悪党の覚悟

◇◇◇◇



 夜のビルの屋上、風が強く吹き抜ける。その場所に妖狐メイと、その横に大柄な人影がある。


「ダルマジロン、お前さんも人が悪い。なんで勇坊に生きてることを教えてないん?」


「オラ……勇にこんな姿見せたくねぇんですよ」


 人影に光りが当たると、丸っこい耳を二つ頭に着けた大柄の男、悪の組織の怪人ダルマジロンがいた。


「そうか。お前さんはお前さんの悪の美学から程遠いことをやっとるもんな」


「それはッ!」


 ダルマジロンは眉間に皺を寄せて、大きく声を張り上げた。


「よかよか、お前さんにも理由があるってゆうことは、なんとなし分かるんやよ」


 妖狐メイは優しい口調で大きい声を遮った。


「勇坊は一般の怪人が平和に暮らせるように命を賭けとるらしいわ。わちきにはそんな悪の美学はないが、勇坊にそんな耳障りのいい美学を教えたんは誰やったかな、と、思っただけや」


「何が言いたいんですか」


 ダルマジロンは妖狐メイをギロっと睨みつける。


「これでもちょっとは名を上げた怪人、ここはわちき一人で大丈夫や。アイツにはお前さんに手を出すなとゆっといてやる。お前さんの信じるもんを曲げてまで、手に入れたいもんがあるってゆうなら……」


 妖狐メイは行き交う人を見下ろしながら、一息吐く。


「それは間違いや。それは間違いなく、ここには無い。お前さんは勇坊のところへ帰れ」


 ダルマジロンは妖狐メイの言葉を聞いて、目を伏せる。そして前を向くと、クツクツクツと笑う。


「帰りませんよ。そしてボスをアイツ呼ばわりですか。メイの姉さんはやっぱりメイの姉さんですわ。もう敵わん。なんでオラに欲しいもんがあるってわかったんですか?」


「なんとなくってゆうたろ? お前さんみたいな騙されとる連中を沢山見てきたからな」


「メイの姉さんに隠し事はできないですね。オラは騙されたらなら騙されたでいいですよ。でも少しでも有るという可能性があるなら、信じて願いのために戦うだけです」


 ダルマジロンは張っていた肩を下げた。


 妖狐メイはそんなダルマジロンをチラリと見る。すると妖狐メイの影が迫り上がり、影が自分の身体に纏う。そして影が晴れると姿が変わる。着崩した着物と下駄。九本の尻尾。


「まぁいいわ、それもお前さんの選んだ道。悪の怪人は欲しいもんがあったら、他人の全ての願いを踏み台にしても、自分の願いを叶えるぐらいでちょうどええんや。

 ただ自分が踏み台になった時の覚悟は、今からでもやってた方がええ」


「オラに良くしてくれる大先輩が、覚悟の差で生きるか死ぬかが決めるって言ってたんで、勇と一緒にそんなわけないよなと爆笑してました。だから……覚悟はできてますよ」


 ダルマジロンの表情に影はない、覚悟が決まった目をしていた。


「ほぅいい心がけやな。その大先輩という奴とは気が合いそうや」


 肌寒い季節。ビュービューと吹き抜ける風がピタリと止まり、周りの温度がさらに低くなる。


「今からやることは勇坊の美学に反する」


「はい、分かってます。もう一度言います、覚悟はできてる」



 妖狐メイはニヤリと笑うと、ダルマジロンの頭の耳を指差す。


「わちきはお前さんのその丸っこい耳好きやで」


 そう言って、ビルから飛び降りた。


「ッ! ホントだ! 気付いてたら最初に言ってくださいよ!」


 ダルマジロンは手で丸っこい耳を撫でると、スっと耳が無くなる。妖狐メイを追うようにダルマジロンもビルから飛び降りた。






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