第06球 一年生大会

          2014年 10月18日


 秋季大会を一回戦敗退で終えた僕たちは、僕たちだけの準公式戦、一年生大会を迎えていた。一回戦の相手は金丸かねまる高校である。金丸高校は私立校の中では唯一甲子園への出場機会が無いが、新設の高校であるため県外からのスカウトを中心に近年、着実に力をつけている高校である。金丸高校のグラウンドに着くと、アップを始める。僕と南山は肌寒い気温であったため、個別に入念なアップを取る。あの試合以降、投手として練習に参加をしており、投手歴2ヶ月の僕は正直ビビっていた。僕たちよりも背が高くて線が太い、同い年とは思えない体格。


(僕を倒しに来るんだ、あんな立派な体格をした奴らが僕のことを本気で叩き潰しに来るんだ)


 僕の頭の中ではどうしたら最高の結果になるのかではなく、どうしたら迷惑をかけずに済むのかネガティブな感情ばかりが僕を包み込む。ライトスタンドのポール付近で身体をほぐすが、どれほど入念にアップをしても中々、僕の身体は、手は暖かくならない。目が泳ぐ中、チームメイトのアップの声が耳をかすめる。


(……うん、僕は大丈夫だ)


 一人で戦うわけじゃない。無理矢理にでも自分の気持ちを落ち着かせるように心の中で何度も言い聞かせた。




 後攻:金丸高校       先行:伏沢高校

① 中   清 水     ① 遊   西 川

② 二   今 野     2 三   東 条

3 左    泉      3 二    林 

④ 一   飯 岡     ④ 一   山 岡

5 遊   南 雲     5 左   田 口

6 投   坂 口     6 右   外 崎

7 捕   山 田     7 捕   南 山

⑧ 三   大和田     8 中   薮 下

9 右   森 本     9 投   野 崎

※打順の〇数字は左打者


 オーダー発表を終え、試合がもうすぐ始まるのだ。


 初回の僕たちの攻撃は、三者凡退ですぐに終わると僕はマウンドに登る。野球経験者しかいないこの場所、さらにはここにいる野球でスカウトされた相手チームの選手たちにとっては僕の姿は滑稽だろう。黒い外野手用グラブをはめて、僕はプレートから足を縦に並べるように歩きながら歩数を数える。


 6歩目に右足を着くと、左足で右足のつま先の前を掘る。視界に入る自分よりも前に掘られている足跡は、嫌でも僕との実力の差を見せつけてくる揺るがない物として存在し続ける。僕の肉体と心も支えていたはずであった地面は、知らず知らずに僕の心を蝕んだ。


 金丸高校の攻撃はすさまじく、僕の2ヶ月限りの投球術では打つ手などあろうはずも無かった。僕は連打に連打を浴び、2回に大量失点をしたところで降板した。それでも、僕たちは10名しかいないため、ベンチで反省している余裕など無く、僕はそのまま守ったことの無い二塁手として守備についた。



選手交代 3回裏

投→二 野崎、二→遊 林、遊→投 西川、左 田口→川上


   大沢高校

① 投   西 川

3 遊    林

5 左   川 上

9 二   野 崎

※打順の〇数字は左打者


 僕の次に登板した西川は僕より相手打線を抑えることが出来たが、そこから反撃をする余地も無く5回表が終了し、こうして僕たち一年生だけの公式戦は、無残な結果で終了した。




 1年生大会:金丸 12 - 0 大沢

   1 2 3 4 5 計  H E

大沢:0 0 0 0 0  0  1 0

金丸:3 6 1 2 X 12 13 0

勝利投手:坂口

敗戦投手:野崎


本日の成績(野崎):

1打数0安打 1三振 打率 .000

2回 投球数 75球 打者 19人 被安打 8本

   四死球 5個 奪三振 0つ 防御率 40.5

   失点 9 自責点 9 暴投 1






          2014年 10月20日 17時41分


 籠の中には大量の硬球が入っている。それをブルペンの投手プレートの近くに置き、トスバッティングで使う小さな防球ネットに向かって投げ込んでいた。すると、監督が僕の元まで歩いてくる。


「まだ投手として活躍したいか?」


 聞かれた理由は分かっている。あの試合の不甲斐ない投球内容。そこで話されたのは投手として必要な”才能”の話だった。

 今まで投手なんてしたこと無かった僕。仮にやっていたとしても知らなかった話。そこに出た内容で僕が有している物は一つも無かった。下を向き、深く考えるが僕の答えは変わらなかった。肩で息をしながら監督の目を真っ直ぐ見て答える。


「……はい、やりたいです」


 ボロボロに打たれた。多分、チームのことだけを考えるのであれば僕はもう投手をやるべきでは無いのかもしれない。それでも、諦めきれなかった。


 あの山の上に立てる誇らしさ


 あそこでしか味わえない感情の高まり


 誰もが一度は憧れるあの場所に……


─── もう一度立ちたい ───


 それだけの感情が僕を動かす




 僕の回答を聞くと、その回答が来るのが分かっていたように僕がこの先投手として活躍できるかもしれない可能性として監督から提案をされた。


(そうか、その手があるのか)


 教えて貰った内容を頭の中で整理して、僕は再び投球練習を始めることにした。


 セットモーションでは、一塁側に左足を置きグラブを顔付近に持ってくる。


─── 僕は、僕は…… ───


 両足を揃えて、プレートのを踏む。左足を後ろに引くのと同時に右足を少し傾ける。それと同時に顔近くまで持ってきていたグラブをベルトの金具を隠すように置く。ベルトの金具付近にあったグラブを一度、首ほどの高さに再度、上げるが右足をプレートに沿わせ、左足を上げきるのと同時にグラブをベルトの金具位置、やや右足側に再び戻す。ヒップファーストを意識して体重移動を開始するのと同時に上体も曲げ始める。今までと変わらずに両手で円を描くように動かす。その際には左足は一度、三塁側方向に蹴り出し伸ばすような動作が入り、ピッチャープレートに対して右足首あたりから垂直に線を伸ばした位置に左足を地面に着地させる。両腕が肩ラインに並ぶと、左手のグラブで壁を作っていたのを胸元に引きよせ、それと同時に上体を捻りながら右腕を前に出す。今までの耳元から肘を通すイメージとは異なり、右手の甲を地面と平行になるように意識をし、ボールを人差し指と中指の二本の指先で回転をかけて投げるのではなく、ボールの回転が銃弾と同じように進行方向に向かって螺旋状に回転をかけるイメージ、人差し指の指先からボールを放とうとする。ボールを投げ終えると、体重が右側に大きく流れたため、右足を大きく開いて設置することで流れる体重を支える。僕の右足、膝から下にかけてユニフォームに土がついていた。




─── まだ、投手として…… ───


 時代遅れの新たな投手がここに誕生した。


――――――――――――――――――――――

登場人物Profile(2014年 4月時点)

東条 健輔とうじょう けんすけ

大沢高校 1年C組

身 長 :156.8 cm 

体 重 :49.2 kg

投 打 :右投げ右打ち

守備位置:三塁手、二塁手、中堅手、左翼手

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