたので、僕は南山の話を聞かずにするりと部室を出た。

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