反転
風が吹き抜けるだけで、全然痛みは来ない。
「目を開けないで、黙って聞いて」
愛華の声が聞こえる。
「私の魔法少女の力は、貴方によって壊されたわ。魔法少女は大事な感情によって変身するの」
俺が「でも……」と言うと、冷たい声で「黙って」と言われてしまった。
でも変身しているじゃないかと。
「今のピンク髪の私が本当の姿よ。黒髪の時は魔法少女の力を纏わせて、コンプレックスを隠していたの」
コンプレックス? ピンク髪と、大きな胸がか?
「私の魔法少女の力の源は恋心。恋心が壊れるまでは貴方を大事に想っていたはずなのに、今は貴方に何も感じない」
嫌われようとしてたのに、意味がなかった。既に愛華は俺に想いが無かったんだな。
キツイな。キツいよ。
ギィ、と錆び付いた扉が開く音が聞こえる。
「次に魔法少女として会ったら殺してあげるから、今は見逃してあげる。あと恋人ごっこは終わりだから」
ギギギ、ガシャンと扉が閉まる。
魔法少女として会ったら? つまり愛華は魔法少女にはなれるのか。
それを聞いて、少し楽になった気がした。
目を開けると勿論愛華の姿はなくて、愛華が立っていた所に、ポタポタと水滴を垂らしたような跡があった。
視線を屋上の絶景に移す。
「恋人ごっこ」
愛華にいわれた言葉を声に出す。
まだ浅い付き合いだし、浸るような思い出もない。
恋人ごっことはまさにピッタリの表現だ。
はぁ、ため息を吐く。
なんで愛華は俺を見逃したりしたんだろうか、俺に想いはないんだろ? 今の俺は悪の組織の怪人だぞ。
大事な想いを依り代にしたら、魔法少女の力が使えるんだろ? じゃあなんで俺を殺さなかった?
まぁそれを言うなら俺もなんだが、あんだけ煽っておいて、魔法少女を殺す選択もしなければ、逃げる選択もしない。ましてや自分から殺されようとしている俺には、愛華に何かを言う資格はない。
俺はベルトに触りながら扉を開く。
「今日はどうしたんだい少年」
扉の先には白衣を着た女医がいた。白衣からはち切れんばかりの胸と、組んだ足から見えそうで見えないスカートの中は健全な男子高校生から見ればエロい。
「君は健康そうにも見えるけど、私の身体を見る為に来たの?」
悪の組織のドクター、ルイコ先生は悪の組織が運営する病院の医者だ。
俺はちゃんと「違います」と言って、中に入ると、ルイコ先生の前にある椅子に座った。
「悪の力を正義の力にする方法はありますか?」
俺は試験管に入った悪の力をベルトから取り出す。
ルイコ先生は大きな目をさらに開いて、驚いた。
「この悪の力は質が高い。これをどうやって手に入れたんだ?」
バイトの俺には縁が無い代物に、どうやって手に入れたのか知りたいようだ。
「先に俺の質問の答えを」
ルイコ先生はう〜ん、と考えてる。
「出来るわよ。悪の力も正義の力も、力は力。だけど反転させるのは簡単じゃないし、反転させた力も半減になるしで、オススメはしないわね」
「そうですか、わかりました」
できると分かればいい。俺が愛華から奪った力を愛華に返す。
俺は立ち上がって。
「何帰ろうとしている」
ルイコ先生に腕を引っ張られた。
「あぁ、どうやって手に入れたのかは、今日の昼に暴れていた無所属のウサギ怪人を処理したんですよ」
「へぇ、あのウサギダ魔人をバイトの君がねぇ」
「秘密にしておいて下さいよ。ルイコ先生にはいつもお世話になってるし、口が堅いから話したんですからね」
「分かってる」
ルイコ先生が俺の腕をさらに引っ張り、俺の腕が胸に押し付けられる。
「ちょ、ちょい!」
「秘密にするなら、もう一つ秘密を作ってもいいわよね。悪の力を正義の力に反転するの、どうせなら手伝ってあげようか?」
ルイコ先生から耳元で囁かれた話は、俺にとっては凄く助かることだった。
「いいんですか?」
「楽しそうだし、いいよ」
「お願いします。このご恩は力の限り返させていただきます」
俺はルイコ先生の胸から腕を引き抜き、頭を下げて、頼んだ。
「もう大袈裟ね。まだ手伝ってもないし、まだ返す段階でもないでしょうに」
「なんでも言ってください!」
「その時にはよろしくね」
「じゃあこれ」
俺は机に悪の力が入った試験管を置いた。
「はい、確かに受け取りました。どれぐらいの正義の力が欲しいの?」
「紫色の炎が煌めく程の正義の力です」
ルイコ先生はフッと笑う。
「それはいつになるか分からないわね。でも私も手伝うって言ったからには付き合うわ。
君は悪の力を回収して、私は悪の力を正義の力に反転させる、で良いわね?」
「はい、よろしくお願いします」
俺は頭を再度下げると、すぐに診察室から出ていった。今日からはルイコ先生に足を向けて寝れなくなってしまった。
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