いつもの予約席
ダルマジロンの視線の先には勇が居た。
「あぁ勇か。ひ、久しぶりやな」
ゴホゴホと咳と吐き、ゴボゴボと血を撒き散らすダルマジロン。ズボッと、アスモデウスはダルマジロンから腕を抜いた。
ダルマジロンは空洞になった胸を手で押さえながら地面に仰向けで倒れた。
「勇? あの有名な佐藤勇ですか。妖狐メイとボスから気に入られている珍しいゴミ虫。なんて運がいいのでしょう」
アスモデウスは「汚い」と言いながらハンカチを取り出し、ダルマジロンの血をハンカチで拭き取っている。
アスモデウスから奇異な視線を一身に受けた勇は、アスモデウスを一瞥し、興味が無いと視線を切る。
後ろに控えている愛華とルナもこの惨状に言葉を失っていた。
「愛華」
「……な、なに?」
勇の声掛けに愛華は一拍置いて応えた。歩き始めた勇の身体に風が纏わりつく、その風に追従するように半透明の白い炎が渦になって空に昇っていく。
「この戦いには、手を出さないでくれ」
愛華とルナは勇の真剣な雰囲気に言葉を挟めない。
「これはこれは、ゴミ虫が蝶に変わっていたとは。いつ怪人に?」
勇はアスモデウスの問いを無視し、左手を空に一直線に上げた。
「黙れ、雑魚が」
左手を振り下ろした、刀を振るように。
「ッ!」
空から白い炎を纏った抜き身の刀がアスモデウスに向かって降ってくる。アスモデウスは、すんでのところで気付き、後ろに大きく下がる。
「熱いッ!」
回避行動をとる時に少し刀に触れたみたいだ。だが大きなダメージにはなってない。燃えたのはハンカチぐらいだ。
勇はダルマジロンの側まで来て、しゃがみこんだ。
ボォウと、白い炎が円状にダルマジロンと勇を囲んだ。
アスモデウスはその炎のとてつもない熱気に近づけない。
「勇か、最後に幻覚でも見とるんやろか。今、一番会いたかったんよ」
「何を言ってるんですか、正真正銘俺ですよ」
「勇な、さっき面白い奴がおってん。言うことキラッキラでな。勇にそっくりやったわ。魔法少女なのに、ただの女の子って言うとったな。面白いやろ」
「それは面白いですね」
咳が出るダルマジロンを気遣いながら、ダルマジロンの胸を押さえている手に勇は自分の手を重ねる。
「そう、やろ。人間も、正義も、怪人もな。笑顔の価値は一緒とか言う奴やねん。夢物語やろ。でもな、オラはその世界を見たかった。それを目指してた。それを本気で望む奴に、オラは拳は振るえんかった」
「そんな世界になれば素敵ですね」
「悪の組織みんなの願いでもある」
「ダルマジロン先輩、それはないです」
「そうか? そうやったな。色んな怪人がおるんやったな」
勇はダルマジロンの言葉を優しい顔で聞いて、ダルマジロンは言葉を弾ませる。
「オラ、悪い子の集いに入ったんや」
「なんで入ったんですか?」
「なんでも願いが叶うと言われたからや。死を偽装までして、悪の組織から抜けた」
「騙されましたよ、泣き疲れたりしたんですからね」
「それは悪かったな」
「ダルマジロン先輩の、その叶えたかった願いはなんですか?」
「叶えたい願い。まぁそれで母ちゃんは望むには夢を見すぎやから一つだけ。息子の復活。その一つがオラの叶えたかった願いや」
勇は眉を下げる。
「俺じゃ、息子さんと奥さんの変わりにはなれなかったって言うことですか? 言ってくれたじゃないですか。俺が居れば、寂しさを感じなくてもいいって。それなのにこんなお別れ嫌ですよ。俺に沢山のことを教えてくれたのはダルマジロン先輩です。二度も俺の前から消えるんですか!!!」
勇は我慢が出来なくなって、言葉尻が強くなった。
「悪かったな。オラは考えてしまったんや。お前と友達になったオラの息子の姿を見たかった。お前を見習えと、お前を自慢しながら酒を飲んでみたかった。
怪人の神さんは居ないんやろな。あったかもしれなかった、そんな今日を、ただの平和な今日を、怪人のオラは望んだらいけないんか」
ダルマジロンの目から涙が落ちる。
「勇、勇。どこいったんや」
「なんですか、俺は側に居ますよ。なんでも言ってください」
「あぁ、まだ話し足りんなぁ。まだ話したいことがあるんやけどなぁ。けどオラはも……」
「ッ! いつもの居酒屋を予約するんで、明日の朝までだったら付き合いますよ、いつものように」
勇はダルマジロンの言葉を切り、言葉を続けた。
ダルマジロンは勇の言葉を聞いて、歯を見せニヤリと笑う。
「あぁ……約そ、く……や……」
「はい、約束です」
全身の肌が紫色に変色して、ダルマジロンはスっと目に光りが無くなった。
勇は鼻を鳴らし、目に涙を浮かべている。
左手で涙を拭い、しゃがみから立ち上がると、アスモデウスに鋭い視線をぶつける。
カチッカチッ、カチッカチッと石同士をぶつけているような音が鳴り響く。
「猫、俺と繋がっているなら分かるだろ。この怒りが、この悲しみが、この俺の弱さが。だから、だから……」
周りに漂う白い炎がカチッとなる度に色が変わる。カチッカチッとなる度にオレンジ色の炎がチラつく。
「アイツを倒すための力を貸してくれ」
「にぁ!」
どこか抜けている猫の声が響いた。
『
カチッ。
瞬間、勇の周りにあった白い炎が塗り変わる。白い炎じゃなく、鮮やかな赤と黄色の炎が咲き乱れて、立ち昇っていた。
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