モブAの言葉



 愛華は更衣室の椅子に座っていた。魔法少女のコスチュームではない制服で、魔法少女の時のように髪はピンクで胸も膨らんでいた。見た目は魔法少女の愛華だ。


 目のハイライトは消えているが、俺を視界に捉えているのは分かる。


 机には常備されている悪の力を内包した回復薬が三本も空になっていた。


 悪の力と言っても力は力だ。問題なく使えたらしい。


 さっきまで瀕死だったのに回復薬三本で動けるようになるとは、本当に魔法少女はタフだなと思う。


「外に行こう」


 俺がそう言いながら扉の前に行こうとすると、愛華はスっと立って、俺に着いてきた。




 扉から出るとそこは高校の屋上だった。


 更衣室からの扉は、どこにでもワープができる。扉がある所、限定だが。

 俺にはこの高校の屋上が絶好の場所だと思った。ここしか思いつかなかったのは間違いないけどな。



 高校の屋上からでもウサギ怪人の暴れた跡が分かる。


 俺がウサギ怪人を倒して時間が経っているというのに、まだウサギが倒れたことを知らずに、逃げ回っている人たちもいるぐらいだ。


 屋上の絶景から目を離し、扉の前にいる美少女に目を向ける。


「で、どうするんだ? 魔法少女になっているということは、俺を殺すのか?」


「えぇ、殺すわ。ウサギダ魔人はどうしたの?」


「コイツのことか?」


 俺がベルトから試験管状の入れ物を見せた。


「愛華が呼んでるぞ、ウサギ返事しろ」


 俺は紫の炎に向かって返事をしろと言ったが。


「殺したのね」


 愛華は俺の茶番に付き合わずに、真実を言った。


「お前が殺らないから、俺が殺ったまで。俺とお前が助かる道はそれしか無かっただろ?」


「それは……」


「違うのか?」


 愛華の口からギリッと、音が鳴る。歯を食いしばっているのが分かった。


「いやぁ正義のヒーローのお前らは、救った命で、救わなかった命を等価に精算しようとする」


「……」


 愛華は何も言えない。正義のヒーローは救わなかった命を自分のせいにしたがるからな。


「ウサギは俺を簡単に殺す事が出来た。もしも俺が死んだ時に、お前は何て言葉をかけたんだろうな。正義のヒーローの言葉なんて俺には簡単に分かる。

 泣いて、『助けることが出来なかった。ごめんなさい』

 そんな今まで繰り返し言ってきた、薄っぺらい言葉で終わるんだろ」


「そんなことない!」


 うっすら愛華の瞳の中の輝きが大きくなる。


「守れなかった死を、正義のヒーローは力に変える。力を得るのに代償は必要だもんな」


「私は本当に貴方を助けそうとしただけよ」


 知っているよ。俺は愛華の事を知っている。


「あの三文芝居か? あれは金も取れない。お前はあの場面で『私は負けない』と『絶対助ける』のセリフしかなかった。

 しかも好転するどころか、変身まで解いて、あと一撃でも攻撃を貰えば、最強の魔法少女といえど死んでいた。それが結末だったんだ」


 キッと俺を睨んだ愛華。


「正義のヒーローは良いよな。結末を変えた俺に、殺すというお返しをくれると言う。

 さっさと殺せばいい、お前は俺の彼女だった。俺が死んでも、心の奥底からお前を苦しめられたら、死ぬ意味がある!」


「貴方が私の心に残ることはない」


 もういいよな。愛華が俺を殺しても、心に想いが留まることはないだろう。


 悪の組織のモブAとして死ねる。



「変身して悪の組織のモブAになった方が殺しやすいか?」


「それはやめて」



 指を銃のように構えて、俺の胸を指し示した。


 俺の怪人生は、思っていたよりも短かった。怪人になった日に死ぬっていうんだからな。


「正義のハートを狙い撃ち」


 俺はフル詠唱じゃない必殺技のワンフレーズを聞きながら、目をつぶった。





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