望まれし夢の在処

雨屋 涼

望まれし夢の在処

狩人は白鹿を追って気づけば森の中を駆けまわっていた。

太陽はすっかり落ち、青白い月が浮かんでいる。


白鹿は森深くの小屋の前まで駆けると、

そこまで導くのが役目と言わんばかりに足を止めた。

暖かな橙色の明かりが漏れる小屋に、狩人は目を奪われる。

窓には色鮮やかなステンドグラスがちりばめられ、蝋燭の明かりできらめいていた。


ここは教会だろうか。

信心深い狩人は扉の脇で頭を垂れる白鹿をみて、弓に張った弦を外した。

神がお告げに遣わしたのだ。

狩人は疑うことなく扉に手を伸ばす。


鍵のかかっていない扉は躊躇いなく開き、狩人を誘った。


甘い花の香が充満する小屋の中は外からみるよりも暗く、薄ピンクの煙が充満していた。

半分ほど溶けた蝋燭が燭台の上で揺らめき、煙越しにぼんやりと部屋を照らす。

狩人があっけにとられていると、

扉はひとりでに閉じ、錠が落とされた。


またひとり。


囁くような笑い声は届かない。

かわりに狩人は、すすり泣く少女の声とオルゴールの音を聞いた。


「誰かいるのか」


狩人は声を張り上げる。

足を踏みいれる前に感じていた神聖さは消え去り、甘ったるい煙は魔女の伝承を彷彿とさせた。

視界の端では極彩色の蝶が舞い、部屋の奥へ狩人を導く。

小さく聞こえる歌声は子守歌のようだった。


「あなたがこの家の主か」

「あまり大きな声を出さないでちょうだい」


狩人が細い廊下の先に広がる部屋に足を踏みいれると、歌は止んだ。

歌っていたのは彼女だろう。

細い指を唇に当てる女の膝には、涙の跡の残る少女が眠っていた。


魔女だ。

漆黒の衣に先のとがった帽子は伝承に聞く魔女の姿そのものだった。


「その子を、」

「離せとでも? この子もあなたも、自分からこの家にやってきたのよ」


魔女が笑うと、煙が狩人にまとわりつく。

甘い香りは幸福な夢のなかのようで心地よかった。


「この家は望む人の前にしか現れないの」


魔女が手を振るうと少女はベッドに運ばれ、片隅のレコードが軽快なワルツを流す。


さあ、踊りましょう?


狩人はその手を取る。

夜は、明けることがない。


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