第12話 シャルトルーズ(2)

 寝起き一番に聞いた話によると、俺はこの世界だと成人している歳で、シャルはまだ未成年扱いらしい。

 それだけでも、今日一日の俺の面子が保たれた気がする。


 彼女の方がひと回り長く生きてる事に変わりはないが。


 

「あ、そうでした。ご飯は食べられそうですか? よろしければご一緒にと思いまして」


「ありがとう。いただくよ」


 

 治癒士達を回復させた後にも、エルフ族の昼食に混ぜてもらったけど、ベジタリアンなのか山菜や木の実の料理しか出てこなかった。


 豪に入らば郷に従えって言うし、ここで世話になる間は、食性の違いも諦めるしかないのだろう。


 しかし食卓に出てきたのは香ばしいステーキと、鶏肉みたいな具が入ったスープだった。


 

「美味そうだな。昼の食事を見て、エルフは肉を食べられないのかと思った」


「食べられないわけではないんです。ただ菜食が身体に合うのと、殺生を好まない性質から、あまり狩りをしないだけです」


「そうだったのか。もしかしてこの夕食は、俺の為だけに食材から準備してくれたのか?」


「ショーマ様へのお礼にと、村のみんなが狩りをしたんですよ。それを私が調理しまして、その……お口に合えば良いのですが」


 

 そうか。ここまで感謝されるくらい、俺はこの村の役に立てたんだな。


 やんわりと頬を染めてモジモジするシャルを見ながら、食欲をそそる料理をひと口食べてみると、使い慣れてない食材のはずなのに味付けがとても良い。


 

「こんな美味い飯は久しぶりに食べた。シャルは料理上手なんだな」


「ありがとうございます♪ よくローレルさんに教わっていたんです」


「ローレルさんに? 親御さんは?」


「私の両親は、私が物心つく前に亡くなってしまいまして……」


「そうだったのか。俺も小さい頃に親が死んで、ほとんど婆ちゃんに育てられたよ。親がいなかったらいなかったで、それなりに生きていくよな」


「はい。村のみんなが家族だと思ってるので、親がいなくても寂しくありません」


 

 似た様な境遇で少し近付いた気がした心の距離は、こちらから一方的に壁を作る結果となってしまう。


 俺とシャルの考え方は違った。

 俺は親がいない事に同情されるのが嫌で、他人を遠ざけて強さを示そうとした。

 何も問題無く生きている。

 自分の面倒くらい自分で見られる。

 そう主張したかったのだ。


 しかし独りよがりな思想は理解されるわけもなく、しまいには哀れみの視線を浴びる毎日。


 孤立と自立が別物なのは分かる。優しさまで拒んでいたのも分かるけど、俺が自分の生き方を否定してしまえば、何が残るというのか。


 だからシャルみたいに、他人まで家族だと考えてすがる生き方は、どうしても受け入れられない。

 


「ショーマ様? 顔色が優れませんけど、もしかして嫌いな物でも入ってましたか?」


「そんなことはない。本当に……美味いよ」


「それなら良いんですけど……」


「悪い、やっぱりまだ疲れが残ってるみたいだから、食事が済んだらすぐ横になりたい。ベッドか布団は他にもあるか?」


「先程の物をお使い下さい。あのベッドはとても寝心地が良いので、疲れも取れますよ」


「でもあれはシャルのだろ? 俺が使ったら、シャルの寝床が無くなるじゃないか」


「布団が一式あるので大丈夫です」


「それなら俺が……いや、ありがたく使わせてもらうよ。すまないな」


「謝らないで下さい。ショーマ様に頂いたご恩は、この程度では到底お返しできません」


 

 ここで俺が遠慮しても、必ず彼女はベッドを譲ろうと食い下がるだろう。

 堂々巡りになるのは目に見えていたから、先に俺が折れる事にした。


 ついさっきまで気分良く感じていたのに、俺が与えた恩が、まるで彼女を縛り付けてるように思えてならない。


 変われない俺はその後言葉を閉ざし、膨れた腹で寝床に潜り込んだ。


 美しい笑顔ではなく、緊張と不安に沈むシャルの顔色が頭から離れないまま――……





 翌朝。

 湖のほとりで水浴びをした俺は、薬草を探す為、シャルと共に森を東へと進んだ。


 昨夜からの煮え切らない想いが残っていても、約束は約束だから守らないとな。

 


「見て下さいショーマ様! あの木になってる赤い果実、甘くて美味しいんですよ♪」


「さくらんぼか。こっちでは初めて見るな」


「ご存知なのですか? この近辺でしか生育していない希少なものですけど」


「俺の故郷にもあったよ。口に残る種が無ければ食べ易いのにと、何度思ったことか」


「あはは♪ あれがないと増やせませんよ。小さな子達はよく飛ばして遊んでます」


 

 他愛のない会話を挟みながら、クレアボヤンス千里眼で辺りを隈無く見て回る。


 目当ての薬草は葉に白いスジがあるのが特徴で、町にいた頃にも度々見掛けた。


 市場に出回るなら栽培も可能だろうに、エルフ達には難しいのか? 


 けもの道を奥深くまで進んで行くと、千里眼の視界に不気味な影が映り込む。

 

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