冒険者たちとの別れ
「ボクはヴァンパイアロードのミラーカ。こう見えて実は君より歳上だ」
ミラーカはそう言った。魔族……! ヴァンパイアロード! 嘘だろ! こいつなんでこんな昼間なのに平気でいられるんだよ。
「キミに会わせたい人がいる。ついてきて欲しい」
ミラーカはそう言って俺に手を差し伸べた。瞳は真っ赤に燃えた爬虫類の目だ。
「兄ちゃん! 大丈夫か!」
冒険者のおじさんたちが俺たちのところに駆け寄ってくる。するとミラーカは爬虫類の瞳から人間の瞳になり、俺から少し離れてフードを被った。
「あっ!」
全身が筋肉痛のように痛む。あっつつつつ……
「兄ちゃん! 一体なにが起こったんだ! ドラゴンの光線にやられたように見えたが」
冒険者のおじさんが言う。
「いてててて……なんとか生き残ったみたいですけどね」
「兄ちゃん大丈夫か……って兄ちゃん。なんだ
。その腕は」
冒険者のおじさんが言う。
「腕? あぁ!!!」
俺は叫んだ。俺の両腕はなんと! 魔物のような腕になっていた。だが、次の瞬間
「あれっ?」
人間の腕に戻っていた。
「なんだ兄ちゃん急に叫んで」
別のおじさんが俺に駆け寄る。よく見るとブラックドラゴン討伐隊の生き残りがほとんど俺のところに来ていた。
「えっ? さっき魔物の腕をしてたのに……」
俺の腕を最初に指摘したおじさんが呟く。え? 本当に俺の腕は魔物の腕だったのか? イヤでも俺の今の腕は人間の腕だ。
「あれっ? おかしいなぁ」
俺の腕を手に取りマジマジと見つめておじさんは言った。
すると別のおじさんが泣きそうな声で
「そんなのどうだっていいだろ! それよりも兄ちゃん! あんた俺たちの命の恩人だよ」
と俺に言った。
「いや本当ビックリしたよ。まるで神話の戦いだった」
別のおじさんが言う。
「ウソつけ! お前腰抜かして目を回してたじゃねぇか!」
と別のおじさんが言うとおじさんたちはドッっと笑った。
「違げぇわ! 変なこと言うな!」
とおじさんが否定するとまたドッっと笑いが起こった。
俺はその笑顔に改めて戦いが終わったこと知った。
「しっかし、なんだ! この巨大な槍は……」
おじさんがガヴォイセンの槍を手に取ると……
「うおっ!」
と言ってその槍を手放した。
「どうした」
「いや、なんだか、この槍を持った瞬間に口を開けたドラゴンが側にいる気がして」
おじさんがそう言う。
「立てるか。兄ちゃん」
俺はおじさんに手の差し伸べられ、やっと立ち上がる。
「しっかし、ヒデェなぁ。こんなに死体の山が出来て、言っちゃ悪いけどあれ明らかにあんたのリーダーの指揮ミスだぜ? 突撃しろとしか言わねーからな」
おじさんが俺を見つめて言う。すると俺の周囲にいるおじさんや若者たちがウンウンとうなずいた。
「そのことで……実は皆さんに伝えないといけないことがあって……」
俺は話し始めた。
ブラックドラゴンと国王の密約のことを。この集められたメンバーは全員死ぬために集められたということを。そして本来死ななければならなかった俺たちは生きている限り国王やシドたちから命を狙われるだろうということを。
俺は話した。
「なんだよ。それじゃ俺たちは国民の反乱を鎮めるための生け贄だってことかよ」
おじさん冒険者の一人がそう言う。
「どうりで金払いが良いと思った。最初から払うつもりが無かったんだな!」
若い冒険者がそう言ってパシッ! っと握り拳を手のひらで受け止めた。
「で、兄ちゃんはあの天空の大鷲のメンバーだったんだろ? なんで途中で真実を言う気になったんだ?」
おじさんが痛いところをついてくる。
