第2話 常識外れの魔術(1)

 魔力という概念が実在する世界。


 日本で退屈な高校生活を過ごしていた俺は、とある本に記された儀式により悪魔を召喚して、この不可思議な異世界へと転移した。

 こちらで目覚めた瞬間、見知らぬ河辺で感じた魔力の異様な気配を、今でも鮮明に覚えている。


 初めて見た河の側にはイヌイルという小さな町があり、三ヶ月近くその町を拠点に魔物退治をしていた。


 自ら望んで辿り着いた別世界。

 最初は困難が多かったものの、この異世界がゲームにどことなく似ていた事もあり、寝床と情報収集の場図書館はその日の内に見つけられた。

 図書館で魔力の扱い方を学び、魔物相手に実践して素材を集め、それを売ってとりあえず食う事が可能な生活。かなりの極貧生活だったけど。


 せっかくファンタジー世界にやってきたのに、俺にはチート能力どころか、魔法の才能がほとんど無いらしい。もちろん知識が必要な魔術なんてすぐには行使出来ない。

 なけなしの資金をはたいて身体強化の紋章は入れてもらったが、あとは覚えたての術式と貧弱な魔法でギリギリ戦えるレベル。


 日本にいた頃の全てを代償にしたのに、こんなのあんまりではないか。

 だから俺はこの異世界で再び悪魔を呼び寄せ、強い力を望んだのだ。

 


イヌイルの外れにあったイーバの森には、ガルムって呼ばれてる魔獣ならいたな。でも一見デカい狼にしか見えないそいつにすら、俺は歯が立たなかったんだぞ?」


「その弱い弱い契約者様の為に、特別な力を与えてやったんじゃないか。逃げ回りながらショボイ魔法撃ちまくって、死ぬ気で踊ってみろ」


「万が一腕でも喰いちぎられたら、回復魔法でも治せない。無尽蔵の魔力を手に入れたところで、なんの成果も残さずに死んだらどうすんだ?」


「うーわ、いちいちめんどくせー契約者様だな。そこまで言うなら――ほれ、手ぇ出してみな」


「手……? なにかくれんのか?」


 

 呆れた顔をする悪魔に対して、淡い期待と不安を抱きながら右手を差し出すと、突然気味の悪い薄ら笑いを浮かべてくる。

 嫌な予感がした時にはすでに手をがっしり掴まれ、奴の指先が魔力を帯びて輝き始めた。

 


「ちょっと待て! なにをする気だよ!?」


「歯ァ食いしばってろよー?」


「は!? ちょ、いっってええぇぇえ!!」

 


 右の手のひらに爪を突き立てられ、そのまま削る様にゴリゴリ動かされる。

 激痛とこそばゆい感覚にもだえ、寿命が縮む思いだったが、奴の行動が何を意味しているかは多少なりとも分かっていた。

 


「ほらよ。終わったぞ、雑魚契約者様よ」


「この刻印、紋章とは違う……?」


「あぁ。術式を肉に直接刻み込んだ」

 


 魔法陣に文字を組み合わせ、複雑化した形に近いものが術式。

 本来こうした魔術の術式とは、地面や空間に魔力で書き込む方法で発動させる。


 一度きりで消えないよう体に直接刻むなら、基本的には墨などのインクを用いて、シンプルな図柄の紋章を描かないと上手く発動しないはずだ。


 この悪魔はそれを知った上で、こんな細密な術式を手に刻み込んだのか?

 


「傷が塞がってる……。魔力の這いずった跡だけが残ってる感じだ。そんで、この術式でどんな魔術が使えるってんだ?」


「扱いが難しいし効率も悪いってんで、全然流行らなかったクソみたいな魔術だ」


「おい、なに落描きしてくれてんだ糞悪魔」


「そのクソみたいに強力な魔術は、魔力を物体の様に直に放出するんだ。形も大きさも自由自在だが、一発の消耗が半端ないから、普通は他の魔法や魔術で攻撃した方が効率が良い」


「あん? イマイチわからん」


「おツムまで雑魚かよお前様は。バカの為にバカっぽく言えば、細いビームみたいに撃ったり、辺り一面吹っ飛ばす爆弾みたいに放ったり出来るってこった。魔力を吐き出すだけでな」

 


 ビームだの爆弾だの言われて、ようやく少し理解した。


 魔力量がそのまま攻撃力に結び付くこの魔術は、まさに今の俺の為にあると言える。


 途端に気分が上がってきてしまい、近くの大木に向けて手のひらを掲げた。

 


「あっ、おい、最初は加減しろよ!?」


「わあってるよ性悪悪魔!」

 


 マンガでよくある気を放つ様なイメージで、魔術を発動させる。


 低級魔法程度の魔力を使用したつもりだが、パスンと気が抜ける音を鳴らして出た光線状のそれは、幹に弾かれてあっさり消滅した。

 野球ボールぶつけたくらいの威力か?



「フレイムより遥かに弱いんだけど」


「だから効率悪いって言ったろ。せめてMPマジックポイントの一割は放出しねぇと、攻撃として機能しねーんだよ。加減し過ぎだわ」


「んじゃ半分くらいいってみるか」


「あ、本気でバカだろお前様」

 

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