優しいヒーロー

◇◇◇◇



 左手に集めた黒雷を放てば、雑魚敵は確実死ぬ。



 そう思ったところで、私と雑魚敵とのあいだに、ピチャンと、地面が雫を落としたように跳ねた。


 そこにはいつの間にか、水色の長い髪をなびかせて、私でも知っているような有名な蘭華らんか女子高の制服を着た女の人が居た。


「勇先輩。はぁ、毎回困ったら僕に頼るのやめてくださいよ。時間稼ぎするならもうちょっと粘ってください。急だったから制服のままで来ちゃいました」


 私は神秘的なオーラを纏って登場した女の人を、綺麗な人だなと思った。



 その綺麗な人は、悪の組織の雑魚敵に近づく。


「そこの貴女、待ちなさい!」


「なんですか? そんな強い力を見せびらかしながら、静止をさせるなんて、魔法少女は横暴ですね。そんなの待つしかないじゃないですか」


「そこで倒れている人には近づかないで! その人は平和を脅かしている敵よ!」


「敵ですか、そうですか」


 綺麗な人は私の方に向き直る。


「貴女名前は?」


「岡村です」


 名前は素直に教えてくれる。


「岡村さんね。そこで倒れている人とはどういう関係?」


「先輩と後輩ですよ。そこで倒れている人が先輩」


 流し目で、後ろの雑魚敵を見る岡村さん。


「何の」


「そこまで言うと思いますか?」


 この状況的に悪の組織の先輩後輩だと分かる。でも一般人という可能性もあって、下手に攻撃できない。



「正義の味方は一般人には手を出せない。相手から手を出されないと動かない。だから先輩に強い者の味方と言われるんですよ」


 強い者の味方はさっき言われた言葉だった。けど、言われた時に岡村さんはその場に居なかった。


「どこかで見ていたの」


「今来たばっかりですよ。どこからか見てたらなら、着替える時間ぐらいはありましたね」


 岡村さんからは嘘を言っている感じがしない。私は強い者の味方と言われる意味が分からなかった。



「私は、私たちは悪の組織の怪人から皆んなを守ってる。強い者とか、弱い者かは関係ない! 悪に立ち向かうのが魔法少女である私の責務だ」



 今まで私は正義の味方であるために、人を守り、悪を倒してきた。そこに強いか弱いかは関係なく、全てを守るように動いてきた。


「本当にそう思っているんですか? 正義の味方は基本的に強い者しか助けられないですよ。あと、貴方たちがやっているのは『守ってる』じゃなくて、『守ってやっている』です」


