第三章~アイドルの苦悩と立ち向かう心~











メンバーとスタッフの体制は決まったものの、お披露目ライブに向けての課題は未だに山積みだ。










ライブの場所、楽曲数、物販でのレギュレーション、どれもまだ恭一郎と陵介にとっては経験の無い世界だったので、普段からの営業力では解決できない問題となる。










ただそれ以上に恭一郎を悩ませたのが、アイドルたちとのコミュニケーションだ。一通りのコミュニケーションは今まで学び実践してきたが、1人の女の子とのコミュニケーションは全く経験が無い、だからこそ彼女たちの苦悩を取り除くことが出来ず、時に1人で立ち止まってしまうことがあった。










そんな彼がアイドルとしっかりコミュニケーションを取ることを学ばされた一件がある。










ある日を境に、かえでがグループ練習で遅刻を繰り返すようになった、社会人として遅刻は言語道断で許されない、そこで一度かえでに遅刻理由を聞いてみるが、かえでは全く答えようとしない。










ゆめ果をはじめとしたメンバーも、かえでと話し合おうとしたが、かえでが取り合ってくれないため進展することは無かった、このままではデビュー前に1人脱退に繋がりかねない。










またある日、いつものように練習に遅刻してきたかえで、そんなかえでの行動に腹が立った朱音が、かえでに強い口調でこう言い放った。










【おはよう、今日も練習練習っと。】










【ちょっと待って、かえで最近毎日練習に遅刻してくるよね、なんで遅刻してくるの?チームで練習しないと、互いの位置や歌割りも確認できないの、なんでそうやってかえでは自分勝手なの?】










【別に関係ないでしょ、遅刻したことは謝るわ、でも理由は言えない、これは私の問題だから。】










【ふざけないで!!】










次の瞬間、バチーンと音が鳴り、かえでの頬が赤くなった。みんなのことを誰よりも思っていた朱音だったからこそ、その気持ちについに我慢しきれなくなったからだ、その瞬間を間近で見ていたゆめ果、柊葉、美音は声を失った。










その後かえでを恭一郎が、朱音を和奏が説得しようとした、朱音はとっさの行動で自分に罪悪感があったため落ち着いたが、かえで側は収まりきれず、そのまま無言で立ち去ってしまった、だがその夜、かえでが最近遅刻していた理由を知ることとなった。










4人をスタジオから帰らせた後に陵介が戻ってきた、そのまま恭一郎は先に上がろうしたが、かえでのことを心配に思った陵介がこんなことを提案してきた。










【今日は色々あって大変だったようだな、それじゃ折角だし、久々に飲みに行かないか。さっきのことも含めて、なにがあったのか話も聞きたいし。】










そう話しかけると、2人はそのままとあるスナックへと向かった。そのスナックは事務所からそこまで離れておらず、歩いて向かうことも出来る、そして真向かいのビルの2階には、とあるレッスンスタジオがあった。










2人はそこで色々と食べ呑みながら、さっきのやり取りやここまでの苦労話、愚痴を溢したり、最近のドルヲタのトレンド等を話していた、しばらくして、陵介が真向かいのスタジオを見て、恭一郎にこう話した。










【恭一郎見てみろよ、真向かいのスタジオでレッスンしてる女の子、あれかえでだよな?なんであそこで個人レッスンしてるんだろうな。】










それに対して、恭一郎は陵介に向けこう話した。









【あっ、本当だ、かえでやっぱアイドル経験者だから、個人でみっちり練習してるんだな、それはそれでやっぱ良いことだとは思う、けど朱音の言うとおり、光咲キ誇レは5人グループなんだから、やはり一番大事なのは個人を鍛えるよりも、メンバーとの練習だと俺は思うけどね。】










この恭一郎の発言に、陵介が呆れながらこう言い返した。











【はあ、なあ恭一郎、確かにチームとしての練習は大事だし、朱音ちゃんの考えは正しいと思うよ、でもかえではアイドル経験者だから、アイドルにかける気持ちが人一倍強い、だから自らのプレーでみんなを引っ張っていきたいって考えてる、初心者だらけの光咲キ誇レで、彼女自身のプレーでみんなを引っ張って行くために、個人レッスンを多めにしてるんだと思うな、だから時間が遅くなって、最近のチームレッスンに遅れてたのかもな。


それと光咲キ誇レを発表したとき、お前は言ったよな、チームとしても個人としても輝いていくグループを作っていきたいって、だからお前がやるべきことは、メンバーの見守りじゃなくて、グループのマネジメントだと思うよ。】