「それは正直迷ってたんです。あれだけの人数、ひょっとしたらブラックドラゴンを倒してしまえるかも知れないって思った。だが甘かった。ブラックドラゴンは強すぎた。それに俺が話しても事態が変わると思えなかった。シドのあの性格です。俺が嘘つき呼ばわりされて終わってたと思います」
俺は言った。
「そうだよな。今なら信じられるが、俺たちもドラゴンに出会う前なら国王がドラゴンと交渉してるなんて荒唐無稽な話は信じなかっただろうな」
おじさんは言う。
俺はその言葉に泣きそうになる。
「俺は兄ちゃんを責められないよ。俺たちの為に命を張ってくれた。命の恩人だからな」
おじさんが俺の肩をポンっと叩いた。その優しさに俺は……
思わず涙を流してしまう。そうだ。今やっと気づいた。ブラックドラゴンに殺される冒険者たち。その光景を見て俺は罪悪感に押しつぶされそうになっていたのだ。
俺は泣き止むとおじさんの一人が言った。
「それで俺たちはこれからどうすれば……」
俺は言った。
「とにかくここから逃げましょう。ブラックドラゴンが戻ってくるかも知れない。そしてこれからは別々に生きた方がいい。名前を変えて過去を隠して。集団で暮らしていると一人捕まったら芋づる式で捕まってしまう」
俺は言った。
「俺、孫がもうすぐ産まれるのに! 会えないのかよ!」
おじさんの一人が叫ぶ。
「妹がいるんだ! 帰らなくちゃならないんだ」
お兄さんが言う。
「そっそんな! 母親を見捨てておけない!」
おじさんが言った。」
「好きに生きればいいと思います。俺たちがやるべきことは生きること。それだけですから」
俺が言った。静まり返る冒険者たち。
「じゃあ俺たちはそろそろ」
「そっそうだな。せっかくまだ生きてるんだから」
「じゃあみんな元気でな」
「あぁ! 元気で」
おじさんたちは口々にそう言ってその場から離れた。
「兄ちゃん。あんたはこれからどうするんだ?」
とおじさんの一人が俺に声をかけてきた。俺はチラリとミラーカを見る。ミラーカは俺にバーーカと口パクで伝える。なんだかおじさんとずっと会話をしているのが気に入らないようだ。
「俺はここで亡くなっている人たちの墓を作ろうって思ってます」
俺は言った。
「えっ? ドラゴンが戻ってくるかもしれないんだろ? あのシドっていう君のリーダーも俺らが死んだか確かめに来るかもしれない。墓なんか作ってたら……」
お前は死ぬかもしれない。そう言いたげに、おじさんは俺を見つめた。
「最後ぐらい人間として弔ってあげたいんです。みんなモノみたいに扱われてたから」
俺は死体を眺めながら言った。
「あぁそうか……じゃあ元気でな。兄ちゃん」
おじさんは俺の肩をポンっと軽く叩くと、なんだか気まずそうにその場から去っていった。
「さてと……」
俺は右手を意識を集中させる。そして右手に光が集まる。マテリアライズレベル2 その力を見せてもらおうか。
すると右手に輝くばかりのスコップが現れた。
「よしっ!」
目の前にスコップのステータスが表示される。
スコップ レベル86
武器としても使える。硬い岩盤でもこのスコップを使えば公園の砂場くらい簡単に掘ることが出来る。
すると……フラッ……っと立ちくらみがする。俺は足で踏ん張った。やっぱりマテリアライズの使いすぎは体力に来るな。
俺は無惨に倒れた死体を見た。
「待ってろよ。今墓穴を掘ってやるからな」
俺はそう言うとザクッっと地面を掘り始めた。
「おおっ! すげぇ! まるで地面がプリンみたいに柔らかい! これどんどん掘れるぞ!」
俺はテンションが上がりどんどん掘り出す。
「なにやってるんですか。ボクと一緒に来てくれるんじゃなかったんですか……え……と」
俺の名前が分からないのかミラーカはそう言う。
「クロードだよ。クロード・シャリエ。墓穴を掘ってるんだ」
俺は言った。
