正義の順番

◇◇◇◇



「冷た」


 遊園地のベンチに座って、季節外れのアイスが入ったイチゴのクレープを食べている。紅葉もみじはイチゴのクレープが好きだったな。


 ブレイジャーズで遊園地に来たのは半年も経ってないはずなのに。ずっと、本当にずっと、昔に感じるのはなんでだろう。


 左手の人差し指にある指輪を親指で撫でる。撫でる度に指輪の柄が赤から青、青から緑、ピンク。そして黄色が最後に来る。


 みんなの色だ。それを見ると途端に。


『殺して欲しそうな顔をしてたから、俺が殺してやろうと思っただけだ』


「……」


 佐藤勇さとうゆうに言われたことと、佐藤勇の後ろ姿が脳裏によぎる。


「なんでこんな時に、佐藤勇の言葉を思い出すんだ。そんな顔してるわけ……な……」


 急に言葉に詰まる。


「……そんな顔してるわけないだろ!」


 詰まった言葉を怒りの感情と共に吐き出す。


 はぁはぁと、荒い息を整える。



 この頃の僕は、空を見る機会よりも、地面を見る機会が多くなった気がする。


 正義は必ず勝つ。


 それは勝たないと、大切なものを奪われるという戒めの言葉。


 僕が正義に憧れてはいけなかったのか。


 人々の平和を守ることが、正義であると思っていた。それはこれからも変わらない。


 でも、僕は、人々の平和を守るより、今日も仲間と一緒に遊びたかった。


 正義に優先順位があるのなら、あの日に戻れるなら、僕はあの場所には行かないだろう。


 大切な仲間が無事ならそれでいい。そう考えると、僕に正義を語る資格があるのか。



 今の僕を見たら、紅葉はどう思うだろうか。


 今の僕が見たら、皆んなはどう思うだろうか。


 なんで皆んな、僕を置いていったんだよ。


「皆んなで人々の平和を守るんじゃなかったのかよ」



 一人じゃ、この絶望の壁は越えられそうにない。



「守るんじゃなかったのかよ……」


 クシャッと柔らかいクレープが潰されて、溶けたアイスが膝にこぼれた。


 ズボンに赤と白の模様がついた。


 それをハンカチでぬぐう元気もない。すぐに染みて素肌に当たった。


 最初に口にしたアイスの冷たさとは違った。素肌に当たったアイスはじんわりと肌に絡みつき、溶けて時間が経っているのにも関わらず、骨にまで響くほどに冷たかった。





「大丈夫ですか?」


 そう声を掛けられ、僕は笑顔を作って顔を上げる。


 その笑顔はすぐに崩れた。


 風で揺れているオレンジ色の髪が目につく。


 心配そうに僕の顔を覗き込む紅葉の顔がそこにあったからだ。



「なんで……」



 視界がブレて、ありえない人物の登場に目頭が熱くなる。


 でもそんなわけない、と、目をつぶり、首を振った。



 ふぅと、一呼吸置いて、目を開ける。


「大丈夫ですよ」


 シッカリと確認すると、似ているが、やっぱり紅葉じゃなかった。でもどことなく紅葉の顔が重なって、少しだけホッとしている自分がいた。


「ん? 涙」


「え?」


 涙と言われ顔を触ってみると、何故か僕は涙を流していた。


「ははは、なんでですかね」


 僕は笑いで取り繕う。


 手で拭っても拭っても、涙は止まることがない。


「あれ、可笑しいですね」


 僕がそう言うと、オレンジ色の髪の彼女は小さなカバンからスマホを取り出して、スマホにフリック入力で何かを書いているらしい仕草をしていた。


 スマホを小さなカバンに戻して、「これでいいかな」と、声に出した。


「私は陽葵ひまり、お兄さんは?」


 彼女は僕の横に座り、自己紹介をしてきた。


「僕、僕は……木原瞬きはらしゅん


「瞬さんね、私のことは陽葵って呼んでいいよ」


 陽葵という彼女はグイグイ来る。


「瞬さんは一人?」


「そうだよ」


「陽葵はね〜結月ゆづきねぇと来たの」


 結月ねぇ?


「お姉さんが待ってるよ、早く行ってあげないと」


「ううん」


 彼女は首を振る。


「今、メッセージで戻らないって言ったからいいの」


「えっ? いいの?」


「うん、いいの」


 全然良くないと思うが、そんなマイペースな彼女が可笑しくて笑いが出てくる。



「やっと涙が止まったね」


 目尻を撫でてみると、止まることのなかった涙が止まっていた。







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