それを聞いた恭一郎は考えを改め、陵介にこう言った。










【そうだな、5人のことやチームとしての考え、もっと理解していかないと行けないな、俺たちは派遣で働いてたけど、今は一人のアイドルマネージャー、人一倍にアイドルの気持ちを考えていることを理解させないと、その子に気持ちが伝わりにくい、俺なんだかお前に言われて間違いに気づけたような気がした、だからまずかえでに改めて話してみようと思う、ちょうど明日またみんな集まるし、かえでが来たら気持ちを聞いてみるさ。】










2人がそんな話をしていると、真向かいのビルでかなり騒ぎになっていた、実は2人で話してる間に、数人の男がビルのなかに入っていったのだ、彼らはかえでの元グループのファンで、彼女の突然の卒業に納得行かなかったがゆえに暴徒化し、スタジオに詰め寄ろうとしたのだ、それを危険と察知した2人は会計を済ませ、直ぐ真向かいのビルに向かった、だが一歩遅く、男たちはスタジオに押し入っていった。










陵介が直ぐ警察に通報し、恭一郎はそのままビルに突入する気でいた、するとそこに朱音ら4人が来てくれた、かえでのことを心配したのか他のメンバーと別れた後で陵介に連絡を取っていたのだ、そして陵介からの連絡を受け他のメンバーと連絡を取り合い、ビルの方へと駆け付けたのである。










【恭一郎さん、これはいったい何が起きたんですか?】










朱音からの質問に対し、恭一郎はこう答えた。









【上のスタジオでちょっとしたトラブルが起きててな、今から俺は様子を見てくるから、4人はそのまま陵介のそばにいろ、警察にも通報したから。】










【かえでも中にいるんですか?それなら助けに行きたいです。】










【だから心配すんなって、様子見てくるから、みんなはここで待機しとけ。】










恭一郎はこうメンバーに言い放ち、ビルの中に突入していった、2階のスタジオに着き扉を開けて入ると、中はかなりの惨状になっていた。レッスンの先生や他の生徒が怪我をしていて、現場はかなり荒らされている、かえではあまり怪我を負っていなかったが、かなりの恐怖感を覚えていた。










【なにしてるんだお前ら!!】










この一言から、恭一郎とスタジオに押し入っていった男たちの言い争いが始まった。










【ふん、何って裏切り者への制裁って言ったところだけど、おっさん誰だよ?ヒーロー気取りの身分か?】










【裏切り者の制裁だと、ふざけるな、これじゃただの一方的な暴行じゃねえかよ。それとおっさん呼ばわりは失礼だな、俺はお前たちとほぼ同世代だと思うけど。】










【はあ?なんで色々説教されなきゃいけねえんだよ、それに彼女は何も言わずにアイドルを辞めた、その事実は変わらねえし、俺らからしたら裏切り行為でしかねえよ。】










【確かに無言の卒業でお前らを裏切った、その事実は変わらねえ、わがままに辞めたと思われても仕方ない。でもだからって暴力沙汰を起こすなら、彼女にそんなこと言える義理はねえよ、それとさっきから人に対しての口の聞き方がなってねえな、さっきからおっさん、おっさん呼ばわりしてるけど、俺には明石恭一郎って名前があるんだよ、今度デビューする光咲キ誇レのマネージャーだけど、彼女もグループに入ることになったから、それに俺は24歳、同年代って言うのはそういうとこを指しているんだけどね。】










【ほお、あんたが新たなマネージャーかい、全然ひ弱なマネージャーだな、こんなマネージャーの元じゃ、元から期待できねえだろうけどな。】









言い争いをしていると、スタジオの近くまでパトカーのサイレンの音が響いてきた、陵介の通報を受け、ようやく警察が到着した。










【くそ、警察が来たか、今日のところはここで引き上げてやる。おっさん、次は容赦しねえぞ。】










【だからおっさんじゃねえっての、あいつらは少し国語の教養が必要かもな。(でもどうして、あいつらは俺が知らなかったかえでのレッスンのことを知ってたんだろう。)】









男たちはその場から逃走し、直後に彼は警察から事情聴取を受けることとなった、たまたま真向かいのスナックで飲んでいたこと、下が騒がしくなりスタジオに向かい、このトラブルに巻き込まれたことを説明し、特に事件とは関係がなかったとしてその場で解放された、しかし怪我人が出たこともあり、救急隊と協力しながら救急車に乗せる作業を手伝った、スタジオは現場検証に使われ、追い出されることとなった。