「なるほど。殊勝な心がけですね。クロードさん。でも申し訳ないですが、ボクは手伝いませんよ。意味が分かりませんからね」
ミラーカは呆れたように言う。
「あー大丈夫! 大丈夫。俺がやりたいだけだから。ミラーカはそこで応援してて」
俺は笑った。
「応援もしませんけどね。カロリー使いますし。ま、でもどうしてもと言うなら。フレーフレークロード。ぼっちで頑張れクロード。頑張れ頑張れクロード。ぼっちで頑張れクロード」
むぅ……それ応援になってるのか。邪魔になってるだけではないだろうか。
俺は構わず地面を掘った。
◇
そんな俺の姿を遠くから見る冒険者のおじさんAの姿があった。
「本当に掘ってるのか……? あいつ」
「おいどうした早く行くぞ」
別のおじさんBが言う。
「いやな、あの俺達を助けてくれた兄ちゃんが今墓を掘ってるんだ。亡くなった奴らの墓を」
おじさんAが言う。
「え? どうした? ブラックドラゴンが戻ってくるんじゃないのか?」
これまた別のおじさんCが声をかけてくる。
「ほっとけよ。数百人分の墓なんて無理だろ。どれだけ時間がかかるんだよ。馬鹿だな。あの兄ちゃんも。途中で諦めるさ。さぁ俺たちは行こうぜ」
おじさんBが言う。
「そうだな。ここでチンタラしてたら死ぬだけだもんな。さっさと逃げなきゃ! って、オイ! どこに行くんだ! お前」
おじさんCがおじさんAにそう叫んだ。
「ごめん。俺戻るよ」
おじさんAはおじさんCにそう言うとクロードの方に向かった。
「え? なにしてんだ? あいつ」
「墓を掘ってるのか?」
「……まるで聖人みたいだな。あいつ」
「知らねーよ。早くここから逃げ出さないと」
「俺は戻る。お前らは好きにしろ」
一人また一人クロードの元に戻った。
「俺あの兄ちゃんのところに戻るわ」
「えっ? どうして?」
「俺も戻る」
おじさん達は次々とクロードのところに再び戻る。
死んでしまったメンバーを人間らしく弔うために。
◇
「ふぅ! 疲れたぁ! 一人分の墓を掘るだけでメチャクチャ大変だな」
俺は言う。
「そりゃそうでしょ。そんなもの一人でやるものじゃないよ。どうせなら共同墓地にしたらどうですか? ガヴォイセンの槍を使うんですよ。デッカイ穴を作ったらそこに死体をポイポイっっと入れるだけで終わりですよ」
ミラーカは言う。やっぱり人間を捕食対象としてるヴァンパイアロードだから人間に対する敬意みたいなものはないのだろうか。
「それも考えたんだけど、それじゃなんか可哀想でさ。やっぱり一人ひとり作ってあげたいんだよ。墓穴を」
俺は言う。
「ふーーん。なんですか。その無意味なこだわりは。人間って本当無意味なことが好きですね。墓を作っても死んだ人間は生き返りませんよ」
ミラーカが言う。
「ま、そりゃそうだけどさ。その無意味なことに意味を見出すの人間なんだよ」
俺は言う。
「なんですか? それ。ボクはいつまでここで待てばいいんですか?」
ミラーカは呆れるように言う。
「すぐに終わるさ。おい。兄ちゃん。戻ってきたぞ」
聞き覚えのある声が聞こえた。俺はふと上を見上げる。
すると大勢のおじさん達が戻ってきていた。
「えっ? みなさん。解散したんじゃ……」
俺は言った。
「いいから手伝わせろ。みんなでやればすぐに終わる」
とおじさんは言った。
そこから俺たちは再びメンバーが集まって亡くなった人の墓を作ることになった。
分担作業をし、掘る人。土砂を運ぶ人。
スコップなどの道具は俺が作った。疲れていたので多少レベルが落ちたがそれでも
「兄ちゃんすげぇなぁ! こんなに硬い岩もザクザク掘れるぜ」
なかなか好評のようだった。
「あーー! なんかこういうノリ腹立つんですけど。みんなで一緒に頑張るみたいな!」
一人だけ見てるだけのミラーカがなんだか頬を膨らませて怒っている。