 守ってやっている、と言う岡村さんの言葉。その言葉は私の心を抉った。


「私たちが、強い者しか助けられないのはどうして?」


「どうしてってそれは、この世界には正義、悪、人間の三種族があります。一番弱かったのはどの種でしょう?」


「人間よ」


「残念ですね。正解は悪の怪人です」


 岡村さんは淡々と正解を発表する。


「怪人は強い者でしょ」


 変な答え。怪人は人間とは違う。正義と悪は同列のはず、人間の上位。



「まさか身体能力とかで判断しています? それじゃ三種族で一番優しいのはどの種族だと思います」


「皆んなを守る正義が一番優しい」


 それはすぐにわかった。



「だから先輩の言葉を借りるなら、悪の組織は弱い者を味方で、正義の味方は強い者の味方となります」


 また岡村さんは私の答えとは違った。


「なんでよ!」


「正義は力で悪を怪人に押し付け、人間は怪人を悪と思い差別した。その全てを優しさで許して怪人は悪になった。そうやってこの世界は回ってます」


「なにが全てを優しさで許したよ。そんなに優しいならどうして人を殺すのよ!」


 岡村さんの的外れな意見に怒りが込み合ってくる。


「人間も、正義も、誰かを殺すのに。どうして悪だけが殺さないなんて言えるのですか?」


「それは……」


 私も今まさに殺そうとしていて、反論出来ない。


「……それは悪の組織なんかやってるから悪いんでしょ! 悪の組織がなくなれば、皆んなが皆んな平和に暮らせるのに」


 やっと言葉が出たことは、ずっと思い続けた私の理想。


「なのに悪の組織が恐怖を振りまくから、一般の怪人まで恐怖の対象と見てしまう。一般の怪人は悪の組織があることで迷惑しているんじゃないの!」


 淡々と話すだけだった岡村さんの目が鋭くなる。


「違いますよ。悪の組織が恐怖を振りまくから、一般の怪人が普通に暮らせるんです」


「なにを言っているの?」


「まだ分からないんですか? 悪の組織は一般人を殺してないんですよ」


「は? この前だって怪人が出て、一般人の死傷者が何百人も」


 この前は怪人が出て、大勢の死傷者が出たと報告が来た。


「あぁ、野良の……」



「ばかやろう!!!」



 岡村さんが何かを言おうとした時、どこからか空気がビリビリとするほどの大きな声が響く。


 

「先輩生きてたんですか?」


「お前が変な事を言おうとしてたから安心して死ねん。なにを熱くなってる。……早く帰ろうぜ」


「は〜い」


 ぐたっとしている目も開けてない雑魚敵の声を聞いてか、岡村さんの声が嬉しそうに弾む。



「待ちなさい! 攻撃するわよ」


「いいですよ。攻撃すればいいじゃないですか? その時は貴女の振りかざす正義の証はないですけどね」


 岡村さんはどこからか赤色の石を取り出し、そして倒れている雑魚敵に触れる。


「悪の怪人は一般の怪人のためにあるって、先輩からの受け売りですけどね」



 岡村さんは優しい目をして、先輩という雑魚敵を見ている。



「最後まで殺し合いをしていたのは貴女だけでしたよ」



 倒れた悪の組織の雑魚敵。黒雷の弾丸を刀で切られた時は驚いたけど、最後まで殺し合いをしてたのは私だけ。


 左手の黒雷を今放てば、雑魚敵は間違いなく殺せる。


「くっ……」


 私は私自身が刀に触れた傷以外、無傷。


 そして刀を構えた瞬間、雑魚敵が憧れの佐藤勇さんに見えた。あの構えは勇さんの一撃必殺の剣。ブレイドルドでは確実に一点を取っていた技だ。


 倒れている悪の組織の雑魚敵がもし勇さんなら、私はもう刀の射程距離に入っていたと考えられる。でも私は無傷。勇さんは私を殺す気がなかったことが分かる。


 だって私は勇さんをずっと見てたんだもん。これぐらい分かる。



「殺し合いをしている最中に、相手を傷つけないなんて、悪の組織でしょ。何考えているのよ」


「先輩が優しくて良かったですね」



 シュンッ! と音を残して、雑魚敵も岡村さんもその場から消えた。



 左拳の溜めた黒雷は、空中で溶けるように消滅する。




 陽葵ちゃんが動けるぐらいに回復したのか、後ろから私の視界に入ってきた。ボロボロだった服も、人通りを歩けるぐらいには元に戻っていた。まだ少し際どいけど。


「結月ねぇの憧れてる人。正義のヒーローじゃなくて、悪の組織の雑魚敵だったね」


「最悪な日だわ」


 本当に最悪な日。



「え? じゃあなんで嬉しそうなの。頬、赤くなってるよ」


「嬉しくないわよ!」


 陽葵ちゃんの声にドキリとして、左右の頬を両手で隠す。


「え〜、嘘だ〜。憧れの人ってわかったからドキドキしてるんだ〜」


 陽葵ちゃんはとんでもないことを言い出した。


「悪の組織の雑魚敵にそんなこと思わないわよ」


「陽葵、雑魚敵って言ったかな〜。『憧れの人』とは言ったけど」


 陽葵ちゃんの言葉で、私の顔が意識するほどに熱くなる。


「ん〜、もういいでしょ。家に帰ろ」


「うん、アイス食べたい」



 悪の組織との戦いのあとは、陽葵ちゃんとデートしながら家へ帰った。






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