かえではさっきの恐怖と自分への嫌悪から、その場を立ち去ってしまう、恭一郎と陵介は、そのままかえでの後を追おうとしたが、メンバーに心配かけまいと陵介に安全な場所へと彼女たちを送り届けるよう指示、だが朱音は昼間の一件をまだ引きずっていたため、彼女に謝りたいと申し出、恭一郎と共にかえでを追っかけていった。










しばらくして、公園で1人佇んでいたかえでを見つけ、恭一郎と朱音は声をかけた。昼間のビンタはまだ残っていて、それを見た朱音はまた罪悪感を背負ってしまった。










ここは2人に任せようと思った恭一郎は、朱音に2人で話し合うように指示し、その場を一旦離れた。










【かえでちゃん、昼間のことは正直何も聞かずに色々怒ってごめんね。実は遅刻してるのは個人レッスンしてるからなんだって陵介さんから聞いてね、もし良ければその点含めて、なんでチームレッスンより個人レッスンにこだわるのか、話聞かせてよ。】










【あんたに私のなにがわかるって言うのよ!!研究生だったあんたに、ずっと1人で頑張ってきた私の気持ちなんて分かるわけが無い、聞かせてとか言われても迷惑なだけなのよ!!もう私のことなんかほっといてよ!!】










このかえでの悔しさを聞いた朱音は、自身の過去の経験、アイドル業界に入って学んだこと、グループに対する熱意、かえでへの思いを語り始めた。









【確かに私、アイドルとして半人前だった、CASSIOPEIAに入りたい、そのために色んな事を進んでやってきた、時にパワハラも受けてきたっけ、個人よりも社長のご機嫌伺いの毎日でずっと嫌気ばかりだった、フライヤー配ってもファンが付いてこない、だからなんとなくかえでの気持ちも分かる気がする。


でも光咲キ誇レとして活動していくってなったとき、チームの前に1人1人の個性を活かせないと、ただの仲良しこよしでしかなくなる、個人の良さを活かすことでチームの刺激になる、チームはそうやって強くなっていくものなんだって。


誰かの引き立て役とか、誰かを活かすようなプレーだとかは関係ないよ、みんなそれぞれの輝きを見せる、それが光咲キ誇レなんだと思うの。


そしてそのために、あなたの力を貸してほしい、今まではずっと裏切ってきた人生だったと思うけど、これからは今までのイメージと違い、このチームを背中で引っ張っていく存在になっていけばいいのよ。】










その言葉を聞いたかえでは突然泣きだした、そして落ち着いた後、朱音にこう話した。










【私、今までずっと悔しさしか感じたことが無かった、だから辞めていくことばかりでもうアイドルとして活動するのは無理だと思ってた、でもこう言う本気で私を必要と思って話してくれるメンバーは初めてだったの。


こんな私を受け入れてくれる人はこの先もずっと居ないだろうなと思っていた、今ならこのグループで、本気でアイドルとして活躍していこうと思える、だから私も変わってみたい、それでマネージャーに相談したいことがあるんだけど、聞いてもらっていいかな?】









そのことを聞いた朱音は恭一郎に連絡し、彼は彼女の相談を真剣に聞いた、それを聞いた彼は明日にでもみんなの前で発表して欲しいと伝え、かえでと朱音を駅まで送り、そのまま帰宅の途についた。









翌日事務所に入ってきたかえでは、みんなへの謝罪と今後の決意を伝えた。その上で、昨日の朱音にした相談事を語った。










【昨日は私のわがままで迷惑かけてごめんなさい、昨日朱音ちゃんと色々話して決めたことがあったんだ、色々悩んだけど、今までの私を捨てて、新しい私になるために改名することにしたんだ、


昨日から色々考えて、楓季 秋穂(ふうき あきほ)って名前に決めたの、名前のかえでを漢字にして名字に付け、季節の季と合わせて楓季(ふうき)に、後名前の方は楓が美しい時期は秋、そんな秋は稲穂が垂れる時期なわけで秋穂(あきほ)にした、今まで迷惑をかけたし、こんな私を受け入れて欲しいって言ったらおこがましいと思う、それでも良ければ受け入れてもらえないかな?】










この改名の発表の後、ゆめ果が秋穂に声をかけた。










【楓季秋穂か、素晴らしい名前だね、秋穂、もう1人で悩み込むことはないよ、秋穂は秋穂でみんなに負担をかけたくなかったんだよね。だから今まで個人レッスンを受け続けてきたんだよね。特に私たちはまだ初心者、だから一緒によりよいアイドルグループを作り上げていこうよ、それが光咲キ誇レだと思うから。】









