第8話 エルフの聖地(3)
シャルトルーズが用意した器に溜めた血液は、瞬く間に減っていく。
それもそのはず。五十人は超えていたであろう、病に苦しむエルフ達が、二人の治癒士によってたちどころに完治していくのだから。
彼女らは相当上位の魔法を使用しているが、消耗して体調に響く前に魔力は回復する。
この安心して見守っていられる状況は、手伝えた俺も気分が良い。
血を飲むしかない当人達の複雑な心境も、容易に想像出来てしまうけど。
「無事に村の危機は退けたみたいだな」
「全部あんたのおかげだよショーマさん。本当に助かったよ。あんたは私らみんなの恩人だ」
「大袈裟だ。それにしても、病原菌はどこからもらってきたんだ? こんな森の奥で」
「私らは街に住まないから元々免疫は強くないんだけど、感染源はふた月前に退治したオークの群れだと思っとるよ」
オークとは鬼や獣に似たガタイのいい魔物だけど、知能や魔力が低いので比較的簡単に討伐出来る。
群れで行動する場合も多いが、エルフ達の魔法なら一掃するのも難しくないだろう。
複数体との戦闘になったとして、病原菌をもらうような接触をするとは思えない。
「どういう事だローレルさん?」
「どうやら魔人が誘導して、村の近くに千匹ほど連れて来たらしいんだよ。村の周囲に張られた結界に魔族は入れないけど、ギリギリの所まで迫られたからねぇ」
「つまりオーク云々よりも、その魔人が問題と言うわけか。ウイルスに感染した雑魚共が物量で迫れば、村の内部まで撒き散らすくらいは可能だと。しかし千匹とは……」
魔人は人類種の中で唯一魔族に入る存在。
その根源は魔力に飲まれた人間と言われているが、文化や社会性を重視せず、絶大な戦闘能力だけで他の魔族を圧倒しているという。
この世界にも魔王なる存在がいて、それが最強の魔人だと聞いた事もある。
とんでもない連中がこの村を狙ってるのはほぼ間違い無い。
なんにせよ、俺は今なぜか無性にモヤモヤしていた。
「それから被害は出ていないのか?」
「弱い魔物くらいはシャルを筆頭に片付けてくれてたけど、魔人関連は聞いてないね」
「そうか。軽くその辺りを見回ってみるかな。住人の健康状態を探る為、見張り役を配置しているかも知れん」
どうして俺がそんな懸念までしているのだろう。
エルフに肩入れする理由など無いはずだし、目の前の脅威は消え失せた。
今やろうとしているのは、起こり得る被害を未然に防ごうとする行為だ。
それは可能性の話であって、不条理ともまた違う。
やらなくても後悔なんてしない……いや、するかも知れないからやるのか。
決意を固めて出発しようとしていると、元気になったばかりの子ども達と遊んでいたシャルが、不思議そうに駆け寄ってきた。
「ショーマ様、どうかされましたか?」
「ローレルさんとの会話で思うところがあってな。ちょっと村の周囲を巡回してくる」
俺の発言を黙って聞いていたシャルは、途端に不安げな表情に変わり、下を向いてしまう。
「どうしたシャル? 具合でも悪いか?」
「……帰ってきて下さいますよね?」
「ん? なんの心配をしてるんだ?」
「必ず帰ってきて下さい! 私はまだ、ショーマ様に何もお礼をできてないんです!」
強い眼差しで言われたその言葉に、心あたたまる想いだった。
出ていくなんてひと言も言っていないけど、俺の帰りを待っていてくれるのなら、その気持ちだけで嬉しくなる。
「安心しろ。俺はたった数時間の短い滞在なのに、結構この村を気に入ってるんだ。だから危険が無いか確認し終えたら、必ずここに戻ってくる。約束する」
「……わかりました。ショーマ様を信じております。どうかお気を付けて」
なんかとんでもなく慕われちゃってるなぁ。
俺自身はドーピングの効果を発揮しているだけだから、あまり良い人助けしている実感が湧かない。
手を振るシャルに見送られながら、簡素な柵の外に出た。
村の中からでも
だけどあの魔法では細かい痕跡まで把握しにくいし、音や気配を察知出来ない。
今の俺なら魔獣も怖くないから、足を使った方が早くて確実なはずだ。
「しっかし本当に自然豊かだなぁ。日本で例えるなら屋久島レベルか。とりあえず
湖の周辺から木々の生い茂る深い森まで、村からだいたい五百メートルくらい離れた外周をひと回りしてみた。
監視がいるとすれば、付かず離れずのこのぐらいの距離かと思ったけど、それらしい人影は見当たらない。
人喰いウサギみたいな、そこそこ強い魔物ならいっぱい見たけどな。
もう少し離れてみようかと思っていたその時、木の枝が不自然に折れる音がした。
まるで何かに踏まれたみたいに……
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