私欲


 視界を左肩に持っていくと、視界の端で白い炎が渦巻いていた。


 ペタっと柔らかい感触を左頬に残して、左肩の上で渦巻いていた白い炎が俺の全身の取り囲むように広がる。


 なんだこれ!?



 全身を取り囲んだ白い炎がボッと音を鳴らして消滅すると、ピリピリとした痺れが無くなっていて、動けなかった身体の自由が効くようになっていた。左手をグーパーと開いて握ることを繰り返し、トットットットッと足踏みして脚の加減を確かめる。


 よし、問題なく動けそうだ。


 首が回るようになって、俺は左肩に乗っている白い炎を確認する。すると白い炎は、子猫だった。猫は俺と目が合うと、猫の手を俺の頬から離して、ぷいっとそっぽを向いた。


 コイツ本当に可愛くねぇな、いつ俺に懐くんだよ。


 おっと、今は猫の機嫌を伺っている場合じゃない。ルナからも俺が白い炎を纏ったことは見えているだろうと思い、ルナを見てみると、油断なく俺を見ていた。


 巨大化して今にも襲ってきそうな人造人間増田先輩よりも、ルナは雑魚敵の俺から目を離さずに、ジーッと俺の様子を見ている。


 まぁルナから見てみると俺は雑魚敵の一匹だ。そんな雑魚敵が得体の知れない力を使ったら目を引くのは間違いない。



 ルナが様子を見ている時間を、俺は雑魚敵連中の帰還にさく。


 左手に持っていた転移石を起動する。そして転移石を右手に持ち変えて思いっきり雑魚敵の後頭部に投げつける。


 ベルトから転移石を出し、転移石を起動し、雑魚敵の後頭部に投げつける! 投げつける! 投げつける! 投げつける! 投げつける! 投げつける! 投げつける! 投げつける! その繰り返しで、バタバタと後頭部に転移石を投げつけられた雑魚敵が、頭から血を流しながら倒れていく。



 後頭部に石をぶつけられて倒れる雑魚敵と、雑魚敵連中の後頭部に石を投げつける雑魚敵。ルナの目線から見れば軽くホラーだな。


 ルナはまだ様子見の段階なのか変身した所から一歩も動かずに、俺を睨みつけながら眉間に皺を寄せている。この惨状に満足してないみたいだ。


 ベルトから転移石を出してっ、と。


 ついにその時は来た。最初に後頭部に転移石を投げた雑魚敵がシュインッ! と音を鳴らしながら消えた。そう転移したのだ、更衣室に。


 あぁイージーモードは終わりだな。 



 雑魚敵が転移したのを見たルナが、その瞬間に俺の目の前に肉薄した。


 ルナの後ろ側からシュインッ! と転移音が連続して聞こえてくる。


 ルナは紫色の雷を纏った拳を俺の顔面に向ける。それをギリギリの所で回避して、大声で叫ぶ。


「人造人間増田先輩! 転移が終わっていない雑魚敵連中を空中に放ってください!」


 人造人間増田先輩はもうここには居ないけど、スライムにも人造人間増田先輩の意思はある。


 河川敷の地面が津波のようにうねって、まだ頭に傷を負ってない雑魚敵連中を空に放り上げた。



 俺は起動した転移石を殴った拍子のルナの腕に押し当てる。


「ッ!」


 転移石を腕に押し当てた瞬間に俺の手を振り払い、ルナは俺から距離を取る。ベルトから左手に転移石を出し、起動しながら、空中にいる固まっていた雑魚敵連中に投げつけて、左手に持っていた転移石を右手に持ち変えて、さらに投げつける。


 人造人間増田先輩も俺が何をやっているのかを分かっているのか、雑魚敵連中を固まるように空に放り上げられていた。ありがたい。



 シュインッ! と空中の雑魚敵連中も転移した。


「よし、帰還完了」

 

 最後に俺と人造人間増田先輩を更衣室に送らないといけない。


 俺一人で雑魚敵連中を即座に病院には送れない。更衣室の扉から病院に即座に送るには人造人間増田先輩の助けがいる。



 俺は空を仰ぎ見る。はぁ、とため息を晒し、ベルトのアイテムボックスから転移石を取り出す。


 雑魚敵の中で一番転移石を私用に使っているといっても過言じゃない俺が、アイテムボックス内の転移石を切らすとは。



 でだ、ここに最後の一つの転移石があるじゃろ。


 その転移石を起動して、巨大化している人造人間増田先輩のスライムボディにポチャンッと放り入れる。


「アイツらは任せましたよ」


「任せとけ! あぁそうだ。飲み会の店はいつもの所でいいか?」


「えぇまたですかぁ」


「じゃ勇はどこがい『シュインッ!』」 

 

 人造人間増田先輩が転移された。これで雑魚敵連中は病院に即座に行けるだろう。



 俺は人造人間増田先輩の話も終わり、目の前のルナに目を向ける。


「貴方は何? 普通の雑魚敵とは違うみたいね」


「じゃあ希少種ということで、見逃してくれるのか?」


「冗談でしょ。笑えない」


「いや、冗談じゃなく、わりと本気だったんだがな」


 ルナから貰う視線が鋭くなり、俺は鼻で笑いながら答える。見逃してくれる気はないらしい。



 微かな左肩の重みが消えて、白い炎を纏った子猫は白い炎になる。俺が右手を前に掲げると、右手に白い炎が集まり、一本の刀に化ける。



「じゃ飲み会までの俺の暇つぶしに付き合ってくれや」



 俺は白い炎を纏った抜き身の刀をルナに向けた。








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