みんなの思い出の場所

大盾亭最後の夜。客が女主人ミランダに今までの大盾亭の思い出を語っていた。


するとまた他の客が前に出た。


「そうだなぁ。俺の思い出はここで彼女から……別れ話を切り出された」

と男が言った。

すると周囲の客から残念そうに

「おおおおおおお……」

と声が上がった。


「いやまだ終わってないぞ! まだだ! その彼女と別れたあと新しい女性とこの店で出会った。ついさっき! で今からその子に俺とデートしてほしいって言う!」

すると客から

「おおおおおおおおおお!!!!!」

と声が上がった。


「イブリン! おいで!」

とその男は言った。


「えっ? 私? うそっ!」

「いいから! 呼ばれてるよ!」

「早く! 早く!」


と声がする。すると村娘らしき女の子が出てきた。なんだかみんなの前に出されて照れている。その女の子はみんなに促されるまま男の前に出た。


「イブリン。いいか。俺は残念ながらこの店にはフラレたって悲しい思い出しかない! だから今日最高の思い出をここで作らせてくれ! 将来俺たちの子供に聞かせられるくらいの。パパとママがこの大盾亭で出会ったって。そう俺に言わせるくらいの思い出を! イブリンどうか俺とデートしてくれ!」

男は言う。


「うん。分かった。いいよ」

女の子が言った。すると客から

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

と喜びの歓声が上がった。満足そうに見るミランダ。そしてエドガーがミランダの背後からギュッと抱きしめる。


「あっ! 次は私?」

と言ってウェイトレスをやっていたリナがミランダの前に出てきた。

「リナちゃん!」

「ミランダさん!」


二人はお互いに抱きしめ合う。


「えーーっと私実はここで働く前はずっと人見知りだったんです。引っ込み思案で人と喋るのが苦手で。でもミランダさんがリナの笑顔が素敵だよって言ってくれて。それで少しずつ自分に自信が持てたんです。怖かったお客さんも実は結構良い人が多くて。今では色んなお客さん相手でも接客出来るようになって。私この店で働いたお陰で自分のことが好きになれたんです。ありがとうございます。ミランダさん」

とリナが言うと客から拍手が起こった。

ミランダはリナを抱きしめた。


すると別の客がまたミランダの前まで来た。

「あー俺はなぁ。カミさんと喧嘩した時によくこの店に来てたなぁ。いや本当随分助かったよ。この店が無かったらひもじくて死んでたよ」

客から笑いが起きる。


「で、そのカミさんと別れることになって、子供の料理を俺が作らないといけなくなった。子供たちさぁ。俺の作る飯が不味いって言うんだ。俺はメチャクチャ困った。そこで俺はそこにいるエドガーに相談したんだ。そしたらエドガーが簡単に出来る料理を教えてくれた。それを作ったら子供たち美味しい。美味しいって喜んでくれて。ありがとう。エドガー。お前がこの店で働いてなかったら俺はずっと子供にマズイ料理を食わせてたよ。ありがとう。感謝してる」

と言うとその男とエドガーは抱きしめあった。

起こる拍手。



するとなんだか常連客の方が騒がしい。

「ギルロスいいからお前も出ろよ!」

「いや……ワシは……」

「早くお前ミランダのことずっと気にしてたじゃん」

「いいから早く」


するのミランダの前に殆ど無理矢理な感じでドワーフのおじさんAが現れた。ドワーフのおじさんAはギルロスと言うらしい。


「あーこうやって直接は言いづらいのう」

ギルロスは頭を掻く。


すると客から笑いが起きる。


「ワシが初めてこの店に来たのは娘が死んだ時だったんじゃ。娘は冒険者だったんだが、クエスト中にやられてしもうてのぅ」

ギルロスは言う。


「おおおおおおお……」

と悲しそうな声が客から漏れた。


「妻ももう死んでおったからのう。ワシは急にこの世で一人になった。その時のワシはもうヤケクソじゃった。酒場をハシゴしては毎日のように酒浸りになっていた。正直なにもかも嫌になっていた。自分の人生の全てが」


