猫の鳴き声


「何その刀は?」


 ルナは俺の刀を見て、大きな目をさらに大きくする。


「雑魚敵が持っていい武器じゃないってか?」


 まぁ俺もそう思う。


 黒スーツに仮面を付けた雑魚敵が、持っていい刀じゃない。


 白い炎を纏わせたこの刀はそこにあるだけで圧倒するほどの存在感を放っている。


 怪人になっても一般人とそんなに変わらないような存在感の奴が、最上級の武器を持っていたら、相手にしているのが誰だろうと驚くだろう。



「貴方は一般人よりも少し力があるみたいだけど、刀の力と釣り合いが取れていない。そんな貴方に、その刀が使いこなせるの?」


「試してみるか?」


「そうね。殺す予定だったし、刀を使いこなせなかった言い訳は、地獄の仲間にでも言えばいいわ」


 ルナには俺が刀を使いこなせないことは、もう決まっているらしい。


「私は神域に入った剣術を見たことがあるの。悪の組織に入っているような人の剣術は、あの人の足元にも及ばない」


「ほぅそんな奴がいるのか、見てみてぇな」


 ルナは紫色の雷の翼をはためかし、ビリビリと両手に紫色の雷を纏っていく。


「残念ながら貴方があの人を見ることはないわ」


「ん? どうしてだ?」


 ルナはゆっくりと地面から足を離し、空中で静止した。



「今日この場で死ぬからよッ!」


「ッ!」


 一瞬でルナは俺との距離を詰めて、紫色の雷を纏った拳を俺の顔面に向けた。


 俺は俺とルナの間に刀を滑り込ませる。刀の白い炎と、ルナの拳に纏わりつく紫色の雷が衝突する。衝突から少しの拮抗の後にルナの拳の勢いに負けて、俺は刀ごと吹き飛ばされる。


 吹っ飛ばされる俺を追いかける形で、さらにルナが空中を滑空して追い討ちに来る。ルナは俺より少し高い位置で飛行し、吹っ飛ばされる最中な俺にすぐに追い付くと、紫色の雷を纏っている拳を俺の顔面に打ち下ろした。


「グェッ!」


 ピキピキと仮面にヒビが入ったような音がして、俺は顔に激痛が入り、情けなく変な声を出して、ボコンッ! と地面に埋まる。



「あぁあ、痛ってぇ」


 雑魚敵相手に容赦ねぇ。



 目を開けると、ルナがすぐそばに立っていた。そして細い腕を俺の頭に持ってきて、軽く片手で持ち上げた。壊れた地面の欠片が俺に引っ付いて、パラパラと音を出しながら欠片が取れる。


「まだ死んでないんだ。貴方けっこう丈夫ね」


 目が霞んでルナが二人、いや三人に見える。


「次でトドメかな」


 辺りを駆け回っている紫色の雷がいつしか黒色に変貌する。紫色の雷の翼が黒くなり、翼と思っていたが違っていたらしい。翼はまだ途中の段階だったのだろう。黒い雷の翼の形状が丸くなり、段々と変化する。



『リンクフォルム・黒雷蝶こくらいちょう


 変化が終わったのか、ルナの背中に二枚の蝶の羽が顕現した。



「言い残すことは無い?」


 俺はまだ愛華に力を返してもいない。ここで負けるわけにいかない。


「そうだな。まだ死ぬわけにいかないな」


「そう」



 俺の言葉に、ルナは短く言葉を返し、ルナはパッと俺の頭から手を離すと、黒雷を纏わせた拳を俺の腹に押し付けた。



「じゃあね」



 ルナの拳に纏わせていた黒雷は、一瞬で俺の身体を呑み込む。 


「ッ! ああぁあぁああ、あぁああぁああぁ、あぁあぁああぁぁあ、あぁあぁあ!!!!!」



 バリバリと、黒雷が俺の全身を跳ねるように飛び交う。痛みで気絶するが、その瞬間に痛みで覚醒する。永遠にも感じるその繰り返しを必死に耐える。







 黒雷を食らって何時間経ったのか、空中で停滞していた俺の身体が地面に降りる。もしかしたら俺が永遠に感じていただけで、一瞬のことだったのかもしれない。


 プスプスと焦げ臭い匂いが俺の全身から漂ってくる。膝立ちの俺は立ち上がることも出来そうにない。


 ゴホゴホッ! と咳を放てば、喉の奥から生暖かいドロリとした液体を吐く。鼻に抜けた匂いは鉄の匂いで、口の中もカピカピと乾燥してて、吐きそうなほどの鉄の味がする。



 油断していたのかもしれない。俺は一瞬でも油断したら正義マンには勝てない。それを分かっていたはずなのに、怪人になって何度も何度も生と死を経験して、慢心していた。こんな魔法少女なんかに、負けないと。


 俺はこの刀があればどんな強敵にも勝てると本気で信じていたみたいだ。武器は武器、俺が武器を使いこなせなかったら、いくら武器が強くても、勝ちには到底届かない。でも俺だって言い訳ぐらいはしてもいいんじゃないか? ルナが強すぎると思うんだ。


 ルナが言っていたように、俺が地獄に行ったら、ダルマジロン先輩に言い訳を沢山するかな。


 フッと笑いがこみ上げてくる。俺はカッコイイ人間じゃない。ちょっとだけ勘違いしていた。自分の強さに酔ったっていいだろ。この世界はいつでも俺に厳しすぎるんじゃないだろうか。



『次は油断しないから、立ち上がるだけの力をくれ。それだけでいい』


『にゃ〜』



 心に意志を刻むと、猫の鳴き声が俺の心の中で響いた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る