第18話 生活の基盤(1)

 猫耳姿をした通りすがりの獣人の大声に、シャルが慌てて耳を塞いだ。


 男の驚愕っぷりを見ただけで、この素材の価値を嫌でも察する。


 

『なんだ? 今ワイバーン飛龍って言ったか?』

『え、この辺にドラゴン族まで出たの??』


 

 周りの獣人達も不穏な空気でこちらを見ているし、どうしたものか。

 


「人間のお兄さん、あんま大口叩いちゃいけないぜ。ワイバーンなんてわざわざ狩りに行かねぇし、見たら軍隊が出動する相手だ」


「いや冗談でもなんでもないぞ。ほらこれ」


 

 袋から取り出したスマホくらいの大きさの鱗を見せると、急に猫男の動きが止まる。


 ジッと鱗を見つめ、最早ホラ吹き野郎と疑う事も辞めたようだ。

 


「あの、ショーマ様。大丈夫でしょうか――?」


「ん? なにかまずかったか?」


「まずいと言いますか、先程の今ですし、こんなところで公開してしまったら……」



『おぉー!!! なんだあれ!!?』

『龍の鱗っぽいな!!』

『マジでワイバーンを討伐したのか!??』

シアンさん一流冒険者超えてね!?』



「こうなります……」


「すまん……。俺が浅はかだった」


 

 俺達は野次馬に取り囲まれ、素材を売りに行くどころではなくなってしまった。


 さっきの冒険者の凱旋から興奮冷めやらぬ中、最悪のタイミングで新たな話題を提示してしまった俺は、本当に馬鹿なのかもしれない。


 それでも声を掛けてきた猫男は悪い奴ではないらしく、親切に買取屋の詳しい場所を教えてくれた。

 


「ここだよな。聞いた通りの場所にあったが、他よりずいぶんと高級感があるな」


「え、えぇ。敷居が高いお店ですね」

 


 辺りが木造の質素な建物ばかりなのに対し、目当ての店だけは時代が百年程進んで見える。

 古いのではなく、前衛的と形容すべきか。


 床や壁が大理石みたいな素材だし、ホテルのロビーを思わせる西洋風な内装だ。


 職員も入り口付近にいる二人は燕尾服の執事かと思ったし、奥で座ってる鑑定士らしき犬耳の爺さんも、成金の商人感丸出しなんだよな。



 執事っぽい獣人に売りに来た戦利品を見せ、奥の爺さんのところに案内される。


 どうやらここは希少な素材を取り扱う専門店らしく、その場にいる三人は何を持ち込まれたのかを把握した上で、色々調べながら冷静に見積もってくれた。

 


「ふむ、お客様。ここまで状態の良いワイバーンの素材は初めてでして、相場が御座いません。ですので入手難易度や他の魔獣とを比較した上で、厳正に査定させて頂きました」


「それで問題無い。全部でいくらになる?」


「まずこちらの鱗ですが、古くなって剥がれた物でも金貨二枚が相場なのですが、生きた若い鱗ですので、十倍の値が妥当だと判断します」

 


 古くて剥がれたとなると、脱皮した皮みたいなものか。

 それが金貨二枚――……待てよ?


 この世界の銅貨は日本円で十円くらいの価値だった。

 それが百枚で銀貨一枚。

 更に銀貨百枚で金貨一枚と同価値だから、金貨一枚は十万円相当。


 つまり俺が持ってきた数十枚の鱗は、一枚あたり二百万円だというのか!?

 


「ショーマ様? お顔が青ざめていらっしゃいますけど、体調が優れませんか?」


「えっと……シャルは金貨の価値分かる?」


「申し訳ありません。私は貨幣を扱った経験がありませんので、価値も分かりかねます」


「だよな。あの鱗一枚で、この短剣ダガー四十本買えるって言ったらピンとくるか?」


「えぇ!? でしたらローレルさんが下さったこの服だと、何着分になるのでしょう?」


「女性服の価格は分からんが、百着くらいは買えたりするんじゃないか?」

 


 ここまで説明したところで、シャルトルーズがフリーズした。


 様子を伺いながら苦笑を浮かべる店主も、申し訳なさそうに話しを続ける。

 


「続きまして牙ですけれども、こちらはドワーフの鍛冶師に問い合せたところ、やはり例を見ない代物です。つきましては、加工後の取引額までを考慮致しまして、一本あたり金貨三百枚でいかがでしょうか?」


「一本で金貨三百枚!?」


「こちらで誠心誠意お勉強させて頂くと、やはりこの辺りが落とし所かと……」


「いや、それで構わない。総額いくらだ?」


「鱗が計四十八枚、牙が計十六本ございまして、どれも傷が無く満額でお受けすることが可能です。全てお売り頂けるのであれば――…締めて、金貨五千七百六十枚でのお取引となります」


 

 金貨五七六〇枚って、五億七千六百万円分の価値じゃねーか!! 


 俺はそんな大金を引っ提げて森の中を走り回ったり、無謀にも川を飛び越えたりしていたのか。


 思い返すととんでもねぇな。

 


「わかった。その金額で頼む」


「ありがとうございます。貴重な物をお持ち頂いたせめてものお礼として、金貨を運ぶケースもご用意致します。ぜひご活用下さい」

 

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