ミランダはギルロスを優しく見つめる。


「それでこの店に来て、飯も食わずに酒ばっかり飲んでおった。そしたらそこのミランダに随分怒られてのぅ。もう体を壊すような酒の飲み方はやめろ! って。栄養ある食事をしなさい! って。わざわざ頼んでもない料理を出してくれたりした」

エドガーとミランダは顔を見合わせ笑う。


「なんだかその気丈な様子がワシの死んだ娘そっくりでのう。この店が無かったらワシは毎日のように酒を飲み、酒に体をやられてとっくに今死んでいたじゃろ。なんだか凄く恥ずかしいセリフを言わせてもらうが……この店はワシにとってもう一つの家だった。ここにいる客もエドガーやミランダも、全員ワシにとっては家族じゃった。だからミランダ。エドガー。ありがとう。ワシにもう一つの家族をくれて」

ギルロスはそう言った。


思いがこもった拍手が起こる。ミランダはその言葉を聞いて思わず涙が出た。ポロポロ泣き始めるミランダ。ミランダを抱きしめて慰めるエドガー。


「ごめん。私から湿っぽいのは嫌だって言ったのに……ごめんね。つい……」

泣きながらミランダは言う。


「ごめんなさい……泣いちゃって……」

みんな親和的な雰囲気でミランダを見つめる。


「あ……そうか。私もみんなに、なにか言わないとな」

独り言のように呟くミランダ。


そしてミランダはみんなの前で少しずつ話し始めた。


「みんなありがとう。この店を大盾亭を大事に思ってくれて。みんなの言葉を聞いて私……なんだか泣いちゃって……」

周囲の客の優しい笑みが溢れる。


「ありがとう。みんな。みんなにとってこの店は思い出の場所で……」

言葉を詰まらせるミランダ。


「みんなの思い出の場所で……それが今分かった。この店はエドガーと 私。二人だけのお店だと思ってた。でもそうじゃなかった。みんなが来てくれて初めて大盾亭なんだって。やっと今分かった。だから……だから……今決めました!」

ミランダが息を呑む。ミランダに注目する常連客たち。


「お金のことはなんとかします! 大盾亭は続けます!」

ミランダが言った。驚く常連客たち。


「えっ? ホントか?」

「嘘じゃないよな」


ミランダに真意を聞く常連客たち。


「本当です! 店に来てくれる方がいる限り、この店は続けます!」

ミランダは言った。


すると


「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」

と歓声が響いた。


鳴り止まない拍手と歓声。その様子をミランダは潤んだ瞳で微笑みながら見た。


「よし! このタイミングじゃ! エドガー鍋を借りるぞ! キッチンに案内せい! デッカイ鍋が必要じゃ」

と言ってギルロスはエドガーに言った。


「えっ? 鍋になにを入れるんだ?」

エドガーが聞く。


「鍋に入れるのはみんなの善意じゃ」

ギルロスは言った。

「善意?」

エドガーは聞く。


そうするとギルロスはデカい鍋をもって全員のところを回りだした。


「みんな口だけで応援するだけじゃなくて金も出さんかい! 白銀の大盾亭には金が必要じゃ! だいぶ黒龍団に潰されたからのぉ。大盾亭を再建するんじゃ! 財布ごと入れてもいいぞ! なんなら家の権利書も入れてもいいぞ! 借用書は入れるな! この鍋にみんなの金を入れるんじゃ!」

ギルロスがそう言うとみんな笑って鍋の中にお金を入れだした。


「なぁにをお前! ケチケチするな! お前知ってるぞ! だいぶツケで飲んでたじゃろ! 大盾亭を復活させるんじゃ! 金が必要じゃ! 金になるもの全部宝石でもアーティファクトでもなんでも入れろ!」

ギルロスは言う。


「ギルロスさん! 俺家から金を取りに戻っていいか?」

「おう! 構わん! みんな! ありったけの金をこの鍋に入れてくれ! こんなにめでたい日はない! こんなにめでたい日はないぞ!」

ギルロスは涙目で興奮気味でそう言っている。ミランダはそれを涙目で微笑んで見ていた。



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