第13話 シャルトルーズ(3)
「あれはもしかして――
漆黒のたてがみに、渦巻いた二本のツノ。
体型は馬にそっくりだけど、凶悪そうな面構えは、血に飢えた肉食獣そのものである。
魔獣の文献で見たそれと特徴が一致し、ひと目で判断出来た。
狂暴な性質で、ガルムの二、三体ならツノを突き付けて殺すらしい。
「ショーマ様、バイコーンを見つけたのですか?」
「聞こえていたのか。まだ少し遠いが、ここから北東へ向かった先をうろうろしてる」
「こんな所にバイコーンが……。北にある草原に棲息していると聞きますが、聖者の森にまで進出していたなんて―――」
「この場所は聖者の森と言うのか。意味のありそうな名称だな」
「はい。なんでも遥か昔、光魔法を得意とする大魔導師様がこの森の混沌を収め、驚異的な浄化作用によって強い魔獣が住みづらくなったとか。それからはエルフ族が、代々この森のお世話になっています」
「なるほど。
「ほぼ間違いありません。北西にある大きな川を渡れば、クリミナという亜人の国がありますが」
悪魔に聞いた亜人国家の名称が出てきた。
つまりあの屋敷から三百キロの区間は、その大半が大きな二つの森で占められていたのか。
日本では考えられないくらい自然が多いな。
「とりあえずバイコーンはどうする? 無視して薬草探しを継続するか?」
「この森には各所にエルフの村があるんです。被害が出る前に討伐したいところですが……」
「そうか。では倒しに行ってくる」
「お待ち下さいショーマ様! バイコーン一頭くらいなら、私にも倒せます。詳しい場所を教えて頂けますか?」
「じゃあ一緒に行こう。近くまで案内する」
おおよその距離を見積ると、まだ二キロ弱離れている。
周囲が木に囲まれていて、先にこちらが発見しているのだから、地の利は充分に活かせるはずだ。
走り出して二分くらい経ったところで、シャルが獲物の魔力に気が付いた。
「もうだいぶ近いですね。魔獣の瘴気に満ちた魔力を感じます。なかなかの力です……」
「あと百五十メートルくらいかな。木の上からなら肉眼でも見えると思うぞ」
確かバイコーンは、火属性のブレス系の魔法を使える。
接近戦でも倒すだけなら容易いが、森を燃やされるのは避けたい。
遠距離攻撃を仕掛けて、暴れる前に仕留めるのが無難だろう。
駆け上がった大木からは、見渡す限りの緑が広がっている。
その中でうごめく黒くて大きな体は、細部までは確認出来なくてもよく目立っていた。
隣に上ったシャルも発見したようだ。
「思ったより大きいですね。あの分厚い毛皮、かなり強い魔法じゃないと通らなそうです」
「そんなにはっきり見えるのか?」
「エルフは森で暮らしているので、視力がいいんです。遠くをよく眺めますから」
「なるほどな。もう少し近付くか?」
「いえ、ここで平気です」
自信たっぷりに言った彼女は、大きく深呼吸をした後、木の上で魔法を唱え始める。
【
「風魔法の弓矢か。エルフらしいな」
「今の私に使える、最も威力の高い魔法です。中級相当の魔法ですが、込める魔力量によっては上級に近い威力も発揮します」
「それはすごいな。しかしその分、放つまでの準備に時間が掛かるってとこか」
「おっしゃる通りです。ショーマ様のように、高威力を瞬時に放てればいいのですが……」
周囲の空気を取り込む勢いで、徐々に圧縮されていく風の矢は、射る前から高度な魔法だと実感出来た。
弓を引くエルフの姿も相まって、芸術品のように美しく思える。
狙いを定めたシャルが右手を離すと、透き通った
真っ直ぐ突き進む矢はバイコーンの首を見事に貫き、血を吹きながら一時暴れたものの、すぐにその場で撃沈する。
まさか一撃で倒すなんて思わなかった。
このエルフ、魔法のセンスが半端じゃない。
「なんとか当てられました。距離があると威力が減衰するので、多めに魔力を込めておいて良かったです」
「ちょっと待ってろ。すぐに血を――」
「いえ、結構です! まだ半分以上
「
「傷や痛みは消えても、傷付けた際の痛かった記憶は消せません。その様な思いを何度もなされるなんて、私が耐えられないのです」
「……わかった。しんどくなる前に言ってくれ。シャルが無理するのは俺が嫌だから」
「ショーマ様……。本当に強くて心優しいお方なんですね♪」
「こっちのセリフだそれは」
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