第19話 生活の基盤(2)

 買取屋の店主の厚意でもらったケースは、まんまアタッシュケースみたいな頑強な物だった。

 高級感はあるけど嵩張かさばるし、もっと運び易い方法はないだろうか。



 この世界の金貨は大体五百円玉くらいの大きさで、今俺の手元にそれが五七六〇枚ある。

 重量にして六キロ足らずだったが、日本円に換算すれば約六億円。


 いやいや、一枚十グラム程度のメダルが十万円の価値って、本当に冗談みたいな話だろ。



 突然こんな大金を手に入れてしまったけど、すでに日も傾き始めてるし、宿屋でも探すか。

 


「シャル、今日は早めに休もうかと思う」


「そうですね。午前中からずっと動き回ってますし、ショーマ様は色々とお疲れでしょうから」


「まぁ、想定外の心労ならあったな……」

 


 有名冒険者が凱旋パレードをするだけあって、この街はそれなりに豊からしい。

 質素に見える建物に比べて、売られている武具や食品は良い物が揃っていた。


 木造建築は周囲の環境に配慮してるか、獣人の文化なのだろう。


 そんな風にシャルと店を覗きながら歩いていると、一階が飲食店になっていて、活気溢れる宿があった。

 冒険者のたまり場って感じだ。


 

「ここでどうだ? 晩飯も食えるし」


「はい! 賑わってて楽しそうですね♪」


 

 扉を開けて中に入ると、元気のいい女性店員に声を掛けられる。


 牛の角らしきものがあるけど、印象としては細くて巨乳のよく喋りそうな女。

 


「いらっしゃーい! 人間とエルフのつがいなんて初めて見たよ! ご飯? それともお泊まり?」


「番じゃないからな。とりあえず宿を頼みたいんだが、後で飯も食いに来ていいか?」


「お金が有るなら大歓迎だよ! 部屋は一部屋でいいかい?」


「いや二部屋で――」

「はい! 一部屋で!」


「あのー、シャル? 金ならあるから、二つ部屋を借りたって何も問題無いぞ?」


「今朝まで同じ部屋で寝てたじゃないですか! ショーマ様は私と同室じゃ嫌ですか?」


 

 なんで頑なに同じ部屋に泊まりたいんだこのエルフ。

 遠慮とかじゃなくて、そうしたいという強い意志が滲み出ている。


 すると店員が大笑いし始め、俺の肩をバシバシと遠慮なく叩いた。

 


「アッハッハッ! いいじゃないかい! 女の子に恥かかすんじゃないよ! 宿代を二部屋分払いたいなら、ありがたくもらってやるからさ!」


「……二人部屋は一泊いくらだ?」


「銀貨三枚だよ。二部屋なら銀貨四枚ね!」


 

 素泊まり一泊三千円とは、かなり良心的だな。

 イヌイルでは親切な魔術師組合の人に拾われて、魔物討伐する代わりに公共施設で寝泊まりさせてもらってたけど。


 俺は元々持ってた財布を開いて、銀貨が二枚しか入ってない事を確認した。

 


「すまん、金貨で頼む。細かいのがない」


「え、なにその大金!? もしかしてすんごい等級の冒険者?? 二等級とか??」


「俺は魔術師だ。冒険者じゃない」


「はぇー……魔術師って儲かるんだねぇ……。すぐにお釣り持ってくるから、ちょいとお待ちー」


 

 結局九十七枚の銀貨は持ってこられず、カウンターまで取りに向かった。

 ひたすら増える硬貨の山はどうにかならんものか。


 案内された二階の部屋は清潔に整えられており、二つのベッドが並んでいてもまだ充分な空間がある。


 ここに決めたのは正解だったけど、勝手にベッドの位置をズラしても平気だろうか。


 荷物を下ろしながらそんな事を考えている俺に対し、なぜかニコニコして浮かれた様子のシャル。


 子どもみたいに無邪気な笑顔は眼福だけど、その理由に思い当たる節が無い。

 


「旅に出られて高揚してるのか?」


「それもありますけど、こうしてショーマ様と色んな経験が出来るのだと思うと、もう嬉しくてたまりません♪」


「大袈裟だな。――冒険者というのも気になるけど、せっかくだし明日は買い物に行くか」


「はい! 楽しみです♪」

 


 俺はベッドを動かすのをやめた。



 少し部屋で休んだ後、一階に降りて夕食を摂る事にした。


 亜人の国らしく色んなメニューが選べて、エルフ向けの野菜中心の料理もある。

 俺はガッツリ肉だらけにしたけど。



 のんびり食べていると、さっきの牛女店員が話し掛けてきた。


 

「どうだい? アタシの旦那が作ったご飯はものすんごい絶品だろう?」


「とても美味しいです! サラダが新鮮で瑞々しいですし、この炒め物は食べ過ぎてしまいそうです」


「うちは食材にもこだわってるからねー! それにしてもさぁ、さっきお客さんの噂で聞いたんだけど、君達ってワイバーン飛龍の素材持ってたんだってね。それって二人だけで取ったの?」


「もう広まってたのか。人間とエルフって特徴もバレてるなら、隠しようもないな」


「ワイバーンを倒したのはショーマ様お一人です。ショーマ様は魔人より強いお方ですし」


「はい!? お兄さん一人でドラゴンとか魔人を倒せるの!? あなたホントに人間!??」


「紛れもなく人間だよ。で、飯の代金は?」


「あぁ、二人合わせて銀貨二枚だよ」


「本当に良心的な価格だな。美味かったよ」

 

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