回復薬

◇◇◇◇



 転移石で更衣室に帰ってくると、岡村が回復薬を全身に掛けてくれる。


 やっと視界に光りが宿って、ぼんやりと更衣室が見えてくる。岡村が俺をソファーに寝かしてくれた。


「勇先輩が転移石を切らすなんてビックリしましたよ」


「俺も終わったと思った。あとは時間稼ぎして、岡村が来るのを信じて待つぐらいしか手がなかった」


「さっさと魔法少女を倒せば良かったじゃないですか。それぐらい今の勇先輩ならできますよね」


 いつものように岡村に隠し事はできない。


「でも倒さなくてもお前は来た。ありがとな」


「今回だけですよ。次は自分で何とかしてくださいね」


「そのセリフも、何十回、何百回と聞いたな」


「はぁ、何回も言わせないでくださいよ」


 ガサガサと岡村は自分のロッカーを開けて、着替えているようだ。なにか違和感がある。


「お前、いつもより声が高くないか?」


「勇先輩、致命的な攻撃を食らったんですね。耳にまで影響があるなんて」


 俺は耳まで可笑しくなっているのか。



「ところでお前、そんなに細い身体だったか? 女みたいな丸みも見える」


「え? 見えてます?」


 ぼんやりと水色のパンツと全身の白い肌が見える。そして頭から腰まで守るように水色の物を付けているのが見える。


「あぁ、ぼんやりとだかな。服を着てないのが辛うじて分かるぐらいには視力も回復してきた」


 パチパチと胸の水色のプロテクターみたいな物を外し、ロッカーに入れる。そして水色のパンツも脱いでロッカーに入れた。


「なんで全裸になる必要があるんだ?」


「誰かさんのせいで全速力で走るはめになりましたからね。下着も制服も汗を吸い込んでます。全身着替えないと気持ち悪くて、あと匂ったら嫌ですし」


 そうか。多分だか、ロッカーに吊るしてあるベルトから、クリーニング屋に転送しているんだろうと思う。


「俺は匂いとか気にしないぞ」


「僕が気になるんですよ」


 岡村は細部まで気をつけるから、女子に人気なんだなと思った。


「じゃ僕シャワーに行ってくるんで、起きれるようになったら、ソファーの横に回復薬を用意してあるんで、全部飲んでくださいね」


「あぁわかった」



 岡村は俺の返事とともにシャワールームに行った。


 俺は相当に運がいい。岡村が後輩だったんだからな。


 俺には勿体ない本当に凄い後輩だ。しかも凄く良い奴ときてる。


 なぜ俺はこんな凄い奴に慕われているのか。



 全身がダルい、痛い。


「んん」


 ソファーから起き上がり、座る。


 目の焦点があってきて、更衣室全体が見えてくる。


 更衣室はいつもの更衣室と違って、赤黒い色のペンキを盛大にぶちまけたかのような惨状になっていた。


 俺は嗅覚も可笑しくなっているらしい。鉄の匂いが全然しない。



「回復薬」


 そうだ、岡村がソファーの横に用意してくれている回復薬を飲めと言っていたな。


 右横を見てみると、ソファーの横に机があって、その机の上には一升瓶サイズの回復薬が所狭しと並べられていた。


「え? 全部……」


 これ全部は飲めないだろう。と、そんな当たり前なことを思って、ふっと笑いが出てくる。


 岡村もクールを気取っているが、そんな当たり前なことに気が回らない程に俺を心配してくれていた事が分かった。


 俺は一升瓶を手に取り、蓋を開けて、一気に口に流し込む。



「かぁー美味い!」



 味なんて分からない。痛みで吐き出しそうな回復薬を必死で腹に収める。岡村が用意してくれた回復薬と思えば、自然と美味いと思う味もしてくるもんだ。



「勇先輩、行儀悪いですね。横にコップがあるじゃないですか」


 シャワーを浴びてきた岡村はオシャレな服を着ていた。いつものイケメン顔と声に違和感はない。


「ん? じゃあお前が注げ」


「はいはい」


 岡村からコップを貰い、一升瓶を手渡す。


「岡村も人造人間増田先輩の飲み会に参加するだろ」


「えぇ〜、嫌ですよ」


「強制参加だ!」



 トクトクトクとコップに並々と注がれる回復薬を、一気に口に煽る。


 激痛を顔に出さないように必死で我慢して、腹に収める。


 ふぅ、と息を吐き、更衣室に響き渡るように声を出す。



「美味い!」



「じゃんじゃん飲んでくださいね」


 岡村と俺の二人の飲み会が幕を開けた。






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