水底で待つ
雨屋 涼
水底で待つ
傷付いて落ち込んだ時に必ず見る夢がある。
水の底に落ちる夢だ。
海水でも淡水でもないその水のなかに
いる人間は私ひとりだった。
鮮やかなオレンジの鯉や透明なミズクラゲの間をかき分ける。
あれは昔おばあちゃんの家の池で飼っていた子たち。
クラゲはこの間行った水族館の子かな。
潜るたびに違う子が棲んでいるけれど、底にいるあなただけは変わらない。
水底に鎮座するのは、全身を見ることがかなわないほど巨大な竜だ。
竜はすべてを包みこむような目で私を見る。
ここは安全な場所だと本能が告げていた。
私はその大きな眼に近寄り、水膜に覆われた瞳を眺める。
じろりと瞳孔が動いて私を捕らえた。
「なにがあったの」
「なんでもないよ」
自分の夢だという自覚はある。
それでも私は本音を話さなかった。
自分自信に悩みを曝け出したところで、何になるというのだろう。
冷静な私の一部が告げていた。
竜は、それを良いとも悪いとも言わなかった。
「そう」
それだけ。
私たちの間に会話は必要ないのかもしれない。
そうなってくれたらどんなに楽かと思う。
引き延ばされて経過の分からなくなった時間の中で竜は言う。
「またおいで」
夜。
私はまた水底に沈むことを望む。
なんの解決にもいたらないと知りながら。
水底で待つ 雨屋 涼 @ameya_
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