第21話 心と体の変化

 寝床に入り、灯りを消したにも関わらず、ブラウニーの話が頭から離れようとしない。


 小さくても姿形が人である人類種を、同じ人類種の人間が本気で魔物扱い出来るのだろうか。


 地球でも人間は幾度となく戦争を繰り返し、大量虐殺をした国もある。


 リブラッド王国――イヌイルの町はモートリア帝国の領内だから、俺はまだ魔法を探求するその国の地を踏んだ事も無い。


 かなり気になる国だな。


 

「ショーマ様、やはり眠れませんか?」


 

 すぐ隣から聞こえてきた眠たげな声に、天井を眺めていた目線も自然と倒れる。


 薄暗い中でも微かに艷めく金髪は、余計な事を考えてしまう心の隙を埋めてくれそうに思えた。

 


「国と国の関係、人種間の溝。こんなにも多様性に溢れた世界なのに、自身の事に必死だった俺は、そういったものをすっかり忘れていた」


「とても広いことを考えてらしたのですね。私はブラウニーだけで頭がいっぱいでした」


「まだ隣の部屋にいるのか?」


「はい。きっと一生懸命お掃除しているのでしょう」


「睡眠の妨げにならないか?」


「眠れないのはショーマ様も同じですよね。今感じてる気配は、それほど耳に障りません」


「では気になるのは話の内容か……」


 

 愛情深いシャルトルーズにとって、ブラウニー族の過去と現在の在り方は、無関係だからと見過ごせるものではないのだろう。


 近くにいる音や魔力を感じ取れるのなら尚の事。


 

「しばらくこの街に滞在するか。宿も数日間ここを借りさせてもらってさ」


「よろしいのですか? 亜人の国では魔術も魔法も発展していないと聞きますが……」


「興味深いものは色々あったし、生活資金にも困ってないからな。それになにより、この街の優秀な清掃員にも会ってみたいだろ?」


「ショーマ様……ありがとうございます♪」


「――話は変わるんだが、シャルは横向きで寝ていて、長い耳が痛くなったりしないのか?」


「んー、あまり気にしたことがないです。こう見えてもエルフの耳は柔らかいんですよ」


「……そうか。ならいい」


 

 顔を向けられてると更に睡眠に集中出来ないだけなのだが、伝わらなかったか。

 まぁいい、今度耳の柔軟性を確かめてみよう。



 翌朝。

 朝食前に外出の準備を済ませようと着替えていると、鏡の前の自分の姿に違和感を覚える。


 首を傾げる俺の様子を見て、シャルも不思議そうな顔で尋ねてきた。


 

「ショーマ様? どうかされましたか?」


「……なんかこのズボン、丈が短くなった気がしてな。それに心做しか、体格がよくなったような……」


 

 この世界に転移してすぐに購入した服は、試着もして機能性とサイズ感で選んでいる。


 数日前にも着ていたけど、こうしてまじまじと客観視するのは久しぶりだ。


 なんか胸板や腹筋にも厚みを感じるし、全体的にひと回り成長した様に思える。


 年齢的には、まだ成長していたとしてもおかしくはないが――…

 


「シャルって身長いくつぐらいだ?」


「最後に測った時は、確か百六十八センチありました。エルフの中では平均くらいです」


 

 この目線の差で、俺と三センチしか変わらないだと? 

 どう考えても七、八センチは低いだろう。


 まさかとは思うけど、あの悪魔に遺伝子を操作されたせいで急成長しているのか? 


 それとも食べ物の変化――あるいは常に身体強化の魔術を使ってる影響も考えられる。

 


「おはようございます奥様」


「おはよーシャルちゃん! ショーマサマもおはよー。二人ともよく眠れたかい?」


「はい、おかげさまでゆっくりできました」


「おい牛女、白々しい呼び方するな」


「いいじゃないかい。シャルちゃんがそう呼んでるから、同じにしてるだけだろー?」


 

 一旦体の変化は置いておき、混む前に一階の食事処に降りてきた。


 朝っぱらからエネルギッシュな巨乳店員に比べて、旦那である店主は穏やかそうに微笑むだけ。


 正反対の夫婦だけど、随分と仲は良さそうなんだよな。


 

「はいお待ちどー! うちの朝食定番メニューだよ! たらふく食っておくれ」


「すごい量だがいい香りだな。そうだツノ女、しばらくこの街に滞在するんだが、数日間宿泊する事は可能か? もちろん二人分で」


「そう言や自己紹介がまだだったね! アタシはアンリ! あの料理上手で優しい店主ノットの、仕事もスタイルも完璧な妻だよ!」


「……じゃあアンリ、とりあえず一週間追加で部屋を借りたいのだが――」


「もちろん大歓迎さ! 一ヶ月でも二ヶ月でも、予約してくれりゃ平気だよ!」


「ここの宿屋は暇なのか?」


「この街は基本的に商業で賑わってるからねぇ。国の端の方だし、冒険者ギルドも隣街にあるから、客はそっちに取られちまうよ」


 

 無事に拠点を確保し、朝食も済ませた俺とシャルは、気分良く街へと出向くのだった。

 

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