第10話 魔族の監視者(2)

 上位の魔獣については、自分にとって縁が無いと思い、ほとんど知識を入れていない。

 特にドラゴンなんて数も少なく、好む棲息域も偏っている為、最も知る必要の無い生物だと思っていた。


 しかしどうやらワイバーン飛龍を倒した実績、これは想像以上に大きいものらしい。

 ネビュラを抜ける時、他の龍にも喧嘩売っとけば良かったか。


 ともあれ、俺の話す事など信用しないと言いたげに、魔人の女はこちらを憎らしそうに睨み付けている。

 


「おい人間。アタシをからかうのも大概にしろよ? ただの人間が龍を殺せるわけないだろ。そこのエルフでさえ下位がやっとだ」


「だろうな。さっきの雷撃じゃ鱗に弾かれそうだし、シャルより弱そうなお前がワイバーンは無理だろう。ドレイク下位種ならいけるか?」


「バカにすんなっつってんだろ!!!」

 


 挑発に乗った魔人は、さっきより大きな雷を放った。


 熟練した魔導師は無詠唱で強力な魔法を使えるらしいけど、この女もその域には達している。


 地面を削りながら向かってくる雷に、俺は右手を掲げて魔力を込めた。


 敵の魔法よりひと回り大きな魔力の塊が、雷撃を飲み込みながらひたすら突き進んでいく。

 


「テラボルト……だったか? それがお前の最高の魔法なら、もう諦めた方がいい」

 


 まだ聞きたい事があったから、あえて魔人本人には当てずに攻撃を逸らした。

 こちらの問い掛けも耳に入らない程、腰を抜かして震えているけど。


 一歩後ろで見ていたシャルは、驚いた表情で声を掛けてきた。

 


「ショーマ様、今の魔術もガルムを倒したものと同じでしょうか?」


「あぁ、同じものだよ。何か変だったか?」


「いえ、変と言うよりも、まるで生き物のように軌道が変わったのでびっくりして……」

 


 確かに今の一撃は、野球の変化球など目じゃないくらい、左へ、そして上方へと自在にカーブしている。

 誘導した自覚は薄いけど、敵には当たらないように、そしてその辺で爆発しないようにと思いながら撃ったら、結果的にそうなった。


 この魔術、慣れてくるとだいぶ使い勝手がいいな。

 術者の意識を大きく反映させる、そういった類いみたいだ。

 


「魔人の女、なんの目的でエルフの村を襲った? 素直に吐けば今回だけは見逃してやる」


「……バーカ。言うわけないだろ」


ハーミット隠遁で逃げるのは得策じゃないぞ? 姿が見えなくても、ここら一帯を消し飛ばすなんて容易いからな。見えなくなれば、わざと外してやるのも不可能になる」


「やれるもんならやってみな!」

 


 捨て台詞を残した魔人は、すぐさま目に映らなくなる。

 脅しに屈しないでハーミットを使うのも想定済みだし、あの様子じゃ反撃を恐れて仕掛けてこないだろう。

 


「さて、村に戻ろうか」


「あ……は、はい。戻りましょう」


「どうしたシャル? この森ごと消し飛ばさなかったのが、そんなに意外か?」


「いえ、その事ではなく、あさっさり逃がした事が意外だったと言いますか……」


 

 可能なら拘束して色々と聞き出したかったけど、俺にはそういった魔法も魔術も持ち合わせがない。ただそれだけなんだよな。


 

「殺すのは簡単だけど、人類種相手となると忍びない。あれだけ脅しておけば一目散に逃げるだろうし、すぐに仲間を連れて反撃に来る事もないと思ってな。まぁ来たら皆殺しだ」


「そうだったのですね! さすがショーマ様です! 強者の余裕というやつですね!」


「いやすまん。実は攻撃か偵察くらいしか俺には出来ないんだ。魔法の才能なんて無いし、魔術も学び始めて日が浅くてな」

 


 なんか都合良く誤解されてしまい、逆に罪悪感を覚えた。だから本音がポロッと漏れてしまったんだ。


 立ち止まってポカンとしてしまったシャルトルーズは、呆れて言葉が出ないのかも。


 凹みそうになっていると、急にクスクスと可愛らしい笑い声が聞こえてくる。

 


「うふふ。今の言葉が一番意外でした」


「すまん。蓋を開けたらこんな役立たずで、さすがに幻滅させたよな」


「そんなことありません! ショーマ様は村にとって……私にとっての恩人ですよ!」


「結果的に救えたものもあるけど、たまたま得意分野と噛み合っただけだ。今の俺には出来ない事が多過ぎる……」


「いいじゃないですか、独りで全ての事をやろうとしなくても。私もショーマ様の力になります。ショーマ様が苦手な事、私がお手伝いして少しでも補います!」


「……なんでそんなに協力的なんだ?」


「すごく強くてたくましい命の恩人が、実は優しさと誠実さも兼ね備えていたなんて、とても素敵じゃないですか♪」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る