秋穂のことでのグループのいざこざは一件落着、かと思われたが、また新たな問題が発生した、柊葉が女子サッカー日本代表に選出されていたことだ。柊葉自身はこれまで何度も断り続けていたが、代表側が招集を続けていた、秋穂の一件が終わった後で柊葉からみんなに代表の件を伝えた。










【みんなごめん、こんな場面で水を指すのかもしれないけど、私実は女子サッカーの日本代表に選出されたんだ。もしこのままだとアイドルとしての活動が出来なくなるかもしれない、私これからどうしたらいい?】










柊葉の相談を受け、ゆめ果がこんな言葉をかけた。










【女子サッカーの日本代表なんて素晴らしいことじゃない。もし代表選手として活躍したいなら、このチームから柊葉が居なくなるのは残念だけど、でも柊葉がサッカー選手としての夢を追いかけたいなら、それを応援するのが仲間だと思う、私は柊葉の代表選出を応援するけど、みんなはどうかな?】










ゆめ果の言葉を受けて、朱音と美音も自分の考えを述べた。










【柊葉が居なくなるのは残念だけど、サッカー選手として国の代表を背負うなら、応援してあげたいし、世界のリーグでも活躍してくれたら、朱音も応援してきてよかったって思える、なにより朱音の友達だからね。】










【柊ちゃんがレッスンで努力していたのは隣で見てたからよく分かってたよ。光咲キ誇レとして活動できなくなるのは悲しいけど、応援することは私の頑張りにも繋がるから。】










そう3人に言われた柊葉は、改めて今の気持ちを伝えた。










【ありがとう、お陰で私の悩みもキレイに消え去ったよ。このまま女子サッカーに戻ってもモヤモヤしたまま活動すると思ってた、 でも秋穂のこれからの決意と、今のゆめ果、朱音、美音からのエールを聞いて、わたしも決断できたよ。


アイドルをやりきったらサッカー選手として輝きたい、でも今は光咲キ誇レで活躍することがわたしの夢だってね。】










この一連のやり取りを見ていた恭一郎は、みんなにある発表をしようと決めた。










【みんな聞いてくれ、今の秋穂、そして柊葉とのやり取りを見て思ったことを言うけど、ゆめ果にはチームのリーダーとしての素質があるって確信できた。


そこで、もしよければこの光咲キ誇レのリーダーをゆめ果に任せたいと思うんだけど、みんなはどうかな?】










恭一郎自身もこの意見は多分通らないと思っていたが、この意見を聞いた朱音からの思いを聞き、スタッフ、メンバーの満場一致で賛成となった。










【ゆめ果は前グループの研究生の頃から、みんなの良さを見ることには長けていたからね、それに相談に乗ってくれることも多かったから、リーダーシップを取れることは分かってたよ。


だからゆめ果のリーダー案は賛成、私たちは5人で輝いていけるグループを目指すがコンセプトだし、ゆめ果ならリーダーを任せられるよ。】










朱音と恭一郎の考えを聞いたゆめ果はその場で涙をこぼし、メンバーとスタッフに嬉しい気持ちと決意を述べた。










【私は今までアイドルとして活動していたけど、こんなにも認めてくれる存在に出会えたのが本当に嬉しいし、こんな私を受け入れてくれたプロデューサーやマネージャー、社長、スタッフさん、そして朱音、柊葉、美音、秋穂、これからもみんなに誇れるようなリーダーになっていきますので、ついてきてください。】










更に恭一郎から、その場にいる人たちにこんなサプライズ発表を行った。










【それともう1つ、みんなに大切なお知らせを持ってきたよ。社長とプロデューサー、陵介とも話し合って、デビューライブの日時と会場を決めたんだ。どうせなら大きな会場でやった方がいいし、少しでも名前を広めるチャンスだからね、日時に関しても、この日なら人が集まりやすいって言うのを読んで決めたよ。】










恭一郎は、7月にデビューライブを新宿にあるライブハウスで行うこと、デビューライブまでの間、配信サイトやSNSを用いて拡散活動を行うことを発表した。その上で秋穂からの提案を受け取り、ハッシュタグを付けて拡散していくことも決めた。配信は主にリーダーのゆめ果が務めていく。











デビューライブに向けて動き出した時計の針、そしてアイドルの苦悩を取り除くことが必要だと改めて感じた恭一郎、いよいよ光咲キ誇レがそのベールを脱ぐ。





































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る