「なんか手伝わない私が悪いみたいな空気になってません?」
ミラーカは穴を掘っている俺に言う。
「そんな空気になってないよ。好きにすりゃいいだろ。ここに戻らずそのまま離れた人もいるだろ? 誰もその人たちのことを責めてない。心が動いた人たちだけがここで残ってるんだ」
俺は笑顔でミラーカにそう答える。
ミラーカはなんだか膨れ顔だ。
みんな自主的に動き近くの森林から木を切ってそれを棺桶にする人間まで現れた。
「兄ちゃんこの斧すごいな。凄まじい切れ味だな」
俺が造ったアーティファクトも手伝ってか凄まじい作業スピードで作業は終わった。
俺は亡くなった死体から装飾品を取り外した。
「クロードなにやってんの?」
ミラーカは俺に尋ねる。
「あぁこれはマジックタグって言ってね。見た目は装飾品なんだけど、魔力を込めたらこう」
俺はその冒険者の首飾りに魔力を込める。
すると冒険者の幻影が現れた。若い男性の幻影が宙に浮いたようになる。そして、喋りだした。
「ごめん。母さん。これを見てるってことは俺はもう死んだんだね。これを母さんに届けてくれた人。本当にありがとうございます。母さん。俺が残したお金は銀行の隠し金庫に入っている。ロック番号は母さんも知ってるあの番号だよ。あの金さえあれば一年間は暮らしていけると思う。じゃあね。母さん。マリアにもよろしく。それじゃあ、お元気で」
そう言うとその幻影は消えた。その首飾りにはルンドの村 エド・ハーフォード と刻印されていた。
今は死体となったエドの笑顔の幻影を俺は見た。
周囲が無言になる。そしてみんな無言でマジックタグを遺体から外しだした。
「必ず届けてやるからな」
「心配すんな。絶対に届けてやる」
口々におじさんたちの声がする。
◇
「よしっ! 意外と早く終わったな」
おじさんがそう言う。俺たちはおよそ数百人の遺体の埋葬をわずか4〜5 時間ほどで済ませていた。
多くの剣や盾など冒険者が使っていた武具の墓碑が並ぶ。埋葬は終わった。
「じゃあ。兄ちゃん。今度こそお別れだな」
とおじさんAが俺に言う。
「うん。そうですね」
俺たちは握手をした。と思ったら感極まったのかおじさんAは俺を抱きしめてきた。
「兄ちゃん元気でな」
俺を抱きしめながらおじさんAはそう言う。
「兄ちゃん。名前なんて言うんだ? 今度生まれてくる子供に兄ちゃんの名前をつけたいんだ!」
真剣な眼差しでおじさんは言う。
「クロード・シャリエです。今はお尋ね者の」
俺は苦笑いしながら言った。するとおじさんも笑って、ガバッっとおじさんAは俺に抱きついてきた。
「じゃあ今度こそお元気で」
俺は手を振る。
「じゃあな兄ちゃん」
「クロードお前も頑張れよ!」
「逃げ切れよ! クロード」
空は夕焼けの赤に染まっていた。その赤い光が墓標と俺達を照らす。この世界は一つになったように見えた。
「長かったですね。行きますよ」
ミラーカは言う。
「だな、行くか」
俺はそう言って歩き出す。
俺はふと後ろを見た。今まで一緒に作業をしていたおじさん冒険者たちが別々の方向に向かっているのが見えた。
「もう二度と……」
俺は言った。
「えっ?」
ミラーカは呟く。
「もう二度と会えないんだなって思って。あの人たちと。俺はあの人たちの住所も名前も知らないんだから」
俺は言った。
「なに感傷的になってるんですか。早く行きますよ。ボクらはお尋ね者なんでしょ?」
ミラーカは急かすように言う。
「そうだな。行くか」
と言って俺たちは歩きだした。少し歩くとまた俺は後ろを振り返った。
どうかみんな生きてくれ。そう強く思いながら。
◇
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