第3話

 トレーナーの男は川岸から離れ、商店街を横切ろうとした。ふと自分に向けられた視線に気が付いた。一人の男がこちらを見ている。胸の入れ墨が目に入った。よく見るとTシャツのプリントだ。年配のヤンキーか。マスクから鼻を出している。ルールをきちんと守れないようだ。気に入らない奴だと思ったら、眉を八の字にしてこちらに近づいてきた。やさしく「マスク持ってんねんやったら、せなアカンで」と声をかけてきた。

 誰だ、てめえは。馴れ馴れしく声をかけるな。俺はてめえを知らねえぞ。しかも子供に注意するような言い方をしやがって。

 「てめえこそ鼻だしをやめな。」

 Tシャツはマスクをさっと鼻にかけた。目つきがきつくなった。

 「マスク持ってんのになんでせえへんねん。今、大事な時期やゆうのが分からへんのか。」

 マスクの紐を引っ張たらちぎれてしまい、マスクをしようにもできないから、という説明が一瞬頭の中を駆け巡ったが、言葉にまとめられず、ぼんやりした表情のまま、

 「紐がちぎれたマスクをどうやって架けるんだよ。」

 マスクを指でつまんでTシャツの前でひらひらさせた。

 「あのなあ。ちぎれたマスク持って出てきたらアカンやろ。」

 「たった今ちぎれたんだよ。事故があったんだよ。てめえこそ鼻だしでウロウロしやがって。ルールを守れねえくせして、人にものを言う資格はねえだろうが。」

 「なんやと。お前こそ人さまに説教しやがって。マスクもせんとなに偉そうなこと言うてんねん。」

 大きな声がでた。通りを歩いていた何人かが立ち止まり、遠巻きから成行きを見始めた。

 「偉そうに言いだしたのはてめえだろう。この野郎。どこの何さまだってんだ。偉そうな口をきくな。」

 「なんやと。」

 Tシャツがトレーナーの胸倉をつかんだ。

 「おう。やろうってんのか、この野郎。いい度胸をしているじゃねえか。」

 トレーナーもTシャツの胸倉をつかみ、押し合いを始めた。

 「まあまあまあまあ」

 男が割り込んできた。

(つづく)

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