紫色の悪魔

◇◇◇◇



「覚悟はもうとっくにできてると思うてたんやけどな。オラは本物の悪にはなれんかったらしい」



「ダルマジロンさんには無理だよ。笑顔が素敵そうだもん」


「ハッ……なんやそれ」


 キラは観覧車に乗っている人を気遣うようにゆっくりと傾けていく。するとパチパチパチとする拍手がキラの頭上から聞こえてきた。



「アスモデウス様」


 ダルマジロンが観覧車の中心に立っているアスモデウスを見つけて名前を呟く。


 アスモデウスは青白い肌に、端正な顔立ち、頭には二本の角を生やし、紫色の長髪をなびかせている。


「美しく蹂躙する前に、こんな余興があるなんて思いませんでした。楽しかったですよ。さすが妖狐メイが世話を焼いている怪人なだけはありますね」


 アスモデウスはダルマジロンを視界に捉えた後に、流し目でキラを下に見る。


「ダルマジロン、もう茶番は終わりです。早くその目の前の目障りなゴミ虫を潰しなさい」


 ダルマジロンは歯の隙間でスーッ、と長く息を吸って、その後に大きくため息を吐いた。


「その命令は聞けないですね」


「何故ですか?」


 首に掛けていた通信機を右手で取り、その通信機をアスモデウスに見えるように掲げる、そして、


「悪い子の集いを辞めるからや」


 握り潰した。



 拳を緩めると、パラパラと機械の破片が落ちる。



「演技かと楽しんでいたら、まさかゴミ虫の言葉に、本当に、ほだされるとわ。なんて! なんて!! なんて!!! 痛ましい!!!!」


 アスモデウスはダルマジロンのことを痛ましいと吐き捨てた。


「オラはそうは思わん」


 ダルマジロンは観覧車を持っているキラを掴み、観覧車から引き剥がして、アスモデウスから距離をとる。


「ダルマジロンさん! ちょっと!」


 支えが無くなった観覧車はゴゴゴォと傾き、壮絶な音と共に、土埃を撒き散らしながら地面に倒れた。



「みんなが!」


「もう遅いんや」


「えっ?」



 ダルマジロンに掴まれているキラは離れていく観覧車に手を向けて、ダルマジロンの『もう遅い』という言葉に困惑して見せた。



「何をやっているのですか? 命令を無視して、その上、私の邪魔までするのですか?」


「悪いな」


 空中に居座っているアスモデウス。ダルマジロンはチラリと観覧車に目をやる。


 観覧車は全体がブクブクと泡立ち始め、紫色に変色していく。そしてその泡はジュワァと溶けて、蒸発していった。


「……なに、あれ」


 キラはその光景を見て、唖然とした。


 すぐに観覧車の全体が溶けて消えると、その場には地面に仰向けになっている人たちが残った。


 その全員が髪の色、肌の色、そして服の色ですら、紫色に変色していた。



「早く助けないと」


 キラはダルマジロンの拳から抜け出そうと、必死にもがいている。


 だが、ダルマジロンはキラを離さない。


「ダルマジロンさん! 早く、早くしないと!!!」


「これだからゴミ虫は。はぁ、うるさいですね。ここからが良いところなのに」


 アスモデウスは大袈裟に左手を掲げる。



紫血色腐敗ブラッドレイン



 指をパチンッ! と盛大に鳴らすと、紫色の人たちの肌はブルンブルンと波打って、仰向けから立ち上がる。そしてブクブクと膨張をしながら、風船のように大きくなっていく。


「待って……待って、待って、待って」


 キラの静止の声に応えたのか、膨張がピタリと止まった。



 紫色の一体の顔がグルンとキラに振り向き、


「だ、す、げ、でぇ」


 そう口にした。その瞬間にパンッと簡素な音を残して、破裂した。


 簡素な音が連続して聞こえてきて、紫色の地面に大量の赤の色が降り注ぐ。



「うぇ、かはッ!」


 キラは涙を流し、この悲惨な状況に動悸が高まり、吐き気を催した。



「綺麗ですねぇ、そうは思いませんか、ダルマジロン」


「どこがやねん」


「貴方には美意識がないらしい。そしてですが、脱退宣言と命令違反。この二つでも私は貴方を殺せる理由があります」


「そうやな」


「私も妖狐メイをできるだけ敵には回したくはないのですよ。その握っているゴミ虫を殺したら貴方の命だけは取りません。命令違反も、脱退も、許し、認めましょう。どうですか? 十二分の恩情ではないですかね」


「コイツを殺すだけでいいんか」


「はい」



 ダルマジロンはキラと視線を合わせる。


「お前はキラと言ったか」


「う、うん」


「キラ、お前とアスモデウス様が戦えば相性は最悪や。絶対に戦ったらダメやで」


 グイッ! と、腰を捻って、キラを掴んでる拳を振りかぶる。


「なんで戦っ、ッ!?」


 キラの言葉を最後まで聞くことはなく、ダルマジロンはキラをアスモデウスとは反対方向に投げ飛ばす。



「私は譲歩したつもりだったんですけどね。ここまで馬鹿だとは思いませんでしたよ」


「そんなに褒めるなや」


 ダルマジロンはアスモデウスに胸を腕で貫かれながら軽口を返す。


「ガハッ!」


 口から血が出て、段々と肌が紫色に変色していく。




「ダルマジロン……先輩」


 ダルマジロンはその「先輩」と聞き覚えのある声に視線を向